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高校野球

2017年8月24日 (木)

ボンヤリ気候攻略で埼玉県勢初悲願

  花咲徳栄(埼玉)が16安打14得点で広陵(広島)を倒し、春夏通じて初の全国制覇を達成した。全試合9得点以上での優勝は、1921年の和歌山中以来96年ぶり2度目。06年の60発を大幅に更新する大会新記録68本塁打が飛び出した大会を、圧倒的な攻撃力で勝ち抜いた。埼玉・大宮高野球部OBで、長年、同県の高校野球に愛情を注いできた本紙・蛭間豊章記者(63)が、県勢初の全国制覇までの道のりをつづった。

 夏の県大会表彰式では県高野連会長が「今年こそ埼玉県初の深紅の優勝旗を持ち帰ってください」とあいさつするのが恒例だった。来年からはちょっと変わるのかと思うと感慨深い。

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2017年8月 9日 (水)

夏の甲子園、50年前にサヨナラホームスチールがあった(第849回)

19670815 7月12日付けの朝日新聞、月刊高校野球7月号は、2014年の第96回大会で大会タイ記録の8盗塁をマークした健大高崎の平山敦規にスポットを当て、それに最近のホームスチールの話も加えて面白い読み物だった。しかし、「甲子園を沸かせた盗塁の数々」と題した写真4点の中に大切な試合が入っていない。それは、春夏を通じて1度しかいないサヨナラホームスチールだ。

 今からちょうど50年前の1967年8月14日、大会4日目の第3試合、大宮(埼玉)と報徳学園(兵庫)の1回戦だった。大宮が2回、4番・吉田誠が左中間中段に飛び込む木製バット時代の甲子園史上最長アーチを放ち、1死後新井も2ランを左翼ポール際にたたき込み3点を先取。報徳も2回に大西、8回も米田がソロアーチ。この時点で当時の大会新記録となる1試合4本の本塁打が飛び交っていた。1点差で迎えた9回、春のセンバツで8強に入った優勝候補の一角の報徳は粘る。

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2016年9月18日 (日)

野球殿堂記者投票への考察=第39回(1996年度)鉄人・衣笠祥雄、悲運の名投手・藤田元司殿堂入り

Fujita

 前年1票足らずに落選した藤田元司が有資格3年目で199票獲得。当選に必要な174票を大きくクリアして殿堂入り。衣笠祥雄も4度目の挑戦で188票を獲得。1968年にユニホームを脱いで5年という規定となってからは49歳の衣笠は最年少選出(現役監督OKだった1965年川上哲治45歳、同年鶴岡一人49歳)だった。3位以下は3位近藤貞雄148票、4位大杉勝男139票、5位広瀬叔功104票、6位古葉竹識98票、7位松永怜一75票、8位梶本隆夫52票、9位関根潤三52票、10位根本陸夫50票。明治大・島岡吉郎、早稲田大・石井藤吉郎に次いでプロ未経験のアマチュア指導者として元法政大監督で、1984年ロサンゼルス五輪、公開競技ながら野球部門で米国を破って世界一に導いた日本代表監督の松永怜一がノミネートされた。

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2015年8月 5日 (水)

【高校野球100年】第7回 今後の100年に向け日本高野連竹中事務局長に聞く

 1999年のセンバツで沖縄尚学が沖縄勢初の全国優勝を飾ると、04年夏、駒大苫小牧が北海道勢初優勝し翌年も連覇。10年には興南が春夏連覇するなど、地域格差が無くなってきた。逆に戦前の強豪でもある東海、四国の地盤沈下も目につく。今年も各地方大会で熱のこもった試合が続き、ファンの熱狂度は昔と変わらないような感がある。

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2015年8月 4日 (火)

【高校野球100年】第6回 松坂がこじ開けた150キロ それでも剛腕エース夏の栄冠は少数

1 1998年は夏の選手権80回を記念し埼玉、千葉、神奈川、愛知、大阪、兵庫から2校ずつ参加し最多の55校が出場。センバツを制した横浜は、剛腕・松坂大輔が決勝の京都成章戦でノーヒッターをマークし史上5校目の春夏連覇(前年の神宮大会と国体を加え完全制覇)を果たした。この年の春、松坂は150キロ、夏には151キロ(沖縄水産・新垣渚も同大会で151キロ)と、甲子園大会で“大台”の扉をこじ開けた。

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2015年8月 3日 (月)

【高校野球100年】第5回 4番・清原と外野手としてベンチ入りした桑田

 1982年夏、アイドルだった荒木大輔ら早実投手陣から14点を挙げた池田。解禁から8年たった金属バットに慣れ、独自の筋トレと多くの打ち込みでパワー野球を展開し初優勝。翌年春は水野雄仁が自責点0の快投で史上4校目の夏春連覇を果たした。史上初の3季連続優勝がかかった83年夏。PL学園が、投手・桑田真澄、4番一塁・清原和博の1年生コンビが起爆剤となって準決勝で、池田の快進撃を止め、5年ぶりの優勝を果たす。

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2015年8月 2日 (日)

【高校野球100年】第4回 元祖アイドル太田幸司 汚れたままのユニホームで再試合

 高校球児は、昔から坊主頭でごついイメージ。それを一変させたのが母親が白系ロシア人の三沢高・太田幸司だった。「騒がれるようになったのは(69年の)3年夏。それも勝ち進むごとに、甲子園の出口でもみくちゃになり、決勝では皆と違う出口でした」と振り返る。松山商との決勝戦で初の延長18回引き分け再試合の末、敗れたことで悲劇のヒーローとしてより火がつき「ファンレターが毎日段ボール箱で届いた」と笑う。

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2015年8月 1日 (土)

【高校野球100年】第3回 エース八木沢赤痢で隔離も作新が史上初の春夏連覇

 40回記念大会で47校出場となった1958年夏は、延長戦規定が18回になった大会としても知られる。同年5月の四国大会で徳島商は高知商との準決勝で延長16回、高松商との決勝では延長25回を戦い敗れた。この試合を重く見た高野連は、18回までいって同点の場合は引き分けとして、再試合にすると規則を変えた。甲子園での適用第1号が徳島商、そして前記2試合とも完投した板東英二。魚津(富山)・村椿輝雄との投手戦は2年前からスタートしたナイトゲームに突入し、18回を終わって0―0の引き分け。板東は延長戦記録の25三振を奪った。再試合に3―1で勝ち、準決勝でも初出場の作新学院を下したが、柳井との決勝戦で力尽きた。

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2015年7月31日 (金)

【高校野球100年】第2回 戦後最初のヒーロー・福嶋一雄。12戦連続完封

 1946年、終戦から1年で夏の選手権が復活。甲子園球場は米軍が接収中で使用できずに西宮球場で開催となった。帽子の上から鉢巻きをしていた浪商が左腕・平古場昭二の4試合で62奪三振の力投で優勝した。その大会、小倉中の控え投手だった福島一雄は「練習どころでなく、西宮の闇市にパンを買い出しに行った」と述懐する。負けたチームが勝ち残ったチームに持ってきた米を置いていくというほどの食糧難の時代だった。

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2015年7月30日 (木)

【高校野球100年】第1回 昭和天皇初の野球観戦は和歌山中の紅白戦だった

 8月6日に開幕する全国高校野球選手権大会は、今年で100周年。これまでどんな歴史を刻んできたのでしょうか。スポーツ報知のコラム「ヒルマニア」でおなじみの蛭間豊章記者が、全7回の連載でひもときます。これさえ読めばあなたも高校野球通。第1回(1915~45年)では、大正から戦前の強豪校、和歌山中(現桐蔭)をクローズアップします。

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