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2007年1月 1日 (月)

蛭間 豊章

 (ひるま とよあき)1954年埼玉県生まれ。落合、中畑と同学年の長嶋茂雄に憧れた世代。1973年報知新聞入社。スピードガン記者1年を挟みプロ野球の記録記者として、長年”記録室”を執筆。1999年からは、大リーグ専属記者。北海道版でのコラムから数え、2011年11月25日でプロ野球を語り続けて通算1000回連載となった。

コメント

早速吉沢氏の貴兄の書いたコラムを拝読しました。吉沢氏の1球の重みを小生は別の意味で今でも思い続けています。それは吉沢氏と戦った夏の埼玉県予選の決勝戦です。当時決勝で大宮工業と戦い、1対0で敗れた大宮高校側の小生の吉沢氏に対する1球の思いです。それはシュウートボールにつまされて凡打に終わった1球です。それによりそれ以降大宮高校の甲子園は閉ざされています。彼にとっては東尾氏への1球が優勝への道を切り開いた1球かもしれません、さらに東尾氏への1球が春の全国制覇、それに続く夏の甲子園の出場へとすすんだ1球の思いだったのかもしれません。その陰に沈んだ大宮高校の光と影が小生には今でも心の片隅から離れません。

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