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2015年1月

2015年1月30日 (金)

イチローは“不惑の野球少年”(第798回)

Photo マーリンズ入りが決まったイチロー外野手(41)の入団会見が29日、都内のホテルで行われた。米国でも野球殿堂入りの確実視されている大物に敬意を表して、メジャー間の移籍では異例となる日本での会見に19台のカメラ、200人近い関係者が殺到した。マーリンズからは契約に関わった球団社長、GMら3人のフロント、イチローの代理人ジョン・ボッグス氏もイチローとともに出席した。一問一答は本紙をご覧ください。

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2015年1月28日 (水)

キンブレル、リベラ超え狙える「ただ一人の男」

 4年連続ナ・リーグのセーブ王。26歳の右腕キンブレルはメジャーを代表するクローザーだ。

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2015年1月25日 (日)

ベンチのイチローは見たくない

メジャーはシビアな世界だ。同じような実力なら、未来のある若手を使うのが当然である。

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2015年1月24日 (土)

意外だった原辰徳監督の野球殿堂落選(第797回)

Photo_2 今年の野球殿堂入り、元プロ野球選手では古田敦也だけが選ばれた。昨日のテレビ報道や、本日の各紙に掲載されているように捕手という重責を担いながら2000安打を達成。盗塁阻止率5年連続を含め10度のリーグ最高をマーク。米大リーグを見渡すと強肩好打の捕手イバン・ロドリゲスのような存在だった。個人的に印象に残っているのは軽いフットワークでバックネット方向に飛んだバントの小フライにダイブ。エビぞりのような姿勢でボールを掴んだプレー。また1991年のオールスター第1戦。パ・リーグの松永浩美、白井一幸、秋山幸二の俊足3選手の盗塁をことごとく強肩で刺した試合。1990年代のプロ野球を盛り上げた選手だった。

 昨年のプレーヤー表彰、野茂英雄は資格取得初年度に当選したが、秋山幸二は2012年が133票、一昨年が235票と伸ばし昨年は257票。佐々木主浩も132→230で昨年は255票として殿堂入りを果たした。

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2015年1月23日 (金)

野球殿堂、古田氏入るも原氏落選(殿堂速報版)

 野球殿堂博物館が23日、今年の殿堂入りを発表した。プレーヤー表彰は古田敦也氏が255票を得てただ一人入った。原辰徳氏は243票で6票足りず、斎藤雅樹氏は246票で3票足りずに逃した。4位は立浪和義氏の117票。 エキスパート表彰は規定の81票に届かず、2年連続該当者0。最多得票は故榎本喜八氏の66票、平松政次氏63票、権藤博氏57票。

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2015年1月16日 (金)

苦悩する、後厄1973年生まれの大打者たち(第796回)

Photo_2 1月11日に恒例の鎌倉・鶴岡八幡宮に初詣。数え62歳になる私の後厄のご祈祷をしてもらった。厄年で気になったのが今年、私と同じ後厄の1973年生まれのスラッガーカルテットだ。私が報知新聞社に入社した1973年、プロ野球では王貞治が初の三冠王を獲得し読売ジャイアンツが日本シリーズ9連覇を果たした年として記憶されている。7月24日に中村紀洋(日米2106安打、404本塁打)、10月22日にイチロー(日米4122安打、230本塁打)、3日後に小笠原道大(2105安打、378本塁打)。そして12月26日に松中信彦(1766安打、352本塁打)。わずか半年間の間に、球史に残るスラッガー4選手(2月の早生まれに谷佳知もいる)が産まれているのだ。

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2015年1月10日 (土)

「高橋球団3年間の歩み」は超一級の球史探訪本(第795回)

Photo

 1954年からわずか3年間でプロ野球界から姿を消した高橋ユニオンズ(55年はトンボ・ユニオンズ)の個人オーナーだった高橋龍太郎氏を祖父に持つ秋山哲夫さん(73)が“「高橋球団(ユニホンズ)」3年間の歩み”を自費出版。このほど2冊組600ページにも及ぶ本が完成した。

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2015年1月 8日 (木)

イチローの「51」欠番か!?

 米国野球殿堂が6日、2015年の殿堂入り選手を発表した。マリナーズ、Dバックスなどで通算303勝を挙げたランディー・ジョンソン氏(51)、Rソックスなどで219勝のペドロ・マルチネス氏(43)、ブレーブスなどで213勝154セーブをマークしたジョン・スモルツ氏(47)、アストロズ一筋で3060安打のクレイグ・ビジオ氏(49)の4人が選ばれた。

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2015年1月 5日 (月)

【ご隠居トーク編】昔は正月でも野球見られた

 八つぁん(以後・八)「ご隠居。あけましておめでとうございます」

 ご隠居(以後・隠)「あー、八つぁんかい。今年もよろしくね」

 八「野球命のご隠居にとって、このオフはつまんなかったでしょう。巨人も日本シリーズに出られなかったし、『午前中の日課』と言っていたメジャーのテレビ観戦も尻すぼみ…」

 隠「そうなんだよ。今じゃ正月と言えば駅伝だけど昔、私が大阪に住んでいた頃はね、関西に住んでいる職業野球選手が集まって、正月も野球をやっていたんだ。B29の空襲が相次いだあの昭和20年にも、元日から5日まで甲子園、西宮でやったのさ。子供ながら寒いのと、『このご時世なのに』と思ったけど。うれしかったね」

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蛭間 豊章

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