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王貞治

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2012年2月

2012年2月25日 (土)

ブラウン、そして青木にも試練の年(特別編)

 禁止薬物使用の疑いで50試合の出場停止が濃厚だったブルワーズのライアン・ブラウン外野手(28)の異議申し立てが認められ、処分は科されなくなった。このため、ブラウンの出場停止を見越して補強したといわれる青木宣親外野手(30)の、出場機会が大幅に減る可能性が出てきた。また、アスレチックスからFAの松井秀喜外野手(37)の移籍も消滅した。

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2012年2月23日 (木)

再び私の永久欠番考(665回)

 球団名をフロリダ・マーリンズからマイアミ・マーリンズに変更。本拠地球場も従来のアメリカン・フットボール競技場の間借りから、フロリダ州で多いスコール対策も考え、開閉式屋根付き球場マーリンズ・パークが完成。ホゼ・レイエス遊撃手、マーク・バーリー投手の大物FAも獲得し、創立20年目で、従来の貧乏球団からの脱却を狙っている。そんなチームが全米のオールド・ベースボール・ファンから批判を浴びている。

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2012年2月18日 (土)

名捕手カーターの死にカナダが泣いた

 エクスポズ(現ナショナルズ)やメッツなどで活躍した名捕手のゲーリー・カーター氏が16日、フロリダ州の病院で脳腫瘍のため57歳で死去した。19年間の米大リーグ生活で通算2296試合に出場し打率2割6分2厘、324本塁打、1225打点。オールスター戦11回出場。ゴールドグラブ3度、シルバースラッガー5度受賞。03年には野球殿堂入りも果たした。背番号「8」はナショナルズでも永久欠番。

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2012年2月16日 (木)

キューバ外野手の今後を占うセスペデス(664回)

 キューバ代表で、昨年亡命したヨエニス・セスペデス外野手が、アスレチックスと4年総額3600万ドルで合意した。マーリンズが大本命と思われた中、獲得候補に名前がほとんど出てこなかったアスレチックス。先発投手陣の柱ジオ・ゴンザレス、トレバー・ケイヒルらを放出して緊縮財政にまっしぐらと思われたチームだけに面白い。早速、FAで残留の決まったC・C・クリスプ外野手は「オレはどこでも守る」と今オフの目玉選手の獲得に手放しで喜びを表し、センターを明け渡してもいいとまで言うほどだ。

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2012年2月13日 (月)

オフィシャル・ベースボール・ガイド50周年(663回)

Logo  1963年、当時の内村祐之コミッショナーが、メジャーリーグで毎年出版されていたスポーティング・ニューズ発行のオフィシャル・ベースボール・ガイドを参考にしてスタートした、日本プロ野球公式記録集「オフィシャル・ベースボール・ガイド」が今年も発売された。ちょうど50周年となるが、最初の発売元がベースボール・マガジン社。1968年からは共同通信社からの発行となり、現在に至っている。第1巻は球団旗の表紙(我々が小学生の時は、この球団旗のおまけがついた駄菓子があった)。我々世代は懐かしいが、今のファンは何これ?となりそうだ。

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2012年2月 8日 (水)

スーパーボウルはやはりスーパ-だった(662回)

 昔、アメリカンフットボール雑誌にこんな記事があった。"大リーグのワールドシリーズは作為的な試合をやっているんじゃないか"。これはスーパーボウルでのスコアが、1タッチダウン差(トライフォーポイント含め7点)以内のいわゆる接戦が、第1回の1966年から最初の22年間でわずか5試合。一方、その22年間にワールドシリーズが第7戦まで持ち込まれたのは半分の11度もあったからだ。

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2012年2月 3日 (金)

1995年9月13日北海道版コラム再録(特別版)

 河出書房新社から、直木賞作家の故・山口瞳さんが報知新聞や各雑誌に書きつづったプロ野球関係のコラムをまとめた「昭和プロ野球徹底観戦記」が発売された。そこで、山口さんが亡くなられた1995年、9月13日付けの北海道版“T・ヒルマ記者の週間おもしろコラム”を再録させていただく。

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2012年2月 1日 (水)

中堅、若手野手の奮起待たれるセ・リーグ(第661回)

Photo  プロ野球12球団が1日、キャンプイン。一軍キャンプ各地はすべて好天に恵まれ、2012年のシーズンへの期待に胸膨らむスタートとなった。入社40年目。記録記者が長くプロ野球担当記者の経験のない私にとって、2月1日に出張に出ていたのはスピードガン担当だった1979年、マリナーズ入りしたイチロー外野手の自主トレ取材にシアトル&ピオリアを往復した2001年の2度だけ。また、野茂英雄投手のドジャース入りしたばかりの1995年3月末から約1カ月にフロリダ州ベロビーチ・キャンプも経験した。当時は右往左往の日々だったが、今ではキャンプといえば楽しい思い出でしかない。

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