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2017年7月16日 (日)

17回出場の金田、9人連続三振の江夏…ヒルマニアが選ぶオールスターの中のオールスターチーム(投手編)

1971 第67回を迎えたオールスター戦は昨年まで169試合が行われ、多くのスタープレーヤーが、幾多の名場面を披露してくれた。一度でも出場したのは1088人を数えるが、打者が《10度選出か30試合出場か75打席》、投手は《10度選出か10試合登板か投球回20》。の規準の中で、球宴成績をチェックしたヒルマニアが“オールスターの中のオールスターチーム”を選定した。投手と打者2回に分けてお送りする。初回は投手編。

 投手は5人を選んだ。ただ、残念なことに近年は若くして好成績を残した選手が次々にメジャー挑戦するために、前記の規準をクリア(計28人)するのが難しくなっている。3イニング限定ということもあるが、現役選手では藤川球児(阪神)ただ一人なのは寂しい。

 それでも過去の大投手の成績をひもとくのは楽しい。最初に挙げるのは通算400勝の金田正一(国鉄―巨人)だ。登板(28)、投球回(64回2/3)、奪三振(84)は、他の投手に大差をつけてトップ。それでいながら、防御率も2・35を残した。第1回の51年に17歳と11か月の若さで登場すると3イニングを打者9人で片づけた。パ・リーグの主軸・山本一人(後の鶴岡で当時は南海の監督兼内野手)は「あのぼんぼん(金田)にやられたわ。球は速いしコントロールはないし、今後の心掛け次第でいいピッチャーになる」と素質に注目。その後は球宴の顔として17回出場し3度のMVPに輝いたが、投手ではもちろん最多だった。

 71年第1戦の9人全員奪三振というメジャーのオールスター戦でもできなかった江夏豊(阪神―南海―広島―日本ハム)のインパクトも金田をしのぐ。その試合では本塁打も放っているのだからびっくりだ。9連続の前後を合わせると、15打者連続Kに19イニング連続無失点の記録も持つ。80年第3戦では1点リードの9回無死満塁で登板し、3者連続三振という史上唯一の完璧リリーフも忘れられない。

 右投手では通算7勝0敗の山田久志(阪急)が群を抜く。計11失点と打たれていないわけではないが、その失点はすべて試合が決まったリリーフ登板でのもので、6度の先発に限ると14イニング無失点、被安打7本という抜群の安定感を見せ、セ・リーグの打者を翻弄した。

 数字から3投手はすぐピックアップできたが、残りの2人は難しかった。勝敗にこだわらずに内容の点を見ると江川卓、堀内恒夫の巨人勢を推したい。江川は出場8年間だったが22イニングを投げ30K。奪三振率(9イニング換算の奪三振数)12・27は、江夏の12・40に次ぐ(金田は11・69)。惜しくも9人目の打者が二塁ゴロになって9人全員Kを逃した84年第3戦が知られているが、80年球宴初登板でも3イニングで7個奪っている。15イニング連続無失点で球宴を終えているが、結局1個も四死球を出さないただ一人の投手でもあった。

 堀内は28人中ベストの防御率1・44で1位となったのを評価した。出場した9年間で8度は巨人・川上哲治監督が指揮したこともあって、他球団に遠慮してか14試合の登板で先発は69年第3戦と74年第1戦の2度しかなかった。白星もなく75年第2戦のセーブがあるくらいだが、オールスター戦でも通算17盗塁するなど当時全盛だった同学年の福本豊を4度すべて、田淵幸一とのバッテリーで刺している。中でも72年第3戦での本盗を捕―二―捕の転送球で寸前アウト。これぞオールスターのプレーも、堀内のクイックモーションあればこそだった。(スポーツ報知ベースボールアナリスト)

【写真】71年第1戦で9者全員三振に本塁打も放った江夏豊

7月15日スポーツ報知掲載。

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蛭間 豊章

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