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2016年5月21日 (土)

野球殿堂記者投票への考察=第27回(1985年度の2)特別表彰では「元祖記録の神様」と「ベーブ田中」殿堂入り

 この年の特別表彰では、映画会社大映社長でロッテなど長年名物オーナーとして球界を賑わせた永田雅一が有力視されていたが、表彰委員の3名連記の投票では元パ・リーグ記録部長の山内以九士と、早大時代は長距離砲として、後に早大監督を務めた田中勝雄が選出された。山内は慶応大学在学中、野球部のマネジャーとして直木松太郎(1970年殿堂入り)の下で野球の記録に没頭。当時爆発的な人気だった六大学の勝敗表や打撃ベストテンなどの新聞紙面への掲載は山内の提案だと言われている。

 さて、山内は私が報知新聞入社時の上司であり、その後「記録の神様」と称された宇佐美徹也の恩師でもある。殿堂入り時の1985年はまだ報知新聞に在職中で特別表彰発表時に「山内さんという人」を1月29日付け3面に掲載したので再録させて戴く。ちなみに私は、今回の考察シリーズで当時の紙面を見るまで忘れていた記事だ。

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2016年5月20日 (金)

イチロー、2戦連続安打もこのペースなら今季3000安打厳しい

 ◆フィリーズ4―2マーリンズ(18日・フィラデルフィア) マーリンズのイチロー外野手が18日(日本時間19日)、フィリーズ戦の8回に代打で二塁内野安打を放ち、メジャー通算2950本目の安打を刻み、史上30人目の3000安打まであと50とした。

 チームは40試合を消化したが、イチローは46打数15安打。このままのペースでは今季中に、あと50本は打てない計算となる。

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2016年5月16日 (月)

野球殿堂記者投票への考察=第26回(1985年度の1)「フォークの神様」に「火の玉投手」など競技者表彰初の3人選出

19580617 400勝投手・金田正一は2年目のチャレンジだったが、前年より2票減らして80票。当選に必要な164票に遠く及ばす順位も一つ落として6位だった。この年の殿堂入りはフォークボールの神様・杉下茂が177票、読売ジャイアンツの球団創立時からの名遊撃手で、戦後は広島カープの育ての親の一人でもある白石勝巳が176票、4年前に1票差で逃しながら票が伸び悩んでいた荒巻淳が173票。競技者投票で一挙3人選出はこの年が初めて。以下は大きく差がつき、(4)青田昇93票、(5)別当薫89票、(6)村山実72票、(7)筒井修48票、(8)真田重蔵37票、(9)田宮謙次郎22票、(10)牧野茂、長谷川良平、秋山登各1票。別当が資格を得たものの、前年からの候補者は青田以下ほとんど票が伸びておらず、前年の上位3人を入れるべきとの記者が多かった結果だったのだろう。一方、金田、青田の2人は「一言多い」タイプで、好んでなかった記者も少なからずいたのではないかと推測される。

 さて、90歳の今でもかくしゃくとして現場に出ている杉下。中日ドラゴンズ時代の1954年、天知俊一監督はリーグ優勝のためには打倒・ジャイアンツが必要として3年連続日本シリーズ王者に集中的に登板させ、チーム14勝中11勝。10完投し124回2/3。対ジャイアンツ戦の年間勝利、完投、投球回の記録を持っている。公式戦32勝を含め最多勝、最高勝率、最優秀防御率、最多完封、最多奪三振の“投手五冠王"に輝いたが、西鉄ライオンズとの日本シリーズでも5試合に登板し完封含む4完投の3勝1敗で優勝をもたらし公式戦とともにダブルMVPとなっている。内勤が多かった私だが、杉下とは1979年スピードガン取材でジャイアンツのキャンプ、そして明徳義塾が甲子園辞退となった2005年8月に、1939年の帝京商業出場辞退問題のため電話取材している。なお、殿堂入り決定時の新聞を見ると、1954年完封した日本シリーズ第7戦を振り返った上で「フォークボールを身につけてつくづく良かったと思う」。今度、きちんと現役時代のお話を聞きたいものである。

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2016年5月 9日 (月)

野球殿堂記者投票への考察=第25回(1984年度)400勝左腕がたった82票で、スポーツ紙1面に登場

19840124 通算400勝の金田正一がロッテ監督を退き5年が経ったことで競技者表彰の候補者になって注目された1月23日の開票日。当選必要数は164票だったが、当選出来ないばかりか(1)白石勝巳143票、(2)荒巻淳138票、(3)杉下茂130票、(4)青田昇89票に次ぐ5番目の82票。2年ぶりの該当者なしよりも、インパクトは強い「カネやん落選」の大見出しで報知新聞は報じている。以下(6)村山実73票、(7)真田重蔵56票、(8)筒井修46票、(9)田宮謙次郎45票、(10)吉田義男35票、(11)長谷川良平29票、(12)柚木進25票、(13)杉浦忠23票、(14)江藤慎一15票、(15)米田哲也11票、(16)秋山登4票、(17)金田正泰、田川豊各1票。

 報知新聞で野球殿堂開票が1面トップになったのは1965年度の川上哲治、鶴岡一人同時当選以来で2度目の事だ。本紙OBの中村進記者は、金田に投票しなかった記者の声として「今年は有資格者に対抗馬が多かった」「彼はまたユニホームを着る可能性がある」「今年は有資格者になったばかりで、あと9年も資格がある」とのコメントを拾っている。

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2016年5月 4日 (水)

野球殿堂記者投票への考察=第24回(1983年度)三原脩、史上2位の高率で当選。特別は内村祐之と超大物2人選出

19561017 1月24日に開票された競技者表彰は有効得票数208票のうち200票を獲得、史上2位の得票率96・2%で“魔術師"三原脩が殿堂入りした。ヤクルト監督を1973年限りで辞任したが、その後日本ハムファイターズの球団社長、代表を歴任していた。体調を崩したこともあって1982年5月18日付けで退任。1979年に表彰規定に追加された「資格取得後、監督、コーチになった場合、引退後の経過年数は6ケ月とする」により候補者資格を得た。現役監督も候補者に入っていた1966、67年に73票、87票を獲得したものの、39人、41人もの候補者がいたため票がばらけ当選票数に大きく及ばなかった。

 この2シーズンを経て資格復帰即当選は6年前(1977年)の水原茂に次いで2人目だが、水原は85・4%。1960年度のスタルヒンの97・2%に次ぐ数字だった。なお、2位以下は(2)荒巻淳、白石勝巳各117票、(4)木塚忠助116票、(5)杉下茂99票、(6)大友工64票、(7)筒井修53票、(8)村山実32票、(9)吉田義男23票、(10)田宮謙次郎、真田重蔵各21票、(12)杉浦忠14票、(13)長谷川良平、江藤慎一各9票、(15)米田哲也6票、(16)柚木進5票、(17)秋山登1票だった。

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2016年4月29日 (金)

野球殿堂記者投票への考察=番外編(GT監督は殿堂入りのパスポート!)

 殿堂入り関係者をプロ野球のチーム別に出すと、読売ジャイアンツが監督、コーチに背広組を含め45人で断然1位。阪神タイガースも26人(複数球団所属含む)を数える。

 監督だけをピックアップするとジャイアンツはすごい。1936年のプロ野球公式戦スタートから藤本定義―中島治康―藤本英雄―三原脩―水原茂―川上哲治―長嶋茂雄―藤田元司―王貞治―原辰徳―堀内恒夫。11人いる監督のうち、来年1月にエキスパート投票の候補者になるのが濃厚な原を除く全員が競技者表彰で殿堂入り(公式戦以前の指揮官・三宅大輔も)を果たしている。

 タイガースも初代監督の森茂雄から石本秀一、松木謙治郎、若林忠志、藤村富美男、杉下茂、藤本定義、村山実、吉田義男、中西太、野村克也と同11人(未殿堂は7人)。この中で藤本定義は、両チームで采配を振るってともに優勝に導いた。ただ、ジャイアンツで監督として優勝出来なかったのは藤本英、堀内と2人なのに対し、タイガースでは11人のうち森、松木、藤村、杉下、村山、中西、野村の7人(優勝して未殿堂は星野仙一、岡田彰布の2人)といずれも監督としての評価というより、現役時代での実績(森はアマ球界に貢献)などが評価されての殿堂入りだった。

 さて、今年はジャイアンツが高橋由伸、タイガースが金本知憲がともに新指揮官となった。両チームがそろって監督を交代してシーズンに臨んだのは、1950年の水原、松木、1975年の長嶋、吉田、2004年の堀内、岡田に次いで4度目となる。偶然だろうが過去3度のセ・リーグ覇者は松竹ロビンス、広島東洋カープ、中日ドラゴンズと偶然ながら、両チームそろって覇権を逃している。

 金本は現役時代の実績(打率2割8分5厘、2539安打、476本塁打)だけで殿堂入りはほぼ確実。一方の高橋は打率2割9分1厘、1753安打、321本塁打。こちらは、将来の殿堂入りを果たすためには監督で実績を重ねることが必要か。今季は両チームともまずまずのスタートを見せているだけに、前記のジンクスを吹き飛ばしてGTどちらかが優勝するのか、将来の殿堂を考えながらセ・リーグのペナントレースを見守っていくのも一興である。

2016年4月23日 (土)

野球殿堂記者投票への考察=第23回(1982年度) 9年ぶりに競技者は選出ならず。特別表彰は鈴木、外岡が殿堂入り

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 1月25日に開票された競技者表彰は、当選に必要な160票到達者はいなかった。上位10人は次のようになる。①荒巻淳136票、②白石勝巳121票、③木塚忠助120票、④戸倉勝城110票、⑤杉下茂81票、⑥中尾碩志79票、⑦大友工76票、⑧藤井勇69票、⑨村山実38票、⑩吉田義男29票。
 この中で注目したいのは戸倉だ。候補者に入ったのはこの年が最初で最後だと思われる。110票も獲得したが、翌年からは候補者から再び消えている。35歳で毎日オリオンズ入り。プロ初打席アーチがパ・リーグ本塁打第1号で第1回日本ワールドシリーズ(当時の名称)優勝に貢献。しかし、オリオンズがあまりの戦力ということで翌年に阪急ブレーブスに放出された。1955年、41歳シーズンで3割2分1厘、21盗塁。41、42歳でベストナインになるなど、ベテランスラッガーとして知られた。プロ野球での通算成績は1981年に野球殿堂入りした岩本義行と成績が近い。
        試合 打数   安打 本塁打 打点  盗塁  打率        
岩本  856 3121 859 123    487  140 .275
戸倉  907 3166 895   75    507  115 .283

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2016年4月17日 (日)

シフトを超越した偉大な王貞治

 米時間12日、ドジャース・前田健太投手がダイヤモンドバックス戦で6回を無失点に抑えた。2回の無死二、三塁は下位打線ということもあって自らのピッチングで抑え込んだが、守備陣に救われたのが6回だった。2死一塁から左打ちのジェイク・ラムの打球は右翼線に飛んだ。クッションボールを右翼のヤシエル・プイグが素手でつかむと、カットマンに、そして本塁へ絶妙な中継プレーで本塁を狙った一塁走者を刺した。この時のカットマン、通常なら二塁手と思いきや三塁手のジャスティン・ターナーが、引っ張り専門のラムに対しての大胆なシフトで右翼手のすぐ前に守っていた。

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2016年4月16日 (土)

野球殿堂記者投票への考察=第22回(1981年度) 初の1票足らずに落選者。佐伯達夫は15年越しで殿堂入り

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 東海大から原辰徳が読売ジャイアンツ入りして球界の話題を独占していた1月23日に、競技者表彰での殿堂入りが発表された。南海ホークス、国鉄スワローズの主軸打者として活躍した飯田徳治が195票、元祖・神主打法、初の1試合4本塁打記録を持つ岩本義行が178票を得て当選。必要票数165票で3位の荒巻淳は164票、記者投票初の1票不足に泣いた。4位の白石勝巳も158票とこちらも惜しくも逃した一人。ともに殿堂入りにその後3年間も足踏みすることになる。

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2016年4月14日 (木)

イチロー、ボンズ超えの通算2936安打

570e18d9tg2 マーリンズのイチロー外野手(42)はメッツ戦で初安打し、通算2936安打でB・ボンズ(現マ軍打撃コーチ)を抜き歴代単独33位に浮上した。

 ボンズ超えは、微妙な打球だった。歴代単独33位となる2936本目は、イチローらしい遊撃内野安打。しかし、プライドが許さなかったのか「あれはアウトですね。ま、こういうこともあるわな。ヒットをアウトにされたことも何回もありますから」と自らジャッジするほどだった。

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蛭間 豊章

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