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2013年6月12日 (水)

僕の人生を変えた三沢光晴

 スポーツ新聞の会社に入っても、希望の部署に配属されるとは限らない。「志望動機は、プロレスラーの凄味を伝えたいからです。三沢光晴という男がいて…」。17年前、面接官に力説したことを思い出す。

 入社後、広告営業6年に野球担当10年。リングの激闘を追う夢はかなっていない。

 だが、1度だけ“夢の人”に接する機会があった。

 巨人番だった06年4月、三沢さんが親交のある原監督を激励に、東京ドームを訪れた。指揮官と談笑後、一礼してグラウンドを去った。

 直撃するなら、今だ。

 あの~、三沢さん。初めまして。デビュー当時からのファンです。

 僕は大学を出たら、田舎で公務員になろうと、漠然と考えていました。

 でも、あなたが人間の限界を超えるファイトを繰り広げるものだから、沸き上がる感動を原稿用紙にぶつけたりして。

 その投稿が「週刊プロレス」に掲載されたんです。

 何度も読み返し、一瞬を鮮やかに描く仕事がしてみたいと思うようになりました。

 三沢さんがいなければ、今の自分は―。

 そんな個人的な話をもちろん言えるわけはなく、追いすがって談話を取り、大きな背中をウットリと見つめるだけだった。

 「僕はぶっちゃけ巨人ファンというよりは、原監督ファン。原監督は原監督のままで、無理しないで自然に選手がついてくれば、いいと思うよね。こんな感じでいい? ごめんね。うまくまとめておいて」

 あす6月13日。4回目の命日。

 記憶の中の笑顔は、鮮やかなままだ。

コメント

三沢さんの突然の死は、衝撃的でした!
三沢さんが現存していれば、NOAHやプロレス界の現状も変わっていたかもしれない。
けれど、どの世界でも変革の時代は来る。
天国で、現在NOAHで頑張っている選手たちやプロレス界全体を、笑顔で暖かく見守ってくれているでしょうね。

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