「来年からは監督を止めに入らなくていい。それもさみしい」(鹿島運営担当・箕輪氏)
12月18日、今季限りで退任するオズワルド・オリヴェイラ監督のお別れ会がカシマスタジアムで開かれた。約400人のサポーターが駆けつける中、5年間で6つのタイトルをもたらした鹿島のレジェンドは「さよならとは言わない。また、会おう」の言葉を残し、日本を去った。多くのサポーターが涙で別れを惜しんだように、あるスタッフも特別な思いで立ち会っていた。
鹿島運営担当の箕輪公成氏である。オリヴェイラ監督と言えば、判定へ激しく抗議する姿が思い出される。それも、スタジアムの大歓声を貫く、大きな声とジェスチャーで。実際に毎試合のように、主審から注意を受けていた。度が過ぎると、退席処分を受けるため、そうならないように監督と主審の間に割って入るのが同氏の務めだった。
監督就任2年目を迎えた頃だろうか。試合中、同氏のポジションは決まった。ベンチ右後方5メートル。「そこがいつでもベンチ前に行ける位置。やばいな、そこからと思えば徐々に距離を詰めて、走り寄る」。大の大人の怒りを静めるのは、大変な作業である。時には「邪魔するな」などと怒声を浴びせられたが、頑として間に入り、監督をベンチに戻し続けた。
雨の日はスーツの上にカッパを着て、ポジションについた。試合中、ベンチ前のコーチングエリアには、ベンチ入りの者しか出られないため、毎試合のように仲裁に入る同氏はJリーグから厳しく指導を受けていたが、「僕は処分を受けてもいいけれど、監督を退席させるわけにはいかない」と務めを果たした。
我々、報道陣は敬意を表し、「ミノワマン」と呼んでいた。「リアルプロレスラー」のキャッチフレーズを持ち、屈強な総合格闘家として知られる美濃輪育久に例えたのだった。監督は5年間で4度の退席処分を受けることになったが、箕輪氏がいなければ、もっと多かったのではないだろうか。史上初のリーグ3連覇を成し遂げるなど、多くのタイトルを獲得できた陰には、汚れ役を買って出る人物がいた。
鹿島のミノワマンは目を真っ赤にして言った。「来年からは監督を止めに入らなくていい。それもさみしい」。同監督がブラジルに発つ前、けんか腰で突き合わせていた胸を、初めて強く寄せ合った。(鹿島担当・内田知宏)

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