ブログ報知

スポーツ報知ブログ一覧

王貞治

« ドーソン、アロマー&落合、東尾が殿堂入りするか(第513回) | メイン | 日米決戦の可能性(第514回) »

2010年1月 7日 (木)

R・ジョンソン、01年WSでナインに勇気与えた連投

 160キロを超える速球に、ホームプレートの端から端まで滑り曲がるハードスライダー。208センチの長身ながら、スリークオーターから投げ込むジョンソンの剛球は、90年代から00年代にかけての米大リーグ最大のショーの一つだった。

 完全試合、ノーヒットノーラン、1試合20奪三振。数々の記録に彩られた大型左腕を“伝説”にしたのは、2つの快投だった。マリナーズ時代の95年ヤンキースとの地区シリーズ第5戦、そしてDバックス移籍後の01年ワールドシリーズ第7戦である。

 前者は第3戦で7回を2失点勝利した後、中1日で同点の9回無死一、二塁から3イニングを1失点で切り抜け、マ軍史上初の地区シリーズ突破につなげた。後者は第6戦で7回2失点と好投し、勝利投手で3勝3敗のタイとすると、1点リードを許した8回2死一塁で連投。打者4人を完ぺきに抑え、ダ軍初の世界一に導いた。

 ともにシリーズ最終戦、地元ファンの大歓声の中、ブルペンからマウンドに向かう姿は、神々しさに満ちていた。彼の登板がナインに勇気を与え、ともに逆転サヨナラ勝ち。特に後者は、00年代の米大リーグのベストゲームに選ばれている。

 長身は198センチを超えていた警察官の父親のバドさん譲り。92年に父親が亡くなり、時期を同じくして通算奪三振王のN・ライアンから右足の踏み出す位置を指摘された。93年以降は不安のあったコントロールに安定感が出て、一気に大投手の道を歩み始めた。

 異名は“ビッグユニット(大きな物体)”。並み居るスラッガーが、当時は禁止されていなかった薬物を使用していた90年後半から00年代序盤に、自らの体を最大限生かして対決した。

 大リーグ機構が1999年末、20世紀を代表する「センチュリーチーム」を、ファンの投票、有識者の意見などを交えて発表した。当時の現役選手は、M・マグワイア、K・グリフィー、C・リプケン、R・クレメンスの4選手だけだった。あれから10年たって、そのメンバーに加わるとすれば、このジョンソンしかいないだろう。

トラックバック

このページのトラックバックURL:
http://www.typepad.jp/t/trackback/235990/22844701

このページへのトラックバック一覧 R・ジョンソン、01年WSでナインに勇気与えた連投:

コメント

コメントを投稿

コメントは記事の投稿者が承認するまで表示されません。

長嶋茂雄

サイト内検索

蛭間 豊章

ヒルマニアロゴ

最近のトラックバック

見出し、記事、写真の無断転載を禁じます。Copyright © The Hochi Shimbun.