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スポーツ報知ブログ一覧

2010年3月 9日 (火)

小笠原、代表落選し静かに「さみしい」

 もう何年も聞いていない言葉だった。まして30歳の、大男が口にすると、余計に切なさがこみ上げてくる。

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2010年3月 1日 (月)

五輪は終わった。さぁサッカーの季節

 バンクーバー五輪女子フィギュアスケートの“日韓戦”は、見応えがあった。

 フリーが行われた2月26日(日本時間)。平穏なJFAハウス4階プレスルームでテレビ観戦を堪能した。サッカーの東アジア選手権の日韓戦(2月14日)は寂しい内容だったが、こちらの日韓戦は、期待通り、いや、それ以上だった。

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2010年2月21日 (日)

青梅を走りながら感じた事

 日本代表が惨敗に終わった東アジア選手権。その大会公式パンフレットに掲載されていた岡田武史監督(53)のインタビュー記事は、興味深かった。

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2010年2月12日 (金)

味スタ駐車場での岡田監督の態度に疑問

 10日の出来事だ。味の素スタジアムのメーンスタンド下の駐車場に、日本代表・岡田武史監督(53)の怒声が響いた。

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2010年1月 1日 (金)

いきなり「サムライブルー」と言われても

 違和感がある。
 最近、日本サッカー協会が出す日本代表関連のプレスリリースには表題に「SAMURAI BLUE(日本代表)」と表記され、それ以降は「サムライブルー」あるいは「SAMURAI BLUE」とだけ記されている。

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2009年12月22日 (火)

あえて菊地を代表に選んだ岡田監督

 実に、久しぶりに、日本代表・岡田武史監督(53)の言葉にうなった。

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2009年12月12日 (土)

オシム語録のレベルは全然落ちていない

 

オシムさんは、元気だ。
 現在、前日本代表監督のイビチャ・オシム氏(68)が来日中。10年南アフリカW杯の抽選会(4日)のテレビ解説など精力的に活動している。5日には、Jリーグ最終節、浦和―鹿島戦(埼玉スタジアム)を視察した。

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2009年11月20日 (金)

オシムさんが監督を続けていたら

 晩秋。あれから2年が過ぎた。
 2007年11月16日未明、日本代表監督を務めていたイビチャ・オシムさん(68)が脳梗塞(こうそく)のため、千葉県内の自宅で倒れた。一時、意識不明となりながら回復した。しかし、心身ともにハードな監督業を続けることは難しく、後任として岡田武史監督(53)が就任した。

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2009年11月11日 (水)

苦しい言い訳

 不用意でした。

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2009年10月21日 (水)

まだあった「ジョホールバルの歓喜」にまつわる裏話

 18日に早大で行われた日本代表・岡田武史監督(53)と日本サッカー協会名誉会長の川淵三郎キャプテン(72)のトークショーは、面白かった。特に「ジョホールバルの歓喜」の裏話は、傑作だった。

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2009年10月 9日 (金)

律儀な石川選手の活躍を見たい!

 

F東京のMF石川直宏選手(28)が1日、日本代表へ約5年半ぶりに選出された。その日、小さな“アクシデント”があった。
 石川選手はこの日、美容院へカットに行く予定だった。練習は午前中に終了するため、午後に予約していたのだという。日本代表メンバー発表は午後4時。午前中の練習終了後、日本代表復帰を期待し、待ち構えた報道陣としては生のコメントが欲しいところ。だが、それまで石川選手が代表に入ったかどうかは分からないため、報道陣もその話題を切り出そうにも気が引ける状態で、石川選手自身もコメントしようがない状態。しばらく普段通りの会話を交わした後、お互いに代表のことを切り出せず、しばらく沈黙状態に。その後「この後、髪を切りに行くんです…」と申し訳なさそうにグラウンドを後にした。

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2009年9月11日 (金)

ビーチで見せて欲しい“ニュー前園”

11日、元日本代表MF前園真聖(35)が、ビーチサッカー日本代表候補に選出された。ラモス瑠偉監督(52)は“起爆剤”として期待している。
 国際Aマッチ出場19試合、4得点の記録があるが、前園と言えば、やはり、アトランタ五輪代表主将の印象が強い。

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2009年8月31日 (月)

岡田監督が少し心配

 31日、日本代表がオランダ遠征に出発した。

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2009年8月21日 (金)

岡田監督が代表選手に送った手紙の内容は…

 日本代表・岡田武史監督(52)が、約30人の代表選手に「DVD付き手紙」を送った。7~8月には日本代表の活動が全くなかったため、改めて日本代表の自覚を持ってもらうことが目的というが、詳細な内容に関しては明かさなかった。

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2009年7月15日 (水)

未知なる決戦地・南アフリカ

 来年6月開幕の南アフリカW杯まで1年を切った。記者は恥ずかしながら、これまで南アとの接点は無く、「治安が悪いのでは」などという漠然とした印象しか持っていなかった。9日のガート・グロブラー駐日大使が都内で開いた会見取材で、南アと日本との関係について色々と勉強させられた。

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2009年7月 2日 (木)

W杯ベースキャンプ地は“縁起いい”ジョージ市に内定

 来年の南アフリカW杯に出場する日本代表のベースキャンプ地が南部のジョージ市に内定した。

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2009年6月21日 (日)

縁起のいい南アフリカで歴史的偉業を期待

 日本代表・岡田武史監督(52)が20日、南アフリカへ旅立った。プレW杯として行われているコンフェデレーションズ杯の視察と、来年のW杯本番のキャンプ地に内定しているダーバンのホテル、練習場などのチェックが目的だ。

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2009年6月11日 (木)

オシムさんの誠意 試合終了後に祝福メッセージ

 日本代表が世界最速でW杯予選突破を決めた瞬間から、わずか約30分後の7日午前1時30分。報道各社に、日本サッカー協会を通じて、日本代表イビチャ・オシム前監督(68)の祝福メッセージが届いた。

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2009年6月 1日 (月)

試合前の出来事 寂しさとうれしさ

 昨夜(5月31日)、東京・国立競技場で行われたキリン杯ベルギー戦。試合後、記者会見で、日本代表・岡田武史監督(52)が4―0で大勝したにもかかわらず、キレたことは、本日(1日)付の本紙でお伝えした通りだが、ここでは、試合前の出来事を紹介したい。

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2009年4月21日 (火)

岡田監督の頭の中にある「新戦力」とは…

 現在、静岡県内でU―20(20歳以下)日本代表候補の強化合宿が行われている。岡田武史監督(52)以下、A代表のコーチングスタッフが指導に当たっている。岡田ジャパンのコンセプトを若い選手に経験させることが主な目的だ。

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2009年4月 1日 (水)

ピッチに入る直前の雰囲気

 W杯アジア最終予選第5戦バーレーン戦(3月28日、埼玉)。結果が出た後に言うことは、少し気が引けるが、私は、試合開始の10分前に日本代表が勝利することを確信した。

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2009年3月22日 (日)

川口能活、これまで以上に注目だ

 川口が、落選した。

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2009年2月22日 (日)

大仁副会長の眉間のしわがまた深くなった

 

日本サッカー協会・大仁邦弥副会長(64)の、これほどまでに険しい表情を見たのは、7年ぶりだった。
 強化と育成のダブル委員長となった新体制が敷かれた後、初めての技術委員会が19日に行われた。強化担当技術委員長に原博実氏(50)、育成担当技術委員長に小野剛氏(46)が就任。そして、2部門を統括する立場の技術本部長に大仁副会長が就いた。1996年から2002年日韓W杯まで、技術委員長(当初、強化委員長)を務めていた大仁副会長にとって、7年ぶりの“最前線”だ。

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2009年2月17日 (火)

豪州戦当日の会場周辺は想像以上の盛況!

 11日のW杯アジア最終予選第4戦・オーストラリア戦(日産ス)では、試合前の会場周辺の取材を行った。

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2009年2月10日 (火)

試合を見ない観客の謎

 何か、おかしい。

 4日、東京・国立競技場で行われた国際親善試合フィンランド戦のことだった。試合中、記者席で私の携帯電話が鳴った。某関係者からだった。声が聞き取りにくかったので、記者席を離れ、スタンド下に降りた。電話を切った後に気付いた。試合中にもかかわらず、なぜか、スタンド下にいる人が多いのだ。

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2009年1月11日 (日)

さよなら、オシムさん

 決して最後とは思いたくないけど、オシムさんの取材を、今後、しばらく出来ないことは、確かだ。寂しい。

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2009年1月 1日 (木)

岡田監督、俊輔を「男」と表現…他選手は“子供扱い”

 日本代表・岡田武史監督(52)の新春インタビューでの出来事。指揮官は1時間弱の間に2回“失言”をした。

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2008年12月11日 (木)

熱血漢・岡田監督の深い愛情

 2008年Jリーグ最終節(12月6日)。私は、日本代表・岡田武史監督(52)を追いかけ、京都―清水戦が行われた西京極に出向いた。

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2008年11月21日 (金)

川口能活の有言実行

 1993年10月28日、米国W杯アジア最終予選最終戦。勝てば初のW杯出場が決まる日本は後半ロスタイムにイラクに同点ゴールを許した。日本サッカー史上、永遠に語り継がれることになる“ドーハの悲劇”だ。
 当時のことは鮮明に覚えている。
 記者1年目の私は、東四国国体の取材ため、香川・高松にいた。初の長期出張に浮かれ、昼間に少年(高校)サッカーを取材した後、毎夜、繁華街の“取材”も頑張っていました。もちろん、日本―イラク戦の日は試合時間に合わせてホテルに戻った。そして、2時間後。テレビの前でサッカーの怖さを知った。

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2008年11月11日 (火)

あれから1年…“オシム節”は全く変わらない

 あの悪夢のような日から1年がたとうとしている。

 07年11月16日午前2時ごろ、日本代表イビチャ・オシム監督が千葉県内の自宅で、急性脳梗塞(こうそく)のため倒れ、浦安市内の病院の集中治療室に入った。意識はなく、予断を許さない状況に陥った。残念ながら代表監督を退任せざるえなかった。

 当時の取材ノートとパソコン内の記事ファイルを見返すと、今でも胸が締め付けられる。

 それから1年。つい先日の出来事を紹介したい。

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2008年11月 8日 (土)

日本代表と大相撲の夢のコラボが実現!?

 サッカー担当の私だが、先日(10月13日)、貴乃花部屋に取材に行く機会があった。日本協会・川淵三郎名誉会長が、貴乃花部屋に体験入門しているJFAアカデミー福島の第1期生を視察するため、その取材におじゃまさせて頂いた。

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2008年11月 1日 (土)

前監督が帰って来た!第一声からオシム節全開

 日本代表イビチャ・オシム前監督(67)が、帰って来た。

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2008年10月21日 (火)

オシム前監督が日本に戻ってくる

 明日(22日)、日本代表イビチャ・オシム前監督(67)が、日本に戻って来る。

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2008年9月 5日 (金)

全敗北京でも光った森重の能力

 いつからかA代表に入ってもおかしくないという声が出始めた。大分のDF森重のことだ。9月3日のナビスコ杯準決勝第1戦の前に大分のある主力選手と話をした。北京五輪の話になったとき、「森重が北京五輪では一番良かった。人にも強いし、高さもある。今回の代表に呼ばれてもおかしくなかった」とその選手が言った。それは北京五輪でサッカー担当をしていた記者の多くが感じたものと同じだった。

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2008年9月 1日 (月)

“ジャージー論争”ぼっ発

 今、サッカー界では“ジャージー論争”が沸き起こっている。

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2008年8月27日 (水)

「上野と付き合いたい」なでしこOGらもソフトボールを熱く応援!

 なでしこジャパンが北京五輪で4位に入った。07年女子W杯王者のドイツW杯に敗れ、68年メキシコ五輪の男子サッカー来のメダルこそならなかったが、この快進撃は賞賛に値するだろう。

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2008年8月24日 (日)

北京世代の活躍に期待

 北京五輪の男子サッカー決勝が行われた23日、日本ではJリーグ第22節が行われていた。北京からも携帯電話のiモードで結果をこまめにチェックした。誰が出ているか、誰が点を取っているか。もちろん、どこが勝ったかだ。
 偶然かもしれないが、北京五輪の男子サッカー種目が最終日のこの日、日本では北京五輪世代が活躍していた。清水は岡崎、枝村。柏は菅沼。名古屋は吉田。磐田はカレン。広島は高萩、柏木、槙野。得点者だけでも8人もいた。北京五輪でプレーした選手、もしくはテレビで観戦した選手は嫌というほどわかったと思う。結果がすべてだと。当たり前のことだが、それが現実なのだ。

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2008年8月21日 (木)

反町ジャパン消滅は必然だった

 明後日(23日)、北京五輪サッカー男子決勝、アルゼンチン―ナイジェリア戦が行われる。今となっては、反町ジャパンが同じ大会に参加していたとは考えづらい。

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2008年8月11日 (月)

落ち込んでばかりいられない!

 何だか、サッカー担当として、肩身が狭いし、むなしい。

 柔道男子66キロ級の内柴、競泳男子百メートル平泳ぎの北島が金メダルを獲得し、北京五輪が盛り上がって来たが、ご存じのように反町ジャパンは連敗を喫し、早々と1次リーグ敗退が決まった。なでしこジャパンも決勝トーナメント進出が厳しい状況に追い込まれている。取材対象の成績は、担当記者の責任ではないし、ましてや、取材対象の成績が悪いからといって仕事のモチベーションを下げることはあってはならない。

 だが、しかし…。

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2008年8月 9日 (土)

なでしこの戦い

 北京五輪の先陣を切って6日、サッカー女子日本代表、なでしこジャパンがニュージーランドと戦った。0―2から追いつき、2―2の引き分けた戦いには、執念、意地を感じた。

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2008年8月 5日 (火)

反町監督への揺るがぬ信頼

 反町監督が言った。「スポーツ紙は行かないの? 五輪もまだまだだということだな」。7月30日の成田空港での北京五輪男子サッカー代表の反町康治監督(44)と取材にきた報道陣のやりとりの最中に出た一言だ。

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2008年8月 1日 (金)

岡田監督が残した初の“予言”

 その時、日本代表・岡田武史監督(51)には、大物のオーラが漂っていた。
 7月26日、等々力競技場で行われた川崎―名古屋戦のことだった。代表指揮官は、後半35分に視察を終了。その時点でスコアは1―1だった。

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2008年7月16日 (水)

五輪代表になれなかった男たちへの思い

 北京五輪に出場する男子サッカーのメンバー18人が決定した。やはり、DF青山直(清水)の落選には驚かされた。最終日となった9日のU―23(23歳以下)日本代表候補合宿終了後のミックスゾーンで青山直と話をした。たまたま1対1の状況だった。「やるべきことはやった?」と聞くと、「うーん…、今更戻れないんですけど、正直もっとやりたかった。まあ、でも終わってしまったんで…」と返ってきた。不完全燃焼だったようだ。

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2008年7月11日 (金)

岡田イズムが浸透して“語録”も熱くなった

 “岡田語録”は、熱かった。
 6月22日、10年南アフリカW杯アジア3次予選最終戦の日本―バーレーン戦。1―0で辛勝した日本代表の岡田武史監督(51)は、苦しみながら突破した3次予選を振り返った。

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2008年6月21日 (土)

最終予選の闘いは始まっている

 明日(22日)、W杯アジア3次予選最終戦の日本―バーレーン戦が埼玉スタジアムで行われる。両チームともに最終予選進出が決定している。消化試合に対するコメントが、日本代表の岡田武史監督(51)とバーレーン代表のミラン・マチャラ監督(64)が対照的で興味深い。

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2008年6月11日 (水)

オシム前日本代表監督が帰国直前に残した代表への熱いメッセージ

 新聞記者になり、16年。今まで、数え切れないほど(月平均2回とすると400回弱だろうか)成田空港で、見送り取材をした。しかし、今回ほど、切なく、複雑な気持ちになったことはなかった。

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2008年6月 3日 (火)

青山直、トゥーロンで感じた世界

 U―23日本代表DF青山直晃(21)=清水=がトゥーロン国際大会から帰国し、クラブの練習に合流した。最後は連続PK負けで4位という結果に終わったが、強豪ぞろいのグループリーグを突破し、準決勝に進出したことは北京五輪本大会に向けて大きな財産になったはずだ。本人の感想はこうだった。

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2008年6月 1日 (日)

オシム前監督の機知あふれる言葉に感服

 明日(2日)、岡田ジャパンは正念場を迎える。

 W杯アジア3次予選第3戦オマーン戦(日産ス)。1勝1敗、勝ち点3で並ぶライバルとの直接対決だ。引き分けると、まして、敗れると、最終予選進出が危うくなる。

 3次予選の第3戦を、これほど苦しい状況で迎えるとは…。4か月前の日本代表イビチャ・オシム前監督(67)の言葉を思い出す。

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2008年5月25日 (日)

名古屋の「もつ鍋」も美味しいです

 もつ鍋と言えば、博多が有名ですが、名古屋にも美味しいお店がありました。

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2008年5月21日 (水)

深刻な日本代表の不人気

 キリン杯の日本―パラグアイ戦(27日、埼玉スタジアム)のチケットが、まるで売れていない。日本サッカー協会の発表によると、21日現在、わずか約1万4000枚…。専用スタジアムとしては日本最大の収容(6万7300人)を誇る埼スタとしては寂しい数字だ。

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2008年4月 1日 (火)

泣けてくるオシム前監督からのメッセージ

 日本代表イビチャ・オシム前監督(66)が3月25日、無事、退院した。

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2008年3月21日 (金)

岡田監督の厳しい“口撃”

 最近、日本代表・岡田武史監督(51)は、スポーツ報知に対し、厳しい“口撃”を続けている。
 スポーツ報知では、某記者(複数)の綿密な取材により「川崎FWジュニーニョ日本国籍取得希望」「キリン杯でコートジボワール、パラグアイと激突」「鹿島オリヴェイラ監督が日韓オールスターサッカーで“日本代表監督就任”」などスクープを連発した。

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2008年3月 1日 (土)

オシム前監督「こんにちは」、久しぶりの肉声

 「こんにちは」
 日本代表イビチャ・オシム前監督(66)の肉声を久しぶりに聞いた。
 きょう、オシム前監督は、東京・国立競技場で行われたゼロックススーパーカップ鹿島―広島戦に視察に、突然、現れた。日本代表のボスニア・ヘルツェゴビナ戦(1月30日)、タイ戦(2月6日)を視察した際には、出入り口を関係者、警備員が二重三重に取り囲み、近づくことはできなかったが、この日は関係者はまばら。

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2008年2月11日 (月)

オシム前監督にはサッカーの現場がよく似合う

 オシム前監督が、スタジアムに帰って来た。

 東京都内のリハビリ専門病院で入院中の日本代表イビチャ・オシム前監督(66)が1月30日、ボスニア・ヘルツェゴビナ戦(東京・国立競技場)を観戦した。昨年11月16日、脳梗塞(こうそく)に倒れてから75日目、初めての公の場だった。オシム前監督は、6日の南アフリカW杯アジア3次予選初戦タイ戦(埼玉スタジアム)も“連戦”でナマ観戦。確実に快方に向かっていることが、心からうれしい。

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2008年2月 8日 (金)

紳士的だったタイのチャンウィット監督

Thai  日本代表の南アフリカW杯に向けた長く、厳しい戦いが始まった。今回、私は急造のタイ担当として取材した。
 一番印象に残ったのは、チャンウィット監督(52)の紳士的な態度だった。紙面上では「冷タイ洗礼にタイ激怒」、「累積で出場停止タイ敗を予感」など怒っている場面ばかりを取り上げているが、現場での姿は全く違う。

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2008年1月11日 (金)

岡田監督がオシム前監督に話したこと

 日本代表・岡田武史監督(51)は、本当にうれしそうだった。
 「一昨日、オシムさんに会ったよ」
 11日、岡田監督は、都内のリハビリ専門病院に入院中の前任者のイビチャ・オシム前監督(66)を9日に見舞ったことを明かした。
 「どんな話をしました?」と私が聞くと、岡ちゃんは「秘密だよ」とニヤリと笑って答えた。
 「触りだけでも」と食い下がると「それもだめ」と、またニヤリ。2人だけの秘密にしたいらしい。

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2007年12月31日 (月)

「岡田監督」と「岡ちゃん」

 タイ・バンコクへ、2泊4日の“スパイ弾丸ツアー”を敢行した日本代表・岡田武史監督(51)を“スパイ”した。

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2007年12月21日 (金)

岡田監督“視察”でタイ出張

 明日(22日)、タイ・バンコクへ出張することが急きょ、決まった。
 日本代表・岡田武史監督(51)が、10年南アフリカW杯アジア3次予選初戦でぶつかるタイ代表を現地で視察する。その岡田監督を“視察”することが私の仕事だ。

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2007年12月11日 (火)

岡田ジャパンへの“オシム語録”はいつ?

 “オシム語録”は日々、本来のキレを取り戻しているらしい。

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2007年12月 1日 (土)

快方に向かうオシム監督がうれしい

 次期日本代表監督に岡田武史氏(51)の就任が内定。アジア王者・浦和がJ2の愛媛、J1最下位の横浜Cにまさかの連敗。そして、鹿島が奇跡のJ1逆転優勝。日々、サッカー界には大きな出来事が起こっている。

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2007年11月21日 (水)

病院の前で思う“オシム語録”

 夜、浦安市内の病院の前に立っていると、たくさんの“オシム語録”が、思い出される。 今年7月10日、アジア杯1次リーグ第1戦カタール戦。土壇場の後半43分に追いつかれ、1―1の引き分けに終わった直後、指揮官は選手を罵倒(ばとう)した。

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2007年11月19日 (月)

家長の捲土重来に期待

 これほどまでの試練は想像できたのだろうか。ピッチで見せる躍動感は薄れ、代名詞のドリブル突破もキレ味を失っていくようだった。北京五輪出場へ大手をかけた反町ジャパン。サウジアラビアとの最終戦(21日・国立)に『家長』の名前はなかった。

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2007年11月16日 (金)

ベトナムの驚くべきスピード

 ベトナムはとにかく速い。すべてにおいてである。まず、代表的なのが、ベトナムを象徴するバイク。街の至る所を走っているが、とにかく速い。さらにびっくりするのが自転車。バイクのスピードに負けじとペダルをこいでいる。

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2007年11月 1日 (木)

日本サッカーの命運を握る11月

 11月だ。

 今月、日本サッカー界は、すごいことになっている。

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2007年10月26日 (金)

“メジャー”な日本サッカー それがハンデにも…

 アジアCL、準決勝第2戦の浦和対城南の試合を見た。テレビでである。場所は休暇先のオーストラリア、ケアンズ。24日の夜に日本をたったため、現場ではもちろん、テレビでも見ることはできないと思っていた。

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2007年10月21日 (日)

“本物”のドーハの悲劇を知る男

 また、ドーハの悲劇か…。北京五輪アジア最終予選カタール戦、日本は後半ロスタイムに失点し、まさかの逆転負け。17日深夜、日本―エジプト戦(大阪・長居)の取材後、大阪市内のホテルでをテレビで見終わった時、ドーハの悲劇の再現か、と虚脱感に襲われた。

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2007年10月19日 (金)

天才児の“本気度”

 眠っていた本能が目覚めたようだった。中東で見た勝負師たる表情は、いつものそれとは違っていた。カタールに逆転負けを喫し、北京五輪出場へ正念場を迎えた反町ジャパン。真価が問われるイレブンのなかで、ひとりの天才児の“本気度”をかいま見た気がした。

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2007年10月16日 (火)

何かが起きる中東!? 元磐田・グラウと再会

 中東では何かが起きる。今、U―22日本代表の北京五輪アジア最終予選、カタール戦の取材のため、中東の地、カタール・ドーハにいる。その前は事前合宿地のUAE・ドバイにいた。昨年末のアジア大会から数えてドーハは2回目。UAEは今回が4回目。すっかり中東担当になってしまっている。

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2007年10月11日 (木)

はじめての日本語あいさつ

 最近、日本代表イビチャ・オシム監督(66)は、やたら機嫌がいい。8日に行われた高円宮杯全日本ユース選手権決勝戦。試合前に顔を合わせたので「こんにちは」とあいさつすると、オシム監督も日本語で「コンニチハ」と返し、握手を求めた。

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2007年10月 1日 (月)

“辞職勧告”を突きつけるオシム監督

 東京・文京区本郷に、そびえ立つJFAハウス。その地下2階のエレベーターホールは、毎週月曜日には異様な雰囲気に包まれる。

 日本代表イビチャ・オシム監督(66)が各コーチを招集して行う「A代表スタッフ会議」は、ほぼ週に1度、月曜日に行われることが多い。私を含め、各新聞社の日本サッカー協会担当記者は、会議終了後、地下2階のエレベーターホールでオシム監督を待ちかまえるのだ。

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