6年ぶりの元気
6月13日。大宮担当として、ナビスコ杯予選リーグ最終節の「埼玉ダービー」を取材した。後半26分。ゴール前でパスを受けたMF原口元気(18)=浦和=はドリブルして切り返し、GKとDFの位置を確認。右足でゴール左上に突き刺した。「さすがだな」。浦和の5点目となる得点を目にし、その身のこなしと冷静さに懐かしさを覚えた。
2003年8月。入社1年目の記者は、同期数人と弊社後援の全日本少年サッカー大会を取材した。その大会で初優勝した埼玉・江南南SSの主将兼エースが、原口(当時小学6年)だった。
青いユニホームの背番号9。体は細身だが、卓越したドリブル突破で4、5人と1人でかわし、ゴール前へと向かっていった。ゴール前での落ち着きも際だち、大会を通じて5得点8アシスト。「優勝する自信はあった。目標は世界一のプレーヤーになること」。当時から物怖じせず、言うことも大きかった。「この子はもしかしたら将来、大物になるかも」。そういう期待を抱かせてくれた。
そして記者がサッカー担当となった今年2月。静岡・掛川で行われたJリーグ新人研修会で、約6年ぶりに原口を取材した。少年時代に取材した話をすると、「報知の方に取材を受けたのは覚えていますよ。浦和で開幕から出て、日本代表にも入りたい。また大きな記事を書いて頂けるように、頑張ります」と、はにかみながら笑顔で答えてくれた。
その後、練習試合で結果を残し、大ブレーク。17歳で浦和の開幕スタメンの座をつかんだ。いまや日本代表MF山田直輝(18)とともに、浦和の将来を担う逸材だ。13日の大宮戦でも、浦和がボールを奪うと原口は真っ先に動き出し、パスコースを増やすことで素早いカウンター攻撃の主軸を担っていた。
日本代表の青いユニホームを着る日も、そう遠くはなさそうだ。「あの少年が…」。原口の成長した姿を見て、元気と楽しみをもらった。と、同時に、同じ6年の歳月での記者としての成長を自問自答し、思わず苦笑いしてしまった。(名古屋、大宮担当・榎本 友一)

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