22年目!超長期政権を誇るスペイン協会会長
日本サッカー協会とスペインサッカー連盟がパートナーシップ協定を締結した。1月22日、東京・文京区本郷のJFAハウスで行われた調印式で、アンヘル・マリア・ビリャルリョナ会長(60)は「スペインサッカーのすべてを日本に伝えたい。この協定は『何でも来い』という内容です」と胸を張って話した。
日本サッカー協会とスペインサッカー連盟がパートナーシップ協定を締結した。1月22日、東京・文京区本郷のJFAハウスで行われた調印式で、アンヘル・マリア・ビリャルリョナ会長(60)は「スペインサッカーのすべてを日本に伝えたい。この協定は『何でも来い』という内容です」と胸を張って話した。
1月のある日。平和な昼下がり。静寂に包まれていたJFAハウス記者室に突如、大きな声が響いた。
2010年。年明け早々、日本サッカー協会の犬飼基昭会長(67)、田嶋幸三専務理事(52)をはじめ、多くの方に祝福の言葉をかけてもらった。
違和感がある。
最近、日本サッカー協会が出す日本代表関連のプレスリリースには表題に「SAMURAI BLUE(日本代表)」と表記され、それ以降は「サムライブルー」あるいは「SAMURAI BLUE」とだけ記されている。
実に、久しぶりに、日本代表・岡田武史監督(53)の言葉にうなった。
13日、天皇杯準々決勝の名古屋―岐阜戦(瑞穂陸)の取材に行った。試合はオーストラリア代表FWケネディ(27)がハットトリックを達成し、3―0の勝利。J1の貫録を見せた。
その試合には、8月にF東京から岐阜に期限付き移籍したDF吉本一謙(21)が出場していた。吉本は07年にF東京U―18からトップに昇格。J開幕戦ではいきなり先発に抜てきされ、プロデビューを果たした。だが前半27分までに3失点を喫し、同29分に途中交代。悔しすぎるデビュー戦となり、そこからなかなかレギュラー争いに加われなかった。
そんな状態の中、出場機会を求めて岐阜に移籍。見事出場機会を得て、天皇杯4回戦の千葉戦では見事決勝点を奪い、チームを8強に導いた。試合後、吉本の今季を振り返っての感想が強く心に残った。「練習試合と公式戦はやっぱり緊張感が違う。リーグ戦、天皇杯でその緊張感を経験できたのが一番良かった」。言われてみれば当然のことなのかも知れない。しかし、経験者の発する言葉は説得力がある。
3失点はしたが、前半44分に先制点を奪われるまではオーストラリア代表FWを相手に懸命なディフェンスを続けていた。まだ21歳。プロデビューは苦いものだっただろうが、取り返す機会はいくらでもある。出場機会を得た吉本の、今後の成長に期待したい。(F東京、東京V担当・三須 慶太)
名古屋は10日、MF小川佳純(25)のA型インフルエンザ感染を発表した。同選手は入院したが12日に退院し、自宅療養中。29日の天皇杯準決勝の清水戦(エコパ)での復帰を目指している。このニュースを聞いた時、「無茶苦茶、悔しいだろうな」と思った。
オシムさんは、元気だ。
現在、前日本代表監督のイビチャ・オシム氏(68)が来日中。10年南アフリカW杯の抽選会(4日)のテレビ解説など精力的に活動している。5日には、Jリーグ最終節、浦和―鹿島戦(埼玉スタジアム)を視察した。
Jリーグアウォーズ表彰式。鹿島MF小笠原は壇上で悔しさをかみしめた。「もっとウチの選手がベストイレブンに選ばれてもいいんじゃないか。残念で す」。司会者には「えっ、そうですか。鹿島からは3人も選ばれましたよ」と軽く流されたが、舞台から降りてもなお「MVPのうれしさが、かすむくらいに悔 しい」と繰り返した。
史上初となる鹿島の3連覇で幕を閉じたJリーグ。クラブによっては、まだ天皇杯が残っているが、シーズンは一区切りを迎え選手、関係者にとってつらい季節がやってきた。契約を更新しない、いわゆる「ゼロ提示」の時期だ。プロだから仕方がないこととはいえ、やはりつらいものだ。
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