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2010年2月 1日 (月)

ナックル姫とトラック姉ちゃん(第519回)

 吉田えり投手が、米国アリゾナ州で始まったウインターリーグ開幕戦、チームカナダ相手に先発したものの2回を3安打1四球4死球の大乱調で5点を失ってKOされた。「(滑り止めのロージンバッグを)使いすぎたらしく、1回の途中から(指が)ベタベタして、いつものように(ボールが)抜けなかった」と吉田投手は自慢のナックルボールが決まらなかったようだ。

彼女は、一昨年に独立リーグと契約した時点で、ナックル操る女子選手としてAP通信が打電した事で、米野球ファンからも注目を集めた。この日のナイターには、当地に留学している日本人も含めて異例の2345人の観衆が集まったが、期待を裏切る結果となった。同リーグは選手側がお金を払って参加するシステムだという。米プロ野球のスカウトへの自分の実力をアピールする場だとしているだけに、米国内の独立リーグからのオファーを待つ。吉田投手は、4月開幕の日本の新独立リーグ(ジャパン・フューチャーズベースボールリーグ)の三重に入団する道もある。日米どちらを選択するにしても“ナックル姫フィーバー”は今季も続きそうだ。

米国で、男性に混じってプロ野球でプレーしたのは、1990年代後半のアイラ・ボーダーズ投手。カリフォルニア州立大から独立リーグの人気チーム、セントポール・セインツに入団。最速120台の速球に、左腕からのスクリューボールが武器で通算2勝4敗の記録を残した。長い髪を後ろにまとめて、ポール・ロスワイラーの「赤毛のサウスポー」(集英社刊)のレッド・ウォーカーか、水島新司「野球狂の詩」(講談社刊)水原勇気を彷彿とさせた左腕だった。ボーダーズは、その後も男性選手が主体のスポーツに挑戦する女性選手の草分けとして紹介されている。

米国の女子プロ野球に初めて身を投じた日本人女子選手には1995年の鈴木慶子内野手がいる。そんな、彼女が入団テストで不合格となったのが1993年、ビール会社「クアーズ」がスポンサーとなって結成された女子プロ野球チームのコロラド・シルバーブレッツ。日本からは鈴木選手とともに納富由紀子内野手、有村朋子内野手の計3人がテストを受けた。有村内野手がキャンプメンバーに選ばれた際に、ベロビーチから車で6時間もかけフォートマイヤーズまで取材に出かけたことがある。有村さんは大型トレーラーの運転手をしていたこともあって“トラック姉ちゃん”の相性もあったパワフルな打撃が身上だったが、背番号51をつけた彼女の打撃は私が見た感じではミートの上手さが目についた。最終的には、張り切りすぎて右肩を痛めたのが致命傷となって、20人の枠に入れずに鈴木選手に“初”の称号を許すことになった。シルバーブレッツは全米を転戦してアマプロ問わずに対戦、1997年には23勝22敗と勝ち越したものの、当初の真新しさが薄れて1998年4月に解散したが、野球ファンの記憶に残るチームだった。

今年は関西で「日本女子プロ野球機構」が発足。京都と兵庫の2チームでリーグ戦がスタートする。1950、51年の2年間だけ運営された日本女子野球連盟以来の女子プロリーグ。全員プロではないが、再び人気の出てきた日本女子サッカーリーグ(愛称・なでしこリーグ)のような組織になるのか興味が沸く。今年の野球界は、女子がキーワードになって人気拡大につながると思いたい。

【追伸】1995年春の大リーグは、前年8月からの選手会ストライキもあって紛糾。ストが解決していなかったオープン戦前半は、選手会に所属していないOBなどを招集して行い、彼ら“代替選手”起用での公式戦開幕も考慮していた(開幕を遅らせてスタート)。各球団は、今季と同じようにフリーエージェント選手に対して消極的だったため、練習したくても出来ないFA選手が続出。選手会では、フロリダ州ホームステッドに未契約選手救済の意味も込めて、彼らだけのキャンプを開いた。今後の成り行き次第では、15年ぶりの未契約FA組のためのキャンプ開催の可能性もありそうだ。

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