誰よりも国立のピッチに立ちたい男
名古屋は10日、MF小川佳純(25)のA型インフルエンザ感染を発表した。同選手は入院したが12日に退院し、自宅療養中。29日の天皇杯準決勝の清水戦(エコパ)での復帰を目指している。このニュースを聞いた時、「無茶苦茶、悔しいだろうな」と思った。
小川は天皇杯決勝の舞台・国立競技場でのプレーを誰よりも強く望んでいる。初めて国立のピッチを踏んだのは、千葉・市立船橋高3年時の02年1月。全国高校選手権決勝の国見戦で決勝点となる豪快な右足ミドルを決め、日本一へと導いた。
それ以来の国立となった9月23日のアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)準々決勝第1戦では、痛恨のミスを犯した。後半15分、川崎の日本代 表MF中村憲剛(29)のFKの際、壁役の小川が飛んでしまい、そこを通され、同点弾を許した。名古屋は逆転負け。小川は瑞穂での同第2戦では、右足で先 制点となる無回転ミドルをたたき込み川崎に雪辱。準決勝へと進んだが、アルイテハド(サウジアラビア)に敗れ、ACL決勝(国立)の舞台には立てなかっ た。
「もう1度ACLに出たい。そのためにも必ず国立には行かないと」。以来、小川は来季のACL出場権を獲得できる天皇杯制覇に照準を定めた。
試行錯誤の連続のシーズンだった。昨季、リーグ新人王に輝き、今季からストイコビッチ監督(44)らが背負った背番号10を受け継いだ。「1年前 とは違う。チームがどうやって勝つかを考える」。その強い意欲と責任感とは裏腹に、チーム事情で本職の右MFのほか初めてのボランチ、左右のサイドバック での起用もあり、チームの成績も上がらず苦しんだ。
昨季まで名古屋の背番号を背負った、元日本代表MF藤田俊哉(38、現・熊本)が目標だ。サイズは小川とほぼ同じながらMFで史上唯一、J1通 算100得点。日本代表の背番号を背負い、磐田を3度のリーグ制覇に導いた。その藤田から今季開幕前、厳しい激励を受けた。「マークされる今年、10点 取れなかったら去年はまぐれってことだぞ」。その言葉を念頭に小川はある取り組みに着手した。
ほぼ毎試合後、チームスタッフに依頼し、自分の出た試合の録画DVDを持ち帰った。家で一人、冷静に自分の動きを分析。「気になったところをもう 1度見る。なんでそうなったのかが大事」。根っからの理論派だ。市立船橋高時代、「数学が得意」で学業の成績も理系クラストップクラスだった。173セン チ、67キロ。決して恵まれた体格ではないが、それを頭脳で補っている。ストイコビッチ監督も「小川はサッカーインテリジェンスが高い」と絶賛する。
「佳純(よしずみ)」。両親が「佳作」の佳から名付けた。「『優』までいかないが、伸びしろがある。完ぺきじゃないけど、純粋って由縁らしいです (笑)」。名前の通り高校、大学、プロと徐々に頭角を現してきた。08年7月には日本代表候補合宿にも初招集された。「常に上を目指してやるのが自分のス タイル。代表にはいずれ入りたい」。今時のイケメンだが、芯の通ったまじめな性格だ。
今季、名古屋が初参戦したACLで大活躍。日本人最多5得点を挙げ、4強入りに大きく貢献した。今季J1チーム最多戦に出場、3得点10アシス ト。全公式戦を合計すると現在、9得点だ。「国立は日本サッカーの聖地。満員の国立でプレーできるのは選手にとってすごく名誉なこと」。元日の国立で2季 連続の公式戦2ケタ得点、2ケタアシストの「ダブル・ダブル」を達成し、ACL切符を名古屋にもたらす、背番号10の雄姿が見たい。(前名古屋担当・榎本 友一)

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