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プロ野球

2017年11月13日 (月)

高橋ユニオンズOB会よ永遠に(第851回)

Photo 11月8日、都内で高橋ユニオンズOB会が開催されました。毎年、この時期に原稿を書いているので馴染みの読者はご存じだと思うが、ユニオンズは言わずとしれた1954年から3年間だけ、パ・リーグに在籍した球団(55年の名称はトンボ・ユニオンズ)である。OB会は1980年にスタート。消滅した球団のOB会が選手の自主運営によって中断もありながら、2013年から幹事はフジテレビ系の人気番組「プロ野球ニュース」のキャスターを長年務めた佐々木信也さん。そうです、今年は源田(西武)の新人最多安打で何度もスポーツ紙に登場した佐々木さん(1956年に新人記録の180安打)です。そして、3年前に大作「高橋球団(ユニオンズ)」3年間のあゆみを自費出版された秋山哲夫さんを中心に続けられていた。

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2017年10月10日 (火)

大谷君にナ・リーグのススメ

 日本ハム・大谷の大争奪戦がスタートする。今季、メジャー30球団中28球団までが視察に訪れた。獲得に熱心だったレンジャーズは、ダニエルズGMがポスティング入札を一番乗りで明言するなど、準備万端だ。チーム力や環境などを踏まえ、大谷が最も力を発揮できそうな球団はどこだろうか。

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2017年9月30日 (土)

報知のスクープで「1万1号」が1万号に

20100525235723650507_s_19760117f0eh 「ヒルマニア」は、スポーツ報知で野球を担当し続けて45年の蛭間豊章記者が、マニアックなメジャーネタをお送りします。

 日本のプロ野球第1号は1936年5月4日、タイガースの藤井勇が打った。当時両翼が約110メートルあった甲子園(7月から両翼91メートルに)で行われたセネタース戦、5回のランニング本塁打だった。その様子を読売新聞の小島六郎記者は「中堅手(大貫賢)の手許を抜いて遠く転々とするホームランとなった」と、記念すべき1号ながら淡々と書いただけだった。

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2017年7月16日 (日)

一塁は世界の王ではなく、お祭り男の清原で決まり…ヒルマニアが選ぶオールスターの中のオールスターチーム(野手編)

1990 過去のオールスターからベストナインを選出するヒルマニアの後編。打者はポジション別に人選してみた。《10回選出か30試合か75打席》という基準をクリアしたのは、投手に比べると多く、42人いた。

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17回出場の金田、9人連続三振の江夏…ヒルマニアが選ぶオールスターの中のオールスターチーム(投手編)

1971 第67回を迎えたオールスター戦は昨年まで169試合が行われ、多くのスタープレーヤーが、幾多の名場面を披露してくれた。一度でも出場したのは1088人を数えるが、打者が《10度選出か30試合出場か75打席》、投手は《10度選出か10試合登板か投球回20》。の規準の中で、球宴成績をチェックしたヒルマニアが“オールスターの中のオールスターチーム”を選定した。投手と打者2回に分けてお送りする。初回は投手編。

 投手は5人を選んだ。ただ、残念なことに近年は若くして好成績を残した選手が次々にメジャー挑戦するために、前記の規準をクリア(計28人)するのが難しくなっている。3イニング限定ということもあるが、現役選手では藤川球児(阪神)ただ一人なのは寂しい。

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2017年7月 6日 (木)

(第847回)上田利治監督の采配の原点はメジャーリーグ

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 1975年から77年にかけて阪急ブレーブス(現オリックス・バファローズ)を監督として日本シリーズ3連覇に導いた上田利治さんが、7月1日に亡くなった。新聞各紙は関西大出身の秀才で選手での実績の少なかったものの大監督となった経緯と指導方法。そして、1978年の日本シリーズ第7戦で放ったヤクルトスワローズ、大杉勝男選手の左翼ポール際へのホームラン判定への1時間19分の抗議についても大きく紙面を割いていた。

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2017年6月 9日 (金)

則本よ、ペドロの先発10戦連続を目指せ!

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 ◆日本生命セ・パ交流戦 楽天8―2DeNA(8日・コボパーク宮城)

 楽天の則本昂大投手(26)が8日、DeNA戦で12奪三振を奪い、自らの連続2ケタ奪三振の記録を8試合に伸ばした。

 日本では大注目のこの記録。実はメジャーでは注目されていなかった。1999年のペドロ・マルティネスは4月15日から5月18日まで7試合連続2ケタをマーク、そして8月から9月にかけ8試合連続2ケタと更新したが、地元紙ボストン・グローブ紙のゴードン・エディス記者による本記には、23勝目こそ大きく報じられていたものの、連続試合2ケタ奪三振の記録に対する記述はない。

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2017年5月17日 (水)

野球殿堂記者投票への考察=第64回(最終回)私が殿堂入りを望む人々パート2 名審判の岡田功。そしてメディア関係者部門の創設を

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 今回も野球殿堂入りしていない偉大な方々を私なりに選んでみた。1959年第1回野球殿堂入りの候補者でその後も殿堂入り出来なかったのは、1896年に横浜外国人チームを破った一高の名一塁手・宮口竹雄と明大時代にシーズン2度のノーヒットノーラン、1950年初の日本シリーズで毎日オリオンズを優勝に導いた湯浅禎夫の2人だけだ。

 宮口に関して私は何とも言えないが、湯浅は推したい。オリオンズを指揮していた1952年の平和台事件、遅延行為でノーゲームを策したとされて辞任に追い込まれた。これがなければすんなり殿堂入りしているはずと言われているがアマ時代の剛腕ぶりと初制覇は称賛に値する。背広組では赤嶺昌志を入れたい。戦前は名古屋金鯱軍、戦後は中日ドラゴンズ代表として選手の引き抜きなどダイナミックな移籍劇で“赤嶺旋風"を巻き起こし、2リーグ分裂後は野球協約の起草委員として球界に貢献。その後は野球体育博物館設立に尽力された方だ。

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2017年5月14日 (日)

自責点は難しいが、興味深い記録である(第845回)

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 米時間5月2日、メジャーの小さなニュースに「ダルビッシュの4月29日のエンゼルス戦、自責点を2から1に変更する」があった。4回にカルフーンが左前安打、続くトラウトが三塁線に二塁打を放ちカルフーンが生還。遊撃手のカットプレーが悪送球になって三塁進塁。続くプホルスの左犠飛でトラウトが生還した。エラーがなければ左翼フライで生還もないので最初は自責点1と発表された。しかし、メジャーの自責点の考えは1イニング終わった段階まで待つ。そのため、2アウト後にシモンズの左前安打が出たことで、失策が無くても走者が生還できると考えられたために自責点2となった。(この規則は、日本ではプレーごとに自責点を出すために1点となる)。

 5月10日の読売ジャイアンツ・阪神タイガースの試合ではこんな事があった。1回ジャイアンツの攻撃、先頭の石川が四球で出塁、続く中井の二塁よりのゴロを遊撃・北條がファンブル(失策)、坂本勇が三塁フライで1アウト。打者阿部の時に二塁走者の石川が、投球をはじいたのを見て三塁を狙うも捕手からの送球で2アウト。2死二塁から阿部が右翼席に2ランホーマーを放った。

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2017年4月28日 (金)

野球殿堂記者投票への考察=第63回土井正博、谷沢健一らの殿堂入りを望む(プロ野球OB編)

 過去62回の連載で年度ごとの殿堂入り選手の話を書かせていただいたが、その中でこの人がなぜ入っていないのだろうかという思う事も少なくなかった。そこで最後に、私が殿堂入りして欲しいと思う方々を列挙させていただく。まずはプロ野球である程度の実績を残したOB編(資格未取得の現役引退後5年未満は除く)。

まずは通算成績(順位は昨年まで)から見て入るべきと思う選手

大島康徳

 2638試合(6位)2204安打(19位)382本塁打(30位)  得票数最多は2013年の85票と意外に評価が低かったが、通算2500試合出場した選手は文句なしに入るべきである。

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蛭間 豊章

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