世界デビューしたスーパーサブ
途中出場で、試合の流れを変える選手。ドラマで「助演クラス」の役割を果たす出演者だ。記者がサッカーで、最初に「スーパーサブ」という言葉を聞いたのは92年アジア杯、93年のアメリカW杯アジア最終予選のころ。日本代表FW中山雅史(現・磐田)が後半から投入され、スピードを武器に貴重な得点を量産。とっておきの“切り札”が脚光を浴びた。
名古屋にもJ屈指の「切り札」が居る。FW杉本恵太(27)。50メートル走5秒8のスピードを生かし、昨季はリーグ33戦で7得点(うち5得点が途中出場)。07年5月には当時のオシム監督の目に留まり、日本代表候補合宿にも初招集された。試合の終盤、相手守備陣が疲れたところでピッチに登場すると、俊足でかき回す。「何かやってくれるのでは」と思わず期待を抱かせる存在だ。
圧巻だったのは、10月28日のアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)準決勝第2戦。杉本は後半、17分からFWとして途中出場。同22分。ゴール前で、胸で1トラップし、右足でオーバーヘッドシュート。ド派手なACL初得点に、ベンチにいたストイコビッチ監督(44)からも感嘆の笑顔がこぼれた。アルイテハド(サウジアラビア)に1―2で敗れたが、杉本のスーパーゴールの映像は米CNNなどで取り上げられ、世界中に配信された。
スペインの名門FCバルセロナに、マリ代表MFケイタ(29)がいる。抜群の身体能力を武器に今季、左足で得点を量産している。「名前も同じだし、親近感を覚えるし、刺激を受ける。選手としても一歩でも近づければ」と杉本。自信初の国際大会を機に、“世界のケイタ”へと飛躍しつつある。
実は、記者にとっても特別な思いがある選手だ。04年10月24日。当時、大学スポーツ担当だった記者は、サッカーの関東大学1部リーグ後期第節・駒大×流通経大戦(西が丘)を取材した。この年に1部に初昇格したばかりの流経大が、3連覇を狙う駒大に2―1で逆転勝利し、首位に立った。後半途中出場し後半44分に、右足で決勝弾を決めたのがFW杉本(当時4年)だった。「最後は自分で勝負したかった」。右サイドを突破した、そのスピードに目を見張ったことを今も覚えている。
いつ出番が来るかわからない、スーパーサブのコンディション作りは大変だ。短い時間で結果を残す集中力と、勝負強さ、決定力が求められる。また、出場時間が短いため、リーグ戦翌日にはほとんどの場合、セカンドチームの練習試合にも借り出され、「(先発メンバーに比べ)意外に休めない。この歳になるときついんですよ」と杉本は笑う。
今季はサイドハーフでの起用も多く、公式戦合計で4得点。それでも、いずれもが印象深いゴールばかりだ。7人兄弟の四男。大家族で培った献身的な姿勢で、名古屋に欠かせない「孝行息子」となっている。(名古屋担当・榎本 友一)

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