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2017年6月 6日 (火)

後ろ向きでホームインした選手が死去(第846回)

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 日本プロ野球では元西武ラインオンズの秋山幸二がバック転をしてホームインしたことで知られるが、メジャーでは記念の100号アーチを打った際に、ダイヤモンドを後ろ向きで一周した選手がいた。
 レッドソックスなどメジャー5球団で計17年間プレーしたジム・ピアーソル。メッツ時代の1963年6月23日フィリーズ戦、完璧な当たりで気をよくしたピアーソルは後ろ向きで駆け抜けた。この奇行に怒ったケーシー・ステンゲル監督は、球団を通じて2日後に解雇した。
 そんなピアーソルが3日(日本時間4日)、87歳で死去したことが明らかになった。米各メディアが伝えた。
 

主に外野手として1734試合に出場、打率2割7分2厘、104本塁打、591打点、115盗塁をマーク。1954年と56年にオールスター戦に出場。1955年、56年には2年連続400刺殺を超えるフライ、ライナーを処理する広い守備範囲を誇り、1958年、61年にはゴールドグラブ賞にも輝いた名手だった。
 彼を有名にしたのはもう一つ。マイナーリーガーだった父親の過度の期待から来る強迫観念で一時は入院するまで追い込まれる中、自らそれに立ち向かいメジャーのレギュラーになる姿を描いた自叙伝が注目された。その自叙伝をベースに1957年、パラマウント映画が当時の若手スターだったアンソニー・パーキンスを主演として起用、「栄光の旅路(邦題)」として制作されるなど、当時のメジャーでは人気のある選手だった。
 映画でも描かれたように、監督やチームメートや相手チームとの衝突、そして審判の判定にも抗議するなどかっとしやすい大リーガーとしての一面もあった。1967年に現役引退。レンジャーズ、ホワイトソックスなどの専属解説者やカブスの外野手インストラクターなども務めた。2010年にはレッドソックスの球団殿堂入りを果たした。

【注】5日、報知のホームページに掲載した記事に加筆しました。写真は1964年版のメジャー選手名鑑(スポーティングニューズ発行のBASEBALL REGISTER)より

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蛭間 豊章

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