パーカー以来、30年ぶり2人目の好守でMVP(第481回)
大リーグのオールスター戦をテレビ観戦。恒例の派手のセレモニーはオバマ大統領の始球式で一気に盛り上がったが、個人的には今年88歳になる“ザ・マン
”スタン・ミュージアルがカートで登場して、元気な姿を見せてくれたのがうれしかった。ちょうど10年前、ボストンのフェンウェイ・パークでの球宴に最後
の4割打者テッド・ウィリアムスがカートで登場したのを思い出した。
10年前は、両軍ナインがウィリアムスに駆け寄って歓迎したが、この日のミュージアルは大統領にボールを手渡す役目。現役大統領では4人目という始球式が、セントルイス最高の英雄の影を薄くさせてしまった。私がミュージアルに会ったのは同じ1999年の10月。その年、大リーグは「センチュリー・チーム」として20世紀を代表する25選手を選出したが7度首位打者を獲得、通算打率3割3分1厘、475本塁打のミュージアルも外野手の一員として選ばれた。ワールドシリーズ期間中、現存する選手がアトランタのホテルで記者会見。ミュージアルが会見を終え、イスから立ちあがる時に躓(つまづ)きそうになった、その時、一番前で取材していた私が手をさしのべて、彼を支えた。
「サンキュー」とお礼を言われた後、私の拙い英語で会話。地元セントルイスで盛り上がった「センチュリー・・・」投票や、現役時代の1958年の来日の事を話した。あれから10年、まさか43年ぶりのセントルイス開催のオールスター戦で見られるとは思わなかった。ちなみに球宴のMVPの別名は、通算46打数14安打、4本塁打、12打点(打率3割4厘)の“テッド・ウィリアムス賞”だが、ミュージアルは63打数20安打、球宴記録の6本塁打、10打点(3割1分7厘)と遜色のない成績を残したスーパースターでもあるのだ。
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セレモニーに比べて、本番は地味な試合だった。各チームのエース級が真っ直ぐを中心にどんどん投げ込んでくるだけに、打者はやや押され気味。ア・リーグの得点はエラー、内野ゴロ、犠牲フライにジョー・マウアーの芸術的な流し打ちの二塁打。ナ・リーグはヤディアー・モリーナのうまくひろった中前安打に、マウアーと同じようにプリンス・フィルダーが逆方向に運んだ二塁打だった。逆に守備面では1回にミスをしたアルバート・プホルス一塁手が5回に2度の好守。そして7回、本塁打性の打球をもぎとったカール・クロフォード左翼手が試合のハイライトとなった。
途中出場で3打数1安打。打点0でのMVPは1962年第1試合(当時は2試合制)のモーリー・ウイルス遊撃手(ドジャース)は1打数1安打1盗塁2得点、1966年ブルックス・ロビンソン三塁手(オリオールズ)はチームが敗れたものの両軍計12安打の中、三塁打含む3安打。1968年のウイリー・メイズ外野手(ジャイアンツ)は1回いきなり安打を放ち、唯一の得点を記録した選手。今回のように得点も0では初のMVP野手だ。
しかし、守備だけで選ばれた選手は過去にもいる。第50回となった1979年のデーブ・パーカー外野手だ。4度打席に立ち犠牲フライと投手への内野安打と冴えない内容だったが、右翼守備では1点リードされていた7回に三塁打を狙ったジム・ライス(レッドソックス)を刺し、同点に追いついた8回には2死一、二塁でグレイグ・ネトルズ(ヤンキース)の右前安打をつかむと、本塁へ約80メートルの距離をノーバウンド返球で、本塁にヘッドスライディングをした二塁走者を刺した。
この試合、初打席となった8回に同点アーチ、9回に決勝の押し出し四球を得たリー・マジーリ(メッツ)は、驚肩を見せたパーカーにMVPをさらわれた。この試合でナ・リーグの采配を振るったトミー・ラソーダ監督は「あれがあるからパーカーを引っ込めない。たとえ延長20回になっても彼だけはフルイニングプレーさせるつもりだった」と話した。
クロフォードのような控え選手がいたから良かったが、個人的にはイチローがパーカーのような存在。そしてプホルスが球宴で10度もフル出場したミュージアルのような立場。もし、8回2死二、三塁でプホルスが打席に立っていたら、ハワード以上の熱狂となったはず。ワールドシリーズの1、2戦の開催権をかけたオールスター戦で、勝利を口にする両監督だが、勝つためにスター選手をフルイニング出場させる監督が出てこないものだろうか。それとも、私の考えがあまりにも古くさいのだろうか。




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