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2011年3月

2011年3月28日 (月)

田沢純一投手の完全復活を期待する(第607回)

 米大リーグが3月31日(日本時間4月1日)に開幕する。ア、ナ2大リーグとなった1901年以降、今年の日本プロ野球のように開幕がずれこんだのは2度ある。最初が1972年。経営者側との労使紛争で選手会が12日間のストライキを敢行。予定より1週間遅れでその間の予定されたカードは抹消された。ア・リーグ東地区では86勝70敗のタイガースが、85勝70敗のレッドソックス(当時は東西2地区制)を0・5ゲーム差で振りきった。試合数が違って、レッドソックスファンの不満もあったろうが、滞りなくペナントレースを終了。もちろん、選手は最初の1週間分の年俸カットを飲んだ。

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2011年3月27日 (日)

義援金と一緒に各校に野球道具を(第606回)

 プロ野球両リーグの開幕が正式に4月12日に延期される決定した。そのため、日程もずれ込んで日本シリーズ第1戦も史上2番目に遅い11月12日となった。夏場の電力不足も叫ばれており、計画停電がどこまで続くのかも不透明。プロ野球界も他の一般企業同様に大変な1年になるのは間違いない。

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2011年3月24日 (木)

野球界の常識は、世間の非常識なのか(第605回)

 センバツ高校野球が23日から始まった。若者達が白球を追う姿は見ていて気持ちがよい。甲子園の舞台でプレーする彼らには、野球ができる喜びを感じて精 一杯躍動して欲しい。被災者の心情をおもんばかるのは当然だが、プレーできる環境なのに自粛ありきの風潮はどうかと思う。もちろん、開幕日程を二転三転さ せているセ・リーグを擁護するつもりはない。読売ジャイアンツ、東京ヤクルトスワローズの地方ゲームでの本拠地試合消化は避けられないだろう。

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2011年3月19日 (土)

プロの仕事とは(第604回)

 前回のブログには古田敦也氏のブログと正反対に、9―1の割合で批判コメントをいただいた。報知の社員だからとのコメントも少なくなかったが、私は自分の意見を掲載しただけである。会社からの指示ではない。また、古田氏ブログのコメントに対しての思いを非難された方も少なくなかったが、私にとってほとんどのコメントが想定内だった中で一つだけ異彩を放っていた。こういう人もいるとは夢にも思わなかったので、引用したのだ。

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2011年3月18日 (金)

どうして足並み揃えられぬか(第603回)

 前回、書いたように加藤良三コミッショナーは何も出来なかった。何もアクションを起こさなかった。声明文もあの程度なら具体的な事はともかく、震災直後にいち早く発信することが出来たはずだ。今、プロ野球は日本人にとってどんな存在なのかという事が問われている。足並み揃えてこそファンにメッセージを発信できるのではないだろうか。

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2011年3月13日 (日)

東日本大震災、NPBの迅速な対応願う(第602回)

 11日に起こった東日本大震災は、大津波に原発事故という2次、3次災害まで加わって、未曾有の大惨事となった。被害に遭われた方、関係者や近親者が遭われた方には、お見舞い申し上げます。米大リーグの反応は素早かった。セリグ・コミッショナーの声明や、ヤンキースの10万ドルの支援。アスレチックスやパドレスの義援金に向けた日程発表。オープン戦でもツインズ・レッドソックス戦では試合前に黙祷を捧げた。サッカー界でも長友佑都所属のイタリアセリエA・インテルが喪章を着けてプレーした。

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2011年3月 7日 (月)

新しい息吹を感じさせた箕島・尾藤野球(第601回)

 尾藤公・元箕島高野球部監督が亡くなった。68歳の若さだった。アマチュア野球担当の経験はないが、スピードガンを肩に全国を飛び回っていた1979年は、春夏の甲子園大会を取材。ちょうど箕島高が春夏連覇を飾った年で、あの劇的な星陵高との延長18回試合も目に焼き付いている。試合後は、両軍選手のコメント取りにネット裏通路をかけずり回った事が、訃報を聞いて最初に思い出した事だ。その時の報知新聞アマチュアキャップが、今回「悼む」を寄稿していただいたOBの中山伯男さん。尾藤さんの監督として野球人としてのエピソードがふんだんに盛り込まれていました。

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2011年3月 3日 (木)

日米の名中堅手が逝ってしまった(第600回)

 3連休の間に1950年代を彩った日米の名中堅手が相次いで亡くなった。2月27日、ドジャース黄金時代の主砲だったデューク・スナイダーさんが84歳で死去。旅先のスポーツ紙で知った矢先、帰宅すると運動一部から携帯メールで与那嶺要さんが85歳で亡くなったと連絡が入った。

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蛭間 豊章

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