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2017年5月

2017年5月17日 (水)

野球殿堂記者投票への考察=第64回(最終回)私が殿堂入りを望む人々パート2 名審判の岡田功。そしてメディア関係者部門の創設を

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 今回も野球殿堂入りしていない偉大な方々を私なりに選んでみた。1959年第1回野球殿堂入りの候補者でその後も殿堂入り出来なかったのは、1896年に横浜外国人チームを破った一高の名一塁手・宮口竹雄と明大時代にシーズン2度のノーヒットノーラン、1950年初の日本シリーズで毎日オリオンズを優勝に導いた湯浅禎夫の2人だけだ。

 宮口に関して私は何とも言えないが、湯浅は推したい。オリオンズを指揮していた1952年の平和台事件、遅延行為でノーゲームを策したとされて辞任に追い込まれた。これがなければすんなり殿堂入りしているはずと言われているがアマ時代の剛腕ぶりと初制覇は称賛に値する。背広組では赤嶺昌志を入れたい。戦前は名古屋金鯱軍、戦後は中日ドラゴンズ代表として選手の引き抜きなどダイナミックな移籍劇で“赤嶺旋風"を巻き起こし、2リーグ分裂後は野球協約の起草委員として球界に貢献。その後は野球体育博物館設立に尽力された方だ。

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2017年5月14日 (日)

自責点は難しいが、興味深い記録である(第845回)

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 米時間5月2日、メジャーの小さなニュースに「ダルビッシュの4月29日のエンゼルス戦、自責点を2から1に変更する」があった。4回にカルフーンが左前安打、続くトラウトが三塁線に二塁打を放ちカルフーンが生還。遊撃手のカットプレーが悪送球になって三塁進塁。続くプホルスの左犠飛でトラウトが生還した。エラーがなければ左翼フライで生還もないので最初は自責点1と発表された。しかし、メジャーの自責点の考えは1イニング終わった段階まで待つ。そのため、2アウト後にシモンズの左前安打が出たことで、失策が無くても走者が生還できると考えられたために自責点2となった。(この規則は、日本ではプレーごとに自責点を出すために1点となる)。

 5月10日の読売ジャイアンツ・阪神タイガースの試合ではこんな事があった。1回ジャイアンツの攻撃、先頭の石川が四球で出塁、続く中井の二塁よりのゴロを遊撃・北條がファンブル(失策)、坂本勇が三塁フライで1アウト。打者阿部の時に二塁走者の石川が、投球をはじいたのを見て三塁を狙うも捕手からの送球で2アウト。2死二塁から阿部が右翼席に2ランホーマーを放った。

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蛭間 豊章

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