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2008年10月 2日 (木)

清原引退

2008100346181031n 王監督が退任を発表し、ONのユニホームがもう見られないことになった2008年は、KKが現役から引退する年にもなりました。

 1日に、オリックスの清原和博選手がラストゲームで男涙の引退セレモニーを行いました。イチロー、桑田真澄さんが駆けつけ、長渕剛は歌で背番号5を送りました。

 対戦相手の王監督は、「来世生まれ変わったら、必ず同じチームでホームラン競争をしよう」と花束を手渡して、そう語りました。

 王さんの思いが詰まったこの献辞に、歳月を思った野球ファンも多いでしょう。

 GIANTS時代の清原は、846試合に出場し、2703打数720安打、打率は.266。185本塁打を打ったが、三振も772と豪快でした。

 スポーツ報知発行の「清原引退特別号」に、桑田さんが4頁もの手記を書いています。2人の出会い、ドラフトでの別れ、GIANTSでの再会、引退と、桑田さんの切々とした思いに、KKの四半世紀の時の流れと、変わらぬ友情が伝わってきて、思わず目頭が熱くなりました。

 

コメント

清原さんへごくろさまでした 

私が大学4年の頃、就職活動で、ある民間会社の面接試験を受けた際、面接官から「今、あなたにとって、大切な人は?」との質問に対し、「PL学園の清原和博です」と答えた。
「理由は?」「私は、熱狂的なジャイアンツファンで、今、ジャイアンツに必要なスターだからです」と・・・・・・
結果は、相思相愛であったはずが、大方の予想を裏切り、巨人軍は指名しなかった。
私も、その会社からの採用内定通知は無かった。
でも、世の中の巡り合わせとゆうものは、時にして因縁めいた出来事を生み出す。
PLの清原選手を指名しなかった当時の巨人軍王監督から、引退試合の花束贈呈を受けたのである。
そして、「今度、産まれかわったら、同じチームで、ホームランを打とう!」と声をかけていただいたそうだ。
ましてや、その王監督も同じくユニフォームを脱ぐことが、決定した。
活躍した時代は、違っても、この2人は、日本球界に永遠に名を残す選手であったし、伝統ある巨人軍の4番をつとめた両雄で、同じ巨人軍のユ二フォームに袖を通した我等の英雄である。
両雄とも、何らかのかたちで、将来、巨人軍OBとして、球界のため、巨人軍の更なる栄光のために、ご尽力いただきたいものである。

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