1試合4発男に50ホーマーはなし
レンジャーズのジョシュ・ハミルトン外野手(30)が敵地のオリオールズ戦で、メジャー史上16人目となる1試合4本塁打を放った。第3打席でも二塁打を放ち、1試合5長打、18塁打、8打点、6打席連続長打と、記録ラッシュだった。
レンジャーズのジョシュ・ハミルトン外野手(30)が敵地のオリオールズ戦で、メジャー史上16人目となる1試合4本塁打を放った。第3打席でも二塁打を放ち、1試合5長打、18塁打、8打点、6打席連続長打と、記録ラッシュだった。
今年、米大リーグ入りした日本プロ野球出身者は6人いる。ところが、日本での在籍チームはエースや主軸選手がいなくなりながら、いずれも好調なのだ。ダルビッシュ有投手がいた北海道日本ハムファイターズは貯金5、和田毅投手、川崎宗則内野手が飛び立った福岡ソフトバンクホークスは貯金4、球団の最高のスターだった青木宣親外野手がいなくなった東京ヤクルトスワローズは貯金9でセ・リーグ首位。左腕エースのチェン放出の中日ドラゴンズも貯金8、岩隈久志投手が2年越しの渡米となった東北楽天ゴールデンイーグルスもパ・リーグ4位で踏ん張っている。いずれも放出を見据えたチ-ム作りでシーズンを迎えて、弱体化を食い止めた。
21日にシアトルのセーフコ・フィールドで行われたマリナーズ戦で、ホワイトソックスのフィリップ・ハンバー投手が完全試合を達成。ブログ673回で書いたノーヒッターどころではない快挙を目の当たりにした。9回2死から27人目の打者は、川崎宗則の代打ブレンダン・ライアン。フルカウントからの外角へ大きく外れるスライダーをハーフスイング。捕手のA・J・ピアジンスキーがボールをそらしたが、球審の「スイング」の判定に抗議していたライアンのスタートが遅れて、一塁は悠々アウト。もし、セーフになっていたら、球史に残る27人目の三振振り逃げで快挙フイになるところだった。
米大リーグでは、毎年4月15日を近代大リーグ初の黒人選手であるジャッキー・ロビンソンのデビュー戦(1947年4月15日)だったこともあり、彼の功績を称えるために2004年からジャッキー・ロビンソンデーと制定。2009年からは選手、首脳陣だけでなく審判員までも背番号42を着けさせている。
本紙のロサンゼルス通信員・盆子原浩二さんからうれしいニュースが入ってきたので紹介したい。
1962年4月10日にオープンしたドジャー・スタジアムが10日、ちょうど50周年を迎え、その記念式典が盛大に行われた。当日は1962年のオリジナルメンバーも紹介され、記念すべき初試合(レッズ戦)の「1番・遊撃」、この年104盗塁の新記録を作ったモーリー・ウイルス、開幕戦は代走だったが、打率と打点の二冠王となるトミー・デービス。「3番・左翼」のウォーリー・ムーン、3番手で登板したロン・ぺラノスキーらとともに、阪急ブレーブスでも活躍し日本の野球ファンには懐かしいダリル・スペンサーさんも出席。「7番・三塁手」で4打数1安打だった。
広島東洋カープの前田健太投手が6日の横浜DeNAベイスターズ相手にノーヒットノーランを達成した。快挙達成にはキープレーがつきものだが、この試合でも5回、ラミレスの左中間大飛球を左翼のニックが体をよたよたしながらもナイスキャッチ。その後は危なげなく抑え込んだ。
4月4日、マイアミでのマーリンズ・カージナルス戦で、米国内のレギュラーシーズンもスタートした。毎年、MLB好きの友人から頼まれている順位、表彰予想をこのブログで紹介したい。
【ア・リーグ】▼東地区 ①ヤンキース、②レイズ、③ブルージェイス、④レッドソックス、⑤オリオールズ。▼中地区 ①ロイヤルズ、②タイガース、③ホワイトソックス、④インディアンス、⑤ツインズ。▼西地区 ①レンジャーズ、②エンゼルス、③アスレチックス、④マリナーズ。★ワイルドカード=レイズ、エンゼルス。◎リーグ優勝=レンジャーズ
◆アスレチックス4―1マリナーズ(29日・東京ドーム) キューバから亡命したセスペデスが1点を追う7回2死一塁で、メジャー初アーチとなる逆転2ランを放った。鍛え抜かれた筋肉質の体で、弾丸ライナーを左中間スタンドに叩き込んだ。「スライダーにタイミングを合わせていた。うまく対応できた。夢がかなった。最高の瞬間」と興奮気味に喜んだ。
◆アスレチックス1―3マリナーズ=延長11回=(28日・東京ドーム) イチローは3番に回って100打点を挙げることができるだろうか。過去の最多打点はオリックス時代の97年で91。主に3番に座り17本塁打した年だ。マリナーズ入り後は、1年目の01年の69(本塁打8)が今でも最も高い。
米経済誌Forbesが21日、恒例となった米大リーグ各球団の資産価値を発表した。①ヤンキース18億5000万ドル、②ドジャース14億ドル、③レッドソックス10億ドル、④カブス8億7900万ドル、⑤フィリーズ7億2300万ドルと続く。一方、ワースト5は、①アスレチックス3億2100万ドル、②レイズ3億2300万ドル、③パイレーツ3億3600万ドル、④ロイヤルズ3億5400万ドル、⑤インディアンス4億1000万ドルとなっている。
会社の仕事の合間に米大リーガーの2ケタ奪三振を調べている。通算最多は5714三振の記録を持つノーラン・ライアンの215試合、年間最多は歴代2位の4875三振のランディー・ジョンソンの3年連続3回(通算212試合は2位)とライアン(1回)の23試合。しかし、連続試合となると2人はともに7試合連続が1度ずつあるきり。最多記録は1999年レッドソックスで全盛を誇ったペドロ・マルチネスが8月から9月にかけマークした8試合連続だ。この年のペドロは23勝4敗、防御率2・07、213回1/3で313奪三振と自己最高のシーズン。4月から5月にかけても7試合連続10個以上奪っている。
レッドソックスのジェイソン・バリテック捕手が1日に、現役引退記者会見を行った。2001年4月4日オリオールズ戦の野茂英雄投手を始め、2002年4月27日のデビルレイズ戦のデレック・ロー、2007年9月1日オリオールズ戦のクレイ・バックホルツ、2008年5月19日ロイヤルズ戦のジョン・レスターと計4人をノーヒッターに導いている。大記録4度女房役は、米大リーグではバリテックしかいない。他にもディバーン・ハンサックが2006年10月1日のオリオールズ戦、5回参考記録ながら無安打に封じた試合でもマスクをかぶっていた。
米大リーグ機構と選手会の間で合意していた、ポストシーズンに出場するチームを各1チームずつ増やして両リーグ計10チームが進出するプランを今季から実施することが3月2日、正式に決まった。昨年までは地区優勝3チームと、2位で最高勝率のチーム(ワイルドカード)だが、今回はそれに次ぐ勝率のチームも出場させる。昨年162試合目でワイルドカードから脱落したア・リーグのレッドソックス、ナ・リーグのブレーブスは、今シーズンのシステムなれば出場出来ることになる。
禁止薬物使用の疑いで50試合の出場停止が濃厚だったブルワーズのライアン・ブラウン外野手(28)の異議申し立てが認められ、処分は科されなくなった。このため、ブラウンの出場停止を見越して補強したといわれる青木宣親外野手(30)の、出場機会が大幅に減る可能性が出てきた。また、アスレチックスからFAの松井秀喜外野手(37)の移籍も消滅した。
球団名をフロリダ・マーリンズからマイアミ・マーリンズに変更。本拠地球場も従来のアメリカン・フットボール競技場の間借りから、フロリダ州で多いスコール対策も考え、開閉式屋根付き球場マーリンズ・パークが完成。ホゼ・レイエス遊撃手、マーク・バーリー投手の大物FAも獲得し、創立20年目で、従来の貧乏球団からの脱却を狙っている。そんなチームが全米のオールド・ベースボール・ファンから批判を浴びている。
キューバ代表で、昨年亡命したヨエニス・セスペデス外野手が、アスレチックスと4年総額3600万ドルで合意した。マーリンズが大本命と思われた中、獲得候補に名前がほとんど出てこなかったアスレチックス。先発投手陣の柱ジオ・ゴンザレス、トレバー・ケイヒルらを放出して緊縮財政にまっしぐらと思われたチームだけに面白い。早速、FAで残留の決まったC・C・クリスプ外野手は「オレはどこでも守る」と今オフの目玉選手の獲得に手放しで喜びを表し、センターを明け渡してもいいとまで言うほどだ。
昔、アメリカンフットボール雑誌にこんな記事があった。"大リーグのワールドシリーズは作為的な試合をやっているんじゃないか"。これはスーパーボウルでのスコアが、1タッチダウン差(トライフォーポイント含め7点)以内のいわゆる接戦が、第1回の1966年から最初の22年間でわずか5試合。一方、その22年間にワールドシリーズが第7戦まで持ち込まれたのは半分の11度もあったからだ。
最近、派手な活躍がない侍メジャーリーガーたち。それだけに日本の野球ファンのダルビッシュへの期待は絶大だ。2リーグ制以降、ただ一人の5年連続防御率1点台だが、渡米前年成績が勝利、防御率いずれもベスト。25歳での挑戦も日本で実績を残した投手では松坂大輔を1歳下まわる“最年少”だ。
昨年、オールスター戦にそろって出場した埼玉西武ライオンズの中島裕之選手と、福岡ソフトバンクホークスの川崎宗則選手。ともにメジャー移籍を目指したものの、中島がポスティングシステムで独占交渉権を得たヤンキースとの交渉が決裂したのに対し、海外FA権を持つ川崎は尊敬するイチロー外野手と一緒にプレーしたいとしてマリナーズとマイナー契約を結んだ。夢を貫徹した川崎、控え選手としての待遇をはねつけプライドをとった中島という図式になる。
明けましておめでとうございます。北海道版コラムから通算すると、20年目となる2012年もよろしくお願いいたします。
レッドソックスをカバーしてくれているニューハンプシャー州在住の一村順子さんから写真のスポーツ・イラストレイテッド増刊、「フェンウェイ・パーク100周年」が郵送されてきた。見たことのない写真がふんだんにあり、新年で“お年玉”をもらったような気分だ。フェンウェイ・パークがオープンしたのは1912年4月20日。開幕からニューヨーク、フィラデルフィアと遠征し、当初は4月18日にオープンする予定だった。しかし、雨で2日間順延し、20日が公式戦初試合(初試合は9日にレッドソックスとハーバード大で対戦)で、現ヤンキースのニューヨーク・ハイランダース相手に、殿堂入りのトリス・スピーカーがサヨナラ安打し、門出を飾った。
米大リーグのブルワーズは19日、250万ドル(約1億9500万円)で独占交渉権を獲得したヤクルト・青木宣親外野手(29)について、年明けにキャンプ地のアリゾナ州メリーベールに招いて練習を視察した後、入団交渉を行う方針を示した。球団の公式サイトが報じた。
読売ジャイアンツが獲得を目指している、福岡ソフトバンクホークスからFAとなっている杉内俊哉投手に、背番号18を用意するという。中尾碩志、藤田元司、堀内恒夫、桑田真澄と、ジャイアンツにとっては歴代のエースが着けた由緒ある背番号。ホークス時代の47を山口鉄也が着けていたことで、球団が気を利かせたようだ。同じようにホークスの左腕・和田毅も21番を背負っていたが、オリオールズでは主砲のニック・マーケイキス外野手が着けていることで、早大時代に着けていた18を選んだという。
久しぶりに興奮させられたワールドシリーズだった。中でも第6戦はカージナルスが9回、10回とともに2アウトでカウント2ストライクの“あと1球”から追いつき、11回にデービッド・フリースのサヨナラ本塁打の劇的試合。2勝3敗からの第6戦でのサヨナラ本塁打と言えば、1975年レッドソックスのカールトン・フィスクと、1991年ツインズのカービー・パケットに次いで3本目となる。
昨年9月25日の福岡ソフトバンクホークス・杉内俊哉投手と北海道日本ハムファイターズ・ダルビッシュ有の投手戦(ホークスが1-0勝利)もすごかったが、米時間7日にフィラデルフィアで行われたフィリーズ対カージナルスのディビジョンシリーズ第5戦もスコアカードを付けながらノドがからからになった。前者はファイターズのクライマックスシリーズ進出がからんでいたが、今回はリーグ優勝決定シリーズに進出出来るかどうかの大一番。先発投手は、フィリーズがロイ・ハラデイ、カージナルスのクリス・カーペンターというブルージェイズ時代のチームメートで、ともにサイ・ヤング賞投手同士の対決だった。
米大リーグ(MLB)のレギュラーシーズン最終日となった9月28日、ア・ナ両リーグのワイルドカード(各地区2位で最高勝率)争いは歴史に残るものだった。ア・リーグはレッドソックスが9月3日時点で9ゲーム差をつけていたレイズに、ナ・リーグは8月25日に10・5ゲーム差をつけていたブレーブスが、カージナルスにひっくり返された。
9月27日、インターネットを開いて驚いた。ホワイトソックスのオジー・ギーエン監督がトレードというFOXスポーツのヘッドラインだ。監督がトレードされたという例には、2月12日の当ブログ(選手とトレードされたタナー監督)でタナー監督を紹介した。
◆ヤンキース6―4ツインズ(19日・ニューヨーク) ヤンキースのマリアノ・リベラ投手(41)がツインズ戦で今季43セーブ目を挙げ、並んでいたT・ホフマンのメジャー最多記録を抜き、通算602セーブの新記録を達成した。
プロ野球1試合に使うボールはどれくらいなのだろうか。具体的なデータはないが、アグリーメント(試合協定事項)によると、セ・リーグが3連戦また2連戦の開始日までに正規の統一球を15ダース(180個)。一方のパ・リーグは各試合7ダース(84個。ダブルヘッダーでは12ダース)を用意する決まりとなっている。最近ではイニングの終了時に、野手がそのままスタンドに投げ込むケースも多くなり、1試合当たりは50球前後のボールを消費してしまうのではないか。もちろん、屋外球場での雨中の試合では、その2割増しくらいになるようだ。
各リーグ8球団制を維持し続けていた米大リーグは1961年にア・リーグが2球団、62年にナ・リーグが2球団増設された。レベルの低い投手が昇格したために生まれた現象が「打高投低」だ。
マリナーズのイチロー外野手がメジャー11年目で初めてファン投票や選手間投票、監督推薦から漏れた米大リーグのオールスター戦(7月12日。アリゾナ州フェニックス)。今年は前半戦最終戦の10日に先発した投手はオールスター戦出場資格が与えられないという悪しき規則によって、タイガースのジャスティン・バーランダー、レイズのジェームズ・シールズ、マリナーズのフェリックス・ヘルナンデス、フィリーズのコール・ハメルズ、ジャイアンツのマット・ケインとシールズの代わりに追加されていたヤンキースのCC・サバシアの6投手が出場できなくなった。
255試合連続出場が止まった10日、マリナーズのイチロー外野手は「なかなか(チームの)力になれていないことはつらいですね」とぽつりと漏らした。
しかし、1日の休養が生気をよみがえらせたのか、11日の2安打に続き、12日にも2安打し、5月22、23日以来となる2試合連続マルチ安打をマークした。5回の左前安打は、2死二塁から同点の走者を迎え入れ、その後マリナーズは逆転勝利。ウェッジ監督は「大きなヒットだ。タイミングとボールの見送り方、スイングの滑らかさ、打球の勢いと、いろんなことが良くなっている」と切り込み隊長のバットを称えた。
2001年の米大リーグ新人王、イチロー外野手(マリナーズ)とアルバート・プホルス内野手(カージナルス)の2人がそろって調子が上がってこない。前者はデビューから10年連続200安打&打率3割。後者は打率3割&30本塁打&100打点を10年間続け、現役最強打者と言われるスラッガー。昨年までの通算打率はプホルス3割3分1厘4毛、イチローが3割3分1厘0毛で現役1位を争っていた2人だ。
5月25日、サンフランシスコのAT&Tパークで起こった本塁上の激突プレーは、ジャイアンツの「4番・捕手」という好守の要バスター・ポージーに左すねの腓骨骨折と左足首靱帯断裂という重症を負わせる結果となった。同点の延長12回、マーリンズが1死一、三塁で、エミリオ・ボニファシオの右中間へのフライ。右翼ネート・シューホルツが掴むのを見て三塁走者のスコット・カズンズがタッチアップで本塁へ。シューホルツからの返球はショートバウンドだったため、ポージーはキャッチングに集中していたのだろう。身構えることも出来ずに、右肩からタックルをするようにつっこんで来たカズンズの体当たりを食らった。三塁走者の全体重がひざを折っていたポージーの左足にのしかかったための悲劇となった。(MLB.comで映像が見られます)
開幕から1か月が過ぎた米大リーグ(MLB)で、最も下馬評と違う展開になっているのがア・リーグ中地区だ。西岡剛内野手が入団し、中地区3連覇の可能性濃厚と見られていたツインズが、西岡に加え、過去3度首位打者となったジョー・マウアー、昨季112打点のデルモン・ヤングと主軸が次々と故障者リスト(DL)入り。右肘手術で昨年全休だったジョー・ネイサンが早々と守護神失格で30球団最悪の9勝18敗と出遅れた。また対抗馬のタイガース、ホワイトソックスも調子が上がらない。
4月19日、レッズのアロルディス・チャップマン投手が、本拠のパイレーツ戦で、スピードガン導入以降最速の106マイル(約170・6キロ)をマークした。アンドリュー・マッカチェンへの胸元への3球だった。グレートアメリカン・ボールパークの球速表示板に「106」が表示されると、大差を付けられたワンサイドゲームながら残っていた数少ないファンがスタンディンングオベーション。もっとも中継したFOXテレビは105マイル。全30球場に設置されているMLB公認のスピード解析機によると102・4マイルだったという。その機械によった最速は、昨年9月にチャップマン自らがマークした105・1マイル。公認の新記録とは言えないものの、スピードガン表示ベストなのは間違いない。
日本時間8日のツインズ・西岡剛内野手の負傷に続き、9日も朝からビッグニュースがあった。通算555本塁打、打率3割1分2厘を誇るレイズのマニー・ラミレス外野手が、突然の現役引退を発表した。米メディアは理由として、ドジャース時代の2009年に薬物規定違反で50試合の出場停止処分を受けた同選手が、今季のキャンプ中の検査で再び陽性反応を示したのが発覚。2度目の違反のため、100試合の出場停止となるため、引退を決意したと報じている。ちなみに3度目なら球界追放となる。スポーツケーブルテレビ局ESPNの取材によると、ラミレスは「(引退の決断をして)ほっとしている。神が、私に引退をするのが最良だと思し召した。私は家族とスペインに旅をする」とコメント。ファンへの謝罪のコメントもなく、あっけらかんとした内容だった。
米大リーグが3月31日(日本時間4月1日)に開幕する。ア、ナ2大リーグとなった1901年以降、今年の日本プロ野球のように開幕がずれこんだのは2度ある。最初が1972年。経営者側との労使紛争で選手会が12日間のストライキを敢行。予定より1週間遅れでその間の予定されたカードは抹消された。ア・リーグ東地区では86勝70敗のタイガースが、85勝70敗のレッドソックス(当時は東西2地区制)を0・5ゲーム差で振りきった。試合数が違って、レッドソックスファンの不満もあったろうが、滞りなくペナントレースを終了。もちろん、選手は最初の1週間分の年俸カットを飲んだ。
ヤンキースなどで活躍したゲーリー・シェフィールド、カージナルスの主砲として君臨したジム・エドモンズの名外野手2人が正式に引退を発表した。パドレス時代の1992年にナ・リーグ首位打者を獲得したシェフィールドは、入団当時は若き快速球投手として一時代を築いたドワイト・グッデンの甥っ子として注目されたが、通算2576試合に出場し打率2割り9分2厘、509本塁打、1676打点に253盗塁をマーク、近年では「グッデンがシェフィールドの叔父」と言われるまでになった。
18年連続負け越し中とメジャー30球団で最弱チームのイメージしかないピッツバーグ・パイレーツだが、かつては強豪の名を欲しいままにしていた。中でも1970年代は、1971、79年にワールドチャンピオンに輝くなど6度地区優勝。1975、76年の2年連続世界一となったシンシナティ・レッズの“ビッグ・レッド・マシン”に遜色ない魅力的なチームで、私のような当時メジャーに興味を持ち始めたファンを虜(とりこ)にした。
2011年最初の注目イベントは米時間1月5日に発表される米野球殿堂の投票結果だ。昨年、400票を集めながら、わずか5票足らずに規定の得票率75%に達しなかった通算287勝、歴代5位の3701奪三振を記録しているバート・ブライレベン。8票不足だった通算打率3割、474盗塁。ゴールドグラブ賞10度の名二塁手ロベルト・アロマーの2人が票を伸ばして当選するのは、ほぼ確実だ。「願わくは、次の年(2011年)は私であって欲しい」と語っていたブライレベンの言葉が現実になりそうだ。
東北楽天ゴールデンイーグルスの岩隈久志投手と、ポスティングシステムでの独占交渉権を得たアスレチックスとの交渉が、条件面で大きな隔たりがあるため平行線をたどっている。代理人の団野村氏によれば、入札金は1910万ドル(約15億9000万円)。岩隈への条件は4年総額1525万ドル(約12億7000万円)。この条件をのめないなら交渉打ち切りと言われたという。年平均にならすと約3億2000万円。これは今季推定年俸3億円と変わらない。
憂鬱なニュースが多い中、ちょっと楽しくなるニュースが米国から流れてきた。13日にパイレーツの本拠ピッツバーグの劇場で1960年、ヤンキースとパイレーツの間で行われたワールドシリーズ第7戦が上映された、という。その試合は9―9の同点からパイレーツのビル・マゼロスキー二塁手がサヨナラ本塁打を放った、シリーズ史上最高と言われるゲームの一つ。マゼロスキーは腎臓結石のため入院中で欠席したが、同年のMVPとなったディック・グロート遊撃手、「1番・中堅」で後に監督になったビル・バードン氏ら8人に「5番・右翼」当時のメンバーで現在最も知られている故ロベルト・クレメンテ氏のベラ夫人が出席。ヤンキースからは「1番・二塁」、シリーズ新記録の12打点を挙げ、史上ただ一人の敗戦チームからMVPになったボビー・リチャードソン氏がゲスト出演した。
サンフランシスコ・ジャイアンツの優勝パレードが行われる数時間前の日本時間4日未明に、AP通信から短い訃報が入ってきた。クライド・キング氏がノースカロライナ州ゴールズボロの病院で2日に死去。86歳。現役時代は投手で通算32勝25敗。コーチを経て1969年ジャイアンツの監督に就任。いきなり90勝72敗でナ・リーグ西地区2位となった。
ワールドシリーズは不利を予想されたジャイアンツが、1986年レッドソックス以来という生え抜き4人の先発ローテーションの力強さでサンフランシスコ移転後初のチャンピオンに輝いた。AP通信が毎年、シリーズ前に掲載している“マッチアップ”(どちらが有利)によれば、ジャイアンツが上回るとしていたのは先発、リリーフ、監督さい配、捕手、一塁手の5部門、一方のレンジャーズはDH含め7部門。4勝2敗でレンジャーズが勝つという予想だった。
テキサス・レンジャーズが1961年ワシントン・セネタース(第2次)で誕生して以来、50年目で初のリーグ優勝決定シリーズに進出した。58歳のロン・ワシントン監督は、ドラフト外入団の苦労人。捕手でプロ入りしながら3年目の1971年に内野手転向した。メジャー昇格は8年後の1977年。通算564試合に出場も100試合以上に出場したシーズンは1982年ツインズ時代だけだった。
米大リーグのポストシーズンは、報知新聞6日付けのMLBコラムで出村義和さんが書いていたとおり、投手上位の今シーズンを象徴するかのような展開だ。フィリーズのロイ・ハラデイがノーヒッターを達成すれば、ジャイアンツのティム・リンスカムが2安打14奪三振で1-0完封。ともにポストシーズン・デビューを快投で全米の野球ファンをうならせた。今季のレギュラーシーズンで前者は3度目の20勝、後者は3年連続奪三振王をマーク。その実力を遺憾なく発揮した。
28日のアストロズ戦でシンシナティ・レッズがジェイ・ブルース外野手の、史上5人目となる「ポストシーズン進出決定試合のサヨナラアーチ」を放って、1995年以来のナ・リーグ中地区優勝を決めた。米大リーグは1994年から、各リーグ3地区優勝チーム&2位で最高勝率チームをワイルドカードとしてポストシーズン進出という方式に変更。しかし、この年は労使協約改訂年で労使が対立、選手会が8月12日からストライキを敢行、ペナントレースが打ちきりとなったため、実際運用されたのは1995年が初めてだった。レッズの地区優勝決定は9月21日、ところがワイルドカード導入で各地区首位が同率の場合は、当該同士の対戦成績で優勝を決めるというルールが浸透しておらず、判明したのは翌日になってから。レッズの地区優勝のシャンパンファイトは22日の試合が終わってからおこなわれたが、当然盛り上がりに欠けていた。
シーズン前から今季限りでユニホームを脱ぐと宣言していたブレーブスのボビー・コックス監督に続いて、ドジャースとの3年契約が切れるジョー・トーレ監督も正式に退任を発表した。監督勝利でコックス監督は歴代4位の2497勝(1994敗)、トーレ監督は5位の2318勝(1991敗)。歴代1位のコニー・マック監督(3731勝)と2位のジョン・マグロー監督(2763勝)は、アスレチックス―ジャイアンツに分かれて3度ワールドシリーズで激突(いずれもアスレチックス勝利)したが、コックスVSトーレも1996年、1999年に対戦している。
米大リーグのア・リーグでは、ポストシーズン出場の4チームが確定的なのに対し、ナ・リーグは2位に5ゲーム差をつけている中地区首位レッズも15年ぶりの地区優勝ということで、浮き足だってか5連敗中。東西地区、ワイルドカードすべて1位と2位が1ゲーム差の大接戦で予断を許さない。ナ・リーグの打撃タイトル争いもペナントレース同様に熾烈だ。注目はメジャー3年目、左打ちのカルロス・ゴンザレス外野手(ロッキーズ)。9日のレッズ戦で16試合連続安打はストップしたものの9月に入り37打数18安打、3本塁打、9打点で打率(3割3分7厘)、打点(100)で首位に浮上。32本塁打はトップに5本差、1967年レッドソックスのカール・ヤストレムスキー外野手以来の三冠王への期待も膨らんできた。
ワールドシリーズ5度優勝の名門ピッツバーグ・パイレーツが、20日のメッツ戦で敗れ、わずか122試合目にして米国メジャープロスポーツのワースト記録更新となる18年連続負け越し(40勝82敗)となった。ピッツバーグには、NFLスティーラーズ、NHLペンギンズの強豪がフランチャイズを構えており、負け越し続きのパイレーツは人気面でもおいてきぼりとなっている。ピッツバーグ出身の演歌歌手・ジェロもデビュー当時はPのマークのパイレーツの帽子をかぶっていたが、最近はNYマークのヤンキースのものが多くなったような気がする。
旧ヤンキー・スタジアムの場内アナウンスを57年間も務めたボブ・シェパードさんが99歳で亡くなったのが11日。2日後には何と、シェパードさん訃報のコメントを出したばかりのヤンキースのオーナー、ジョージ・スタインブレナー氏が後を追うように心臓発作のため80歳で死去した。同日開催されたオールスター戦では試合前に、スタインブレナー氏に対し黙祷が捧げられ、ア・リーグの2番に入ったデレク・ジーターが、本拠地で流しているシェパードさんの録音テープを使用し打席に入り、逝去を悼んだ。
日本時間10日未明、ニューヨーク・ポスト紙が報じたマリナーズのクリフ・リー投手のヤンキース移籍が決定的のニュースを見て家路についたが、一夜明けると何とレンジャーズ入り。ヤンキースの交換要員の故障が理由となっているが、マーク・ロー投手+225万ドルもつけて、ジャスティン・スモーク一塁手&マイナー3選手との交換トレード。ラッセル・ブラニヤン、ビリー・コッチマンのいる一塁のポジションに、2008年のレンジャーズ一巡指名とはいえ、今季70試合に出場し打率2割9厘、8本塁打のスモークを、どう起用するのかも不透明だ。
米ネブラスカ州オマハで開催中の米国のカレッジワールドシリーズは、8校が出場し26日までに、昨年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)と同じ様に2敗したら脱落するダブルエリミネーション・システムで6校が姿を消した。勝ち残ったのは、3度目の出場のUCLA(カリフォルニア大ロサンゼルス校)と9度目となるサウスカロライナ大。ともに初の全米NO1をかけて28日から、今年限りで役目を終えるローゼンブラッド・スタジアムで2戦先勝の戦いが始まる。
ナショナルズのスティーブン・ストラスバーグ投手が23日の本拠のロイヤルズ戦で9三振を奪い、1955年ハーブ・スコア(インディアンス)の40個を抜く、デビュー4試合合計41奪三振の新記録を作った。5回にギーエンに許した適時打の1失点で初黒星を喫し、21歳右腕は「ミスした2球を彼らはハードに打った。数少ないチャンスをものにした。これがベースボールさ」と淡々と振り返った。18日のWソックス戦でも7回1失点ながら白星がつかず。2試合連続快投がフイとなったが、それでもストラスバーグの成績は4試合で2勝1敗、防御率1.78。25回1/3で四球はわずか5個と豪速球の持ち主でありながら抜群のコントロールの良さも持ち合わせている点が素晴らしい。
14日のワールドカップ、日本・カメルーン戦は、報知新聞5階の編集局全体が試合展開に一喜一憂。本田圭佑の先制ゴールには大歓声が、後半のカメルーンの執拗な攻めには悲鳴、そしてクロスバーに当たった時にはため息と拍手が起こり、試合終了のホイッスルの瞬間は、ガッツポーズの波が編集局を包み込んだ。サッカー門外漢の私も含め、会社に残っていた運動一部部員も大声援を送っていたのはもちろんだ。
ナショナルズのスティーブン・ストラスバーグ投手が噂に違わぬデビューを飾った。7連続を含め14三振。J sports中継で投球をじっくり見たが、100マイルを超える速球にカーブ、チェンジアップが冴え渡り、弱小パイレーツという点を割り引いても素晴らしいピッチングだった。
6月2日タイガース・インディアンス戦での、ジム・ジョイス一塁塁審の誤審によって、アーマド・ガララーガ投手の完全試合が寸前で幻になったニュースは、米国だけでなくスポーツ報知でも大きく取り上げた。ただ、試合後のジョイス審判の謝罪、ガララーガの真摯な態度によって「誹謗合戦」にならずに済んだ事は幸いだった。
恐れていた事が起こった。マリナーズのケン・グリフィー外野手が6月2日に現役の引退を発表した。40歳を迎えて打撃に精彩を欠き、今季限りの引退は既成事実ではあったがシーズンを全うすると思っていた。イチローではないが、突然の発表に驚かされた。
グリフィーの活躍は、私が米大リーグの原稿を書くようになったのと同時期に当たる。日米野球を全試合帯同取材するようになった1990年。バリー・ボン ズ、ランディー・ジョンソンらとともにマリナーズ昇格2年目のグリフィーも来日した。20歳とチーム最年少だった事もあって、全米ナインの中でもアイドル 的な存在。ロッカールームではナインの帽子にシェービングクリームを塗りつけ、豪腕投手のロブ・ディブルのスパイクを焼くいたずらを見せていたが、グラウ ンドに出れば先輩選手を差し置いて19打数8安打、6盗塁で日本チームをうならせた。その年のシーズンで史上初の親子連続アーチをかけた父親のケン・グリ フィー・シニアと一緒の来日だったが、「父のように40歳まではプレーしていたい。グリフィー・ジュニアとして」と話していた言葉通りになった。
5月19日、ナショナルズ・パークで行われたナショナルズ戦で演じたメッツのエンジェル・パガン外野手のパフォーマンスに全米の野球ファンがうなった。ランニング本塁打に守っては、三重殺に参加。同じ試合に両方のビッグプレーを演じたのは1955年フィリーズのテッドカザンスキー遊撃手以来、何と55年ぶりの快挙となった。プレーの内容も素晴らしくの、年間最高のパフォーマンスの呼び声が高い。
2005年12月13日、アスレチックスとドジャースのトレードが発表された。ア
スレチック
スが獲得したのは大リーグ6年目のミルトン・ブラッドリー外野手と3年目のアントニオ・ペレス内野手。一方、ドジャースが獲得したのは大リーグ
経験がなかったものの、同年に2AのMVPに輝いた23歳の若者、アンドレ・イーシア外野手だった。
あれから5年。ペレスはマイナー暮らしが続き、各球団でもめ事を起こし続けたブラッドリーは同じチームに2年と持たずに転々、今年からマリナーズに移籍し た。打力不足のマリナーズにとって貴重な戦力になるかと思われたが、成績が上がらずに4日のレイズ戦では無気力な三振に業を煮やしたドン・ワカマツ監督か ら6回に交代を命じられた。ブラッドリーは監督にくってかかり、そのまま帰宅。しかし、翌5日になって球場を訪れワカマツ監督、ジャック・ズレンシック GMと相談。「自分はいまストレスを抱え、辛い状況にある。球団に助けて欲しい」と訴えたという。球団では6日から年俸支払いの義務のない“制限リスト” に載せた。ブラッドリー=ならず者の図式を今年も覆そうにない。
4月7日付けのスポーツ報知は松井秀喜外野手の開幕戦アーチが1面から3面までを飾った。メジャー担当としては、松井、エンゼルス決定以来の慌ただしさ。新旧の松井番記者3人の「〇〇が見た」はいかがでしたでしょうか。私事で恐縮ですが、巨人1号の93年は胆石の手術で入院中。消灯時間の午後9時を過ぎた直後の一発、暗い病室であちこちのベッドから「オー」という歓声。私も当時の100円を入れて見るコインテレビを見ながら、興奮したのを思い出した。ヤンキース1号は、打ったら「号外発行」という準備をしながら待つこと7試合目。薄暮ゲームだったため、記念の1号が飛びだしたのは日本時間早朝の午前6時48分。眠い目がぱっちりとなってパソコンを叩いた。松井の本拠地初戦グランドスラムの偉業とともに、号外作業が終わって一段落、これで明日から号外待機をしなくて済むとほっとしたのが強い印象となって残っている。
日本人メジャーを追っている特派員から大リーグのメディアガイドが届く時期となった。
すべてそろった訳ではないが、今年目を見張らせたのが、写真に使ったアトランタ・ブレーブスの表紙だ。何とチーム名もロゴマークもなく、画家のオピー・オッタースタッド氏の手による、ボビー・コックス監督が本拠ターナー・フィールドの一塁側ベンチから戦況を見つめる姿だ。5月に69歳となるコックス監督は今年限りの勇退を発表している。昨年まで28年間で歴代4位の2413勝をマークしており、その功績を称え表紙にしたもの。オッタースタッド氏はスポーツを描かせたら米国トップクラスの画家。ブレーブスのコックス監督への敬意がこちらにも大いに伝わってくる。
オープン戦も全て終わり、セ・リーグの強み、弱みが浮き彫りになってきた。その上で順位予想をすると、(1)ジャイアンツ、(2)スワローズ、(3)ドラゴンズ、(4)カープ、(5)タイガース、(6)ベイスターズか。圧倒的な打線の破壊力を誇るジャイアンツが抜けている。グライシンガー復帰までAクラスをキープできるなら独走する可能性は高い。
現地13日、貴殿のマイナーキャンプ行きの報道を知り、2006年の日米野球で挨拶をしただけと接点のほとんどない私ですが、いてもたってもいられずにお手紙を書いた次第です。共同電によりますと、貴殿は「もともと最後まで残るとは思っていない。しっかりやって、次のチャンスを待ちたい」と話しています。また、10日に更新された貴殿のブログによると「今年のオープン戦では、なにがなんでも結果を出さなければ、とは思っていません。それよりも、長いシーズンへ向けてしっかりと準備し、積極的にいろんな球種を試すなど、いま自分ができることを一つずつやっていきたいです。肩の張りも治まってきましたし、次回の登板では、また自分なりのステップを上っていければと思っています」とつづっています。
うれしいメールが届いた。アメリカ野球学会日本支部で一緒に酒を飲み合った仲の「楠元 ジェフリー 純」君が、ヒューストン・アストロズの日本担当スカウトに就任した。サンフランシスコ生まれのバイタリティー豊かな日系二世の青年。少年時代から野球が好きで二十歳で来日してからは、日本野球に関するものの収集を始め、古くは明治時代のポストカードやカード、メンコなどを骨董品屋や古書店などを購入しては、日本支部で私たちに披露してくれた。野球観戦も趣味の一つで時間の許す限り関東地区でのプロアマ問わず飛び回り、甲子園行脚も続けていた。
シカゴ・ホワイトソックス在籍時の1993、94年に2年連続ア・リーグMVPに輝いたフランク・トーマス内野手が12日に、現役引退を表明した。アメリカン・フットボールの強豪・オーバーン大にフットボールの奨学金を受け入学、しかしタイトエンドとしては新入生で3度パスを受けただけで、野球に専念。1988年には打率4割3厘、19本塁打を放ち全米代表候補となったが、最終選考でカット。もし、選ばれていれば、ソウル五輪の決勝戦で日本代表と対戦していたはずだ。1989年のドラフト1巡目(全体の7位指名)でホワイトソックス入り。1990年から2005年まで在籍。その後はアスレチックス、ブルージェイズでプレーし通算打率3割1厘、521本塁打。出塁率4割1分9厘とパワーヒッターながら、選球眼の素晴らしいバッターだった。
吉田えり投手が、米国アリゾナ州で始まったウインターリーグ開幕戦、チームカナダ相手に先発したものの2回を3安打1四球4死球の大乱調で5点を失ってKOされた。「(滑り止めのロージンバッグを)使いすぎたらしく、1回の途中から(指が)ベタベタして、いつものように(ボールが)抜けなかった」と吉田投手は自慢のナックルボールが決まらなかったようだ。
米大リーグ(MLB)のバド・セリグ・コミッショナーが、日本プロ野球(NPB)の加藤良三コミッショナーとのトップ会談の中で、「グローバル・ワールドシリーズ」の提案をした。MLBの機構と選手会は、現地7日時点で「同シリーズ」に関しては一切話し合いを行っていない。開催なら真っ先に影響のある2つの部署が話題にしていないだけに、日本側に向けたコミッショナーのアドバルーン的発言なのだろうか。
新年、明けましておめでとうございます。
ヤンキースからフリーエージェントになっていた松井秀喜外野手のエンゼルス入りが決定的となった。日本時間15日の早朝に、米ケーブルテレビのESPN電子版が第一報を流したが、用事があって偶然にも朝7時過ぎにインターネットで、毎朝やっているメジャー情報確認のため、ネットサーフィンしていた時に見つけた瞬間、目が点になった。基本年俸が650万ドルとヤンキース時代の半額、1年契約、早期決着などの疑問が浮かび上がったが、現在米国で取材中だった楢崎豊記者がスポーツ報知16日付けの「記者の目」で、その理由を的確に述べている。
1週間休んでいる間に、前回書いたコラムがぴったりの出来事が起こった。コメントでマウアー・ファンさんが指摘したように、元共同通信在籍でマリナーズ担当9年目のフリーライター小西慶三記者がア・リーグMVPの1位にタイガースのミゲール・カブレラ一塁手と記入。ツインズ地区優勝の立役者で2年連続首位打者のジョー・マウアー捕手が、ナ・リーグのアルバート・プホルス一塁手のような投票者全員1位の“満票受賞”を逃した。ニューヨーク・タイムズ紙のタイラー・ケプナー記者は、1位票にした理由が知りたくて、小西記者にEメールを送ったが返事が返ってこなかったという。ここはマウアー・ファンさんの言うとおり、日米メディア向けにカブレラ1位選出の理由を発信するべきである。
ヤンキース・ファン、そして松井ファンにとっては忘れられないワールドシリーズとなった。私も第6戦の5回、6打点目となる右中間二塁打を放った時には、「ワールドシリーズ・タイ記録だ」と大声を出してしまった。それが通じたかどうか、スポーツ報知では堂々の「号外」を発行。号外の原稿で、今回ぐらいパソコンのキーボードをたたくのが楽しかった事はなかった。
シリーズの優勝を決める試合でサヨナラ本塁打を放った選手は1960年のビル・マゼロスキー(パイレーツ)と1993年のジョー・カーター(ブルージェイズ)の2人。しかし、今回の松井のように3打席にわたっての大活躍は1977年のレジー・ジャクソン(ヤンキース)の3打席連続初球アーチ以外思いつかない。アメリカで生まれ育った野球少年なら誰もが夢見るシーンをやってしまったのだから、大リーグの歴史に大きな足跡を印した事は間違いない。
ヤンキース・フィリーズのワールドシリーズの原稿を書きながら、思い出したことがあった。両チームの対戦はヤンキースの4連勝で終わった1950年以 来、2度目の対決となるが、実は1964年に対決寸前までいったことがある。ア・リーグのペナントレースはトップを走っていたオリオールズをとらえたヤン キースが9月17日に首位に立つとホワイトソックスを振り切って史上2度目のリーグ5連覇を飾った。一方のナ・リーグは開幕前の予想を覆してフィリーズが 奮闘。9月20日敵地のドジャース戦を勝って2位カージナルスに6・5ゲーム差。残り12試合でマジックナンバー7としていた。
ヤンキースが3年ぶりの地区優勝を決めた9月27日のヤンキー・スタジアム。レッドソックスのジェフ・フランコーナ監督の采配が、記録マニアに話題を呼んでいる。2―4でリードされていた9回1死一塁で、25試合連続安打をマークしていたビクター・マルチネス捕手を代打で起用。二塁へのゴロは、ロビンソン・カノがファンブルして「エラー」。試合はそのまま終了し、チーム3年ぶり、そしてベネズエラ出身選手では1950年、チコ・カラスケル内野手(ホワイトソックス)に並んでいた快記録にピリオドが打たれた。
米国の権威あるスポーツ週刊紙「ザ・スポーティング・ニューズ」(TSN)が25日に、2000年から09年までの、メジャースポーツを対象にした“プレーヤー・オブ・ザ・ディケード”(10年間の最優秀選手)を、選出した。9年連続200安打のイチローは選に漏れ、同じ2001年に大リーグデビューし、打率3割、30本塁打、100打点を9年間全てクリアしたアルバート・プホルス内野手(カージナルス)が選ばれた。
9月13日のレンジャーズ戦でマリナーズのイチロー外野手が大リーグ史上初の9年連続200安打を達成。スポーツ報知だけでなく一般紙も号外を発行、 14日付のスポーツ紙は、タイガース一筋で“我が道を行く”デイリースポーツを除く5紙が1面から大展開。また、朝刊一般紙はすべて記事下のコラムでイチ ローを扱った。
日々の仕事に加え、マリナーズ・イチロー外野手の通算2000安打、9年連続200安打達成の準備に忙殺されている。イチローの記録を調べるにつ け、改めて彼が米大リーグの歴史の中でも上位に位置する存在になったことを感じた。大記録達成の翌日のスポーツ報知では、イチローの大特集をお届けしま す。期待してください。
この時期になるとスポーツ報知も含めてマジックナンバーが点いた、消えたとの報道が、テレビ、ラジオを含めて賑わせている。マジックナンバーは、野球全般と同様に米国で生まれた。首位チームが、あと何勝すれば優勝するという秒読みの数字として、1947年9月12日のワシントン・ポスト紙が最初に使った(THE DICKSON BASEBALL DICTIONARYより)とされている。
第91回全国高校野球選手権大会は、中京大中京が新潟勢の発の決勝進出となった日本文理の9回猛攻を切り抜けて7度目の全国制覇を成し遂げた。1点差と なった9回2死一、三塁。もし若林尚希のライナーが三塁正面でなかったら、「たら、れば」は野球の常だが、今年も日本の夏を象徴する夏の甲子園大会の記憶 がまた一つ野球ファンの心に刻み込まれた。
アストロズの松井稼頭央内野手が15日のブルワーズ戦で、日米通算2000安打を達成した。PL学園時代の投手からプロ入りしてからは野手に転向。俊足と高い身体能力を評価されてスイッチヒッターに挑戦し、プロ入り3年目からはレギュラー遊撃手として西武の主力選手となりチームを牽引。FAでニューヨーク・メッツ入りしてからは、史上初の「メジャー初打席、開幕戦プレーボールアーチ」という衝撃的なデビューを飾りながら、通算9度の故障者リスト入りという度重なるアクシデントの中で大台に乗せたことを祝福したい。
7日のヤンキース・レッドソックス戦は両軍無得点で延長戦に突入。延長14回から、レッドソックスは昇格したばかりの田沢純一投手が登板した。試合前、テリー・フランコーナ監督は「開幕から4か月でメジャーに上がり、ヤンキース相手に投げることになればすごいストーリーだ」と話していたそうだが、大差がついていたならともかく、同点の場面でマウンドに上がるとは思わなかったはずだ。しかし、リリーフ陣が底をついて急きょマウンドに上がり、米プロスポーツ史上最高年俸のアレックス・ロドリゲスにサヨナラ2ランを浴びたが、同監督は「落ち着いていたし、よく投げたと思う」と評価した。
メンツを気にして選手を出したがらない日本プロ野球(NPB)と違って、米大リーグ(MLB)は、今年もトレード期限の7月31日までに多くの商談がまとまった。最大の注目選手、ブルージェイズのロイ・ハラデイ投手は残留したが、2007年ナ・リーグのサイ・ヤング賞投手、パドレスのジェイク・ピービーがWソックスに、2008年ア・リーグのサイ・ヤング賞投手、インディアンスのクリフ・リーが2年連続世界一を目指すフィリーズに移籍。2007年ナ・リーグの打率、打点の2冠王、アスレチックスのマット・ホリデイ外野手もカージナルスに移籍した。
7月2日のヤンキース・マリナーズ戦は、ヤンキースの松井秀喜が11号2ラン含む2安打3打点、マリナーズではイチローが2点二塁打を含む2安打、城島健司は6月30日から5打数連続安打となる3打数2安打。出場した3選手すべてがマルチ安打をマークした。日本人選手の故障者リスト入りや不振のニュースが続いていただけに、日本の野球ファンにとって久しぶりに溜飲が下がる試合となった。
昨年、ともにポストシーズン出場を逃したヤンキースとメッツのニューヨークの2チーム。今年は新ヤンキー・スタジアム、シティ・フィールドとそれぞれ本拠地球場を新たにオープンさせて公式戦に臨んだ。地元での成績はヤンキースが18勝11敗、メッツも18勝9敗と熱狂的なファンの大声援をバックに白星を増やして、ともに両リーグ東地区の上位をキープしている。
マリナーズのイチロー外野手が3日のオリオールズ戦で、自らが持つ球団の最多連続試合安打記録を27試合に伸ばせば、翌4日にはジャイアンツのランディー・ジョンソンがナショナルズとのダブルヘッダー第1試合に先発。6回2安打1失点で史上24人目の通算300勝を達成した。背番号51の記録男2人が、新たな記録の1ページを書き加えた。
5月18日にブルワーズのジェイソン・ケンドール捕手、翌19日にはロッキーズのトッド・ヘルトン内野手と、米大リーグ(MLB)で2日続けて通算2000安打が達成された。敵地のカージナルス戦で中前に弾き返したケンドールは、捕手として史上8人目の大台。まだ34歳、達成すれば捕手初となる3000安打について聞かれると「3000本を打った人たちは尊敬に値するね」。かつての巧打が影をひそめてきただけに、弱気の発言をしていた。
ドジャースのマニー・ラミレス外野手が禁止薬物使用違反として50試合の出場停止処分を受けた。私は日本時間8日未明、帰宅の途中に責任デスクからの連絡でそのニュースを知った。通算533本塁打のスラッガーは、いつもだぶだぶのユニホームを着ているため太って見えるが、インディアンス時代から体重が200ポンド(約91キロ)と変わっていない。野球が大好きで練習熱心だったこともあって薬物に関しては“シロ”の印象が強かっただけに、びっくりした。9日付けの新聞には、私は次のような「プラスα」を書いた。
世界的な金融不況は米国を直撃しているのだろうか。まだ、開幕2週間あまりでちょっと早すぎるきらいもあるが、米大リーグ(MLB)が、観客減少のニュースが伝えられていることもあって、日米の観客動員をチェックしてみた。ともに21日現在だが、MLBが昨年の1試合平均3万2528人から2万9872人と8・2%とダウンしているのに、日本プロ野球(NPB)は2万5044人から2万5181人と0・5%と微増だ。
マリナーズのイチロー外野手が、胃潰瘍が原因で渡米後初めて故障者リスト(DL)入りした。本人は出場を球団側に強く直訴したが、フロントがストップをかけたという。本紙の取材を受けた世田谷井上病院の井上毅一理事長は、「WBCでの精神的ストレスは相当だったんじゃないか。少なくとも10日から2週間はのんびりした運動にとどめるべき」と完治の優先を強調。マリナーズの森本トレーナーも本紙の取材に「胃潰瘍は再発しやすい。本当は開幕から出場できたかもしれないが、新記録がかかる8~9月に症状が出たら、そこで休むのは致命傷となる」。球団側の措置は、長いシーズンを見据えたもので、当然だろう。
日本のプロ野球は、今季からスポンサー表彰で「サヨナラ賞」の新設を発表した。シーズン最もインパクトのあるサヨナラ打を放った選手を両リーグ1人ずつ選出し、受賞者には記念品と賞金200万円が贈られる。コミッショナーが認定するとあるが、最終的に本数で選出するのか、優勝を決めるような値千金の一発を評価するか、話題を呼びそうだ。
サヨナラ安打は、ランニングホームランと並んで、和製野球用語の中でもトップクラスのネーミングではないだろうか。ちあみに米国では、それぞれ“Walk―off Hit”、“Inside-the―park Home run”と表記する。サヨナラに相当するWalk-offは、1990年代以降から米メディアで使用するようになった。
iimuraさんのご指摘ですが、週刊ベースボールの不明の7・9%を考慮せず書いた私の大チョンボです。改めて計算するとA型36・8%、B型23・2%、O型31・8%、AB型8・2%となっています。
米国でプレーする日本人選手名鑑を11日付けのスポーツ報知に掲載した。日本プロ野球の選手名鑑を参考にして作成したが、血液型でO型の選手がマイナー契約8人を含めた23人中、11人もいることに驚いた。昨年も掲載した前川克彦投手を除き、初渡米の5選手のうち、川上憲伸、田沢純一、門倉健と3人もいた(上原浩治はB型、高橋建はA型)。
米国からの外電は、2月1日に行われる米国の国民的行事、NFL“スーパーボウル”に、米メディアも忙殺されてか野球の話題は、けっして多くない。もっとも、大イベントが終わる2月2日以降は、大リーグキャンプを前に一気に記事が増えるはずだ。
昨年のナ・リーグのMVP投票。私は、48本塁打、146打点で二冠王に輝き、特に9月のペナントレースの正念場で打率3割5分2厘、11本塁打、32 打点をマーク。世界一の立役者フィリーズのライアン・ハワードが選出されると思った。しかし、全米野球記者協会員の投票では369ポイント対308ポイン トでカージナルスのアルバート・プホルスが選出された。チームはナ・リーグ中地区4位ながらも、37本塁打、116打点にリーグ2位だった3割5分7厘の 高打率(ハワードは2割5分1厘)の安定した打撃に軍配が上がった。
1月12日に全米野球記者協会員の投票による米大リーグ(MLB)の殿堂入りが発表される(日本時間13日は日本でも殿堂入り発表)。個人的な興味は、15年間の投票有効期間の最終年となるジム・ライス外野手だ。昨年は392票を得たものの72・2%と当選必要ライン75%にわずか16票足らずに逃した。得票数を知らされたライスは「今日の結果に失望した。でも来年が残っている」と気丈に答えていた。
ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の投打の主軸として期待されているレッドソックスの松坂大輔投手とイチロー外野手が、ともに来季の目標を語った。そろって挙げたのが「WBCの連覇」。しかし、それ以外には松坂が「レッドソックスの世界一」だったのに対し、イチローは「9年連続200安打」と、2人が所属するチームの現状を象徴する対照的なコメントだった。
米国の野球殿堂が8日、ベテランズ委員会選出の殿堂入りメンバーにヤンキースなどで活躍したJ・ゴードン氏を選んだ。ベテランズ委員会は、毎年1月に発 表される通常の殿堂入り投票で15年間の資格取得期間に当選できなかった選手を、新たに選出するシステム。第二次世界大戦を挟んで、それ以前に活躍した選 手を12人の有識者が投票、戦後デビュー組は現存する殿堂入りメンバー64人が投票。75%以上の得票が当選ラインだ。
1984年以降、西暦偶数年に行われていた日米野球(1994年はMLBが選手会ストライキで中止)が今年は開催されなかった。1990年以降は毎回、 同行取材をしていた私にとっては数少ない出張のチャンスが消滅。それは原稿執筆の後に福岡・中州の屋台、札幌のすすきのに繰り出す2年に1度の楽しみが無 くなったことを意味する。
1996年、パーフェクTV!時代にスタートした「スカパー! MLBライブ」が今季限りで撤退することが決定的となった。9月になって契約者に通知が届き、番組のイニングの合間に「契約期間満了…」のためと何度も告知された。1997年9月からコメンテーターとしてお手伝いさせてもらっていただけに、私にとっても衝撃的な出来事だった。
公式戦48本塁打で146打点とともに2冠王となったフィリーズのライアン・ハワード内野手がポストシーズン11試合で不発、と26日付け本紙の「ヒルマニア」で書いた途端、第3戦で初アーチ、第4戦では2ランと3ランをかっとばした。柳田寧子記者によれば24日の移動日に、日本式打ち込みで調子を取り戻したのだという。2年前、日米野球で日本のファンを熱狂させたハワードが戻ってきた。
今季の米大リーグ(MLB)は、ポストシーズン進出の8つの椅子のうち、160試合を越えてから決まったチームが3つもあって、最後まで息のつかせぬ展開が繰り広げられた。ナ・リーグのワイルドカード(2位で最高勝率)となって、26年ぶりの進出となったブルワーズでは、CC・サバシアがディビジョンシリーズ第2戦の先発を含め、中3日登板が4度続いた。また、ア・リーグ中地区を163試合目で制したホワイトソックスも最終4試合はハビアー・バスケス、マーク・バーリー、ガビン・フロイド、ジョン・ダンクスの4本柱を特攻先発させて、ツインズを振りきった。
マリナーズのイチロー外野手が17日のロイヤルズ戦で8年連続200安打をマークした。19世紀末から20世紀初頭に活躍したウィリー・キーラーに並んだが、キーラーのバットが、東京ドーム21番ゲートにある野球体育博物館に所蔵されていることを今回初めて知った。
いつもは禅問答的なコメントが多いマリナーズのイチロー外野手が5日のヤンキース戦で、面白いコメントを残した。メジャー初先発のブランドン・モロー投手が8回2死までノーヒットの快投を演じていた。しかし、代打のウィルソン・ベテミットがイチローの頭上を越える二塁打で快挙を阻止したことで「(打球が)鳥に当たれと思ったけど、最後はおらんし、あかんわと。鳥に当たったらキャッチ出来るイメージをしてたんだけど」。本拠地セーフコ・フィールドは海に近く時折カモメが飛来する。7年連続ゴールドグラブ賞を受賞の名手らしくて、話をするイチローの顔が紙面から浮かんできた。
日本人メジャーのパイオニアと言われた野茂英雄投手が現役引退を表明した。彼の功績、そして日米の野球史にとっての位置づけは、スポーツ報知を始め多くの新聞に掲載された。私もヒルマニアで書かせていただいたが、他にも多くの思い出がある。中でも、1995年7月11日、テキサス州アーリントンで開催されたオールスター戦先発で見せた2回1安打無失点、ア・リーグの4番フランク・トーマスとの4球連続速球勝負で捕邪飛に抑えたシーンは、2度のノーヒットノーランにも優るものと断言できる。
2002年7月4日に亡くなった“パンチョ”こと伊東一雄さんの「七回忌」が14日に都内で行われた。生前の人柄を感じさせるように、会場内には約130人の方々が集まり、フジテレビが編集したパンチョさんの映像が流される中、思い出を語り合った。ちょうど10年前、デンバーで行われたオールスター戦でファン・フェスタの会場の前で、肩を叩かれた。振り返ると、テレビの取材に来ていたパンチョさんだった。
岩村明憲内野手所属のタンパベイ・レイズの勢いが止まらない。本拠で2位ボストン・レッドソックスに3連勝。一気にゲーム差を3・5まで広げた。松坂大輔、岡島秀樹両日本人投手に6回まで1点に抑えられていたが、レッドソックスの3番手以降のリリーフ陣を7回に、打者11人を送る猛攻を浴びせて大量6得点を挙げて一気に逆転した。
横浜から中日に移籍したばかりの小池正晃内野手が21日のロッテ戦から「2番・中堅」に入り、2試合で4打数2安打4打点。22日には2回の同点タイムリーに続き、7回には決勝の2点二塁打をかっ飛ばした。横浜に移った石井裕投手も20日の西武戦で1イニングを完ぺきリリーフ。今季、二軍生活がほとんどの両選手にとって、ともに心機一転となるトレードとなった。
巨人の調子が上がらない。横浜、広島と下位球団との対戦だった今週は、ファンの期待を見事に裏切る2カード連続の負け越し。ともに守護神クルーンでリードを守れなかった13日と17日の試合が響いている。17日には中日の岩瀬仁紀、西武のグラマンと開幕から無失点を続けていた絶対的な守護神2投手も初のセーブ失敗。これで5度以上のセーブ機会があって失敗のないのは阪神・藤川球児とヤクルトの林昌勇の2投手だけとなった。
4月30日、スカイパーフェクTV!で、フィリーズ・パドレス戦の解説を、中日を退団しレッドソックスの国際担当顧問に就いたデニー友利さんとご一緒させていただいた。この試合は、パドレスの超ベテラン、グレッグ・マダックス投手にメジャー9人目の通算350勝がかかる試合だった。
米大リーグ(MLB)デスクという仕事がら、現場に出るのはMLBのチームが来日した時に限られる。そのため、再会のあいさつ「久しぶりです。お元気ですか」のフレーズを何度言っただろうか。ウェイン・グラシックさんもその一人。在日スポーツライターとして活躍。米国に日本プロ野球の情報を発信している。
レッドソックス、アスレチックスの来日に合わせて、東京ドームや宿舎に赴き、久しぶりに内勤から解放されている。阪神の応援団のものすごさに驚き、巨人の栂野雅史投手の落差の大きいスライダー、坂本勇人内野手の溌剌としたプレーを実感出来たのは収穫だった。24日には、ホテル・ニューオータニで行われた2009年WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の開催要項発表を取材。米大リーグ(MLB)側の並々ならぬ意欲を感じた。
米大リーグ(MLB)には、いくつかのうらやましいイベントがある。その代表例が野球殿堂の表彰式だ。殿堂入りのOBに対して、日本ではオールスター戦の試合前か試合途中で表彰するのだが、MLBでは夏にニューヨーク市内から路線バスで5時間、レンタカーでも4時間はかかるクーパーズタウンで行う(今年は7月27日)。昨年は、ボルティモア・オリオールズ一筋で2632試合連続出場のカル・リプケンとこちらもパドレス一筋で首位打者8度の安打製造機トニー・グウィンが殿堂入りしたことで、史上最多の7万5000人の大観衆が詰めかけた。
プロ、アマ合同の日本野球規則委員会が今月10日、大差試合でバッテリーがまったく警戒しない中で、投球間に進塁した場合に付けていた盗塁を記録しないことを決
めた。これまでも、野球規則10・08(g)に「走者が盗塁を企てた場合、これに対して守備側チームがなんらかの守備行為を示さず、無関心であるときは、その走者には盗塁を記録しないで、野手選択(米国ではfielder‘s indifference=野手の無関心)による進塁と記録する」とあったが、日本では有名無実化して、盗塁としていた。しかし、米大リーグ(MLB)中継が頻繁となって、規則通りの“世界基準”が知れ渡ったための措置。昨年のMLBでは3点差でも同じケースがあり、公式記録員にはまた一つ、頭を悩ます仕事が増えたとも言える。
スポーツ報知では毎年12月に、記録PLAYBACKと題してプロ野球12球団とメジャーリーグの記録から見た回顧の特集を行っている。1980年にスタートして、毎年プロ野球担当記者の必須特集となっている。メジャー編は野茂英雄投手渡米の1995年から始まった。12月28日付けで、松坂大輔を1年目の野茂と比較した。改めて野茂のすごさを確認したので再録します。
セリグ・コミッショナーがオーナーを務めたことのあるミルウォーキー・ブルワーズの公式ページで、12月15日にリッキー・ウィークス内野手とビル・ホール外野手がミルウォーキー在住でリトルリーグに参加している彼らと同じアフリカンアメリカン、いわゆる黒人の少年少女計14人とともに、カンザスシティーにあるニグロリーグ博物館を訪れたという記事が掲載された。
セリグ・コミッショナーが起用したミッチェル元上院議員のリポートは当初、20人前後の実名公表と予想されていた。しかし、メッツのクラブに勤めながら薬物を選手に提供していたラドムスキー氏の証言によって88選手にも増えた。彼の顧客データや小切手などから、次々と名前が挙がっていった。
ドジャースが来季、ロサンゼルス(LA)移転50周年を記念して1958年から4年間本拠地として使用していたロサンゼルス・コロシアムで1試合公式戦を行いたいと発表した。同コロシアムは1923年に完成。1932年と84年のロサンゼルス五輪のメーン・スタジアム。また、アメリカン・フットボールの南カリフォルニア大・トロージャンズの本拠地として健在だ。ドジャースは1957年限りでニューヨーク市のブルックリンから移転した。その理由は、駐車場の狭さと観客席増のために新球場建設を市側に要求した(構想ではドーム球場だった)が、賛同を得られなかったためだ。同じようにニューヨークに本拠を置いていたジャイアンツも1958年にサンフランシスコ移転。ナ・リーグの看板カードが西海岸で行われるようになった。
日本シリーズは第2戦まで、昨年と同じように1勝1敗となった。第2戦は中日がワンサイドで勝ったが、第1戦はダルビッシュ有と川上憲伸が持ち味を発揮する、見応え十分の素晴らしい投手戦となった。そんな川上の1球の失投を見逃さなかった1回のセギノールの3ラン本塁打。その集中力は、第2戦でもソロアーチとなってチーム唯一の得点を叩きだした。クライマックスシリーズで5連勝した時のウッズのような存在感だ。
10月に入り、米大リーグ(MLB)の話題を独占しているのが、コロラド・ロッキーズの快進撃だ。私だけでなく、ほとんどのメディアの開幕前の予想は、ナ・リーグ西地区最下位。評判通りの強力打線が、タベラス、松井稼頭央の俊足1、2番と相乗効果を生み、不安視された投手陣は17勝したカナダ出身の左腕ジェフ・フランシスがエースに成長。7月からはパナマ出身の24歳、マニー・コーパスを抑えに回したのが奏功。5月21日の最大借金9をはね返し、公式戦163試合目のワイルドカード決定戦でパドレスと下すと、最終14試合に13勝の勢いを12年ぶりのポストシーズンでも7戦全勝と発揮。ついにワールドシリーズ出場も決めてしまったのだから、たまらない。
昨年11月に「イチローは半世紀の名手に選ばれるか」のコラムを書いたが、ゴールドグラブ賞制定50周年を記念して行われた「オールタイム・ローリングス・ゴールドグラブチーム」のファン投票の集計結果が22日に別表のように発表された。18人の外野手の候補者の中、ウイリー・メイズが外野手全投票の23%の得票率、ロベルト・クレメンテが21%を獲得して1、2位。3位はケン・グリフィーの9%とガクンと落ち、イチローは7位(得票率は不明)と私の予想を下回った。イチロー自身、7位に食い込んだことで「光栄です」とのコメントを残したが、本人は低過ぎると思っているのではないだろうか。私もイチローに1票を投じたが、オールスター戦のファン投票のような知名度、スポーツ紙などの媒体があまり告知しなかったことで、日本からの投票が少なすぎたとための結果と言えるだろう。米国の野球ファンに、真の意味で名外野手と定着させるためには、少なくともあと4年、つまり10年連続のゴールドグラブ賞受賞が必要なのかも知れない。
今、日本のプロ野球でお金を払って見たい選手のNO1と言えば、日本ハムのダルビッシュ有投手だろう。150キロを越えるフォーシームにツーシーム、カーブ、スライダー、フォーク、カットボール、チェンジアップを投げると言われるが、速球系8割に変化球2割を196センチの長身から小気味よく投げこんで、ほれぼれする。ソフトバンクの斉藤和巳投手が右肩の筋疲労で戦列を離れているだけに、ダルビッシュのパワー・ピッチングは交流戦で戦うセ・リーグにとっては脅威と言う他はない。
早大・斎藤佑樹投手が20日の明大戦で3勝目を挙げた。1年生が春季シーズンにすべて先発で3勝をマークしたのは1927年の宮武三郎(慶大)以来と書いたのは報知新聞と日刊スポーツ。報知ではプロ野球の「記録室」も担当する佐藤智寿記者が調べた。同記者は斎藤の1年生の春季シーズンの開幕戦勝利なども、シーズン前から野球体育博物館に足を運んで調べ、紙面に掲載するなど、未整理となっているアマ野球の記録も発掘している“記録マニア”でもある。
米国時間5月13日、米大リーグのテレビ中継をごらんになった方は気付いたと思うが、スタジアムがいくつものピンク色に彩られた。全選手の胸にピンク色のリボンのマークを着け、リストバンドを使用。各ベースにはロゴマークが入り、選手によってはピンク色のバットでプレーしていた。これはすべて、母の日に併せて乳ガン撲滅キャンペーンの一環。これが父の日(6月の第3日曜日)になると、前立腺ガン撲滅キャンペーンとなり、水色のリボンやリストバントを着用する。
AP通信は連日多くの米大リーグ(MLB)の情報を流している。かつてはテレタイプでロール式の用紙に印刷されたものを項目事に切り取って整理していたが、今では項目事にプリントアウトすれば良いので随分仕事はし易くなってきた。AP通信で昔から変わらずに送信してくるのが「This Date in Baseball」。つまり、日付ごとに過去に起こった出来事、いわゆる歳時記だ。
西武の裏金問題に関する調査委員会が4日、中間報告を発表。2005年の「倫理行動宣言」以前に、合わせて14億円にものぼる「裏金+不正支出」の存在を明らかにした。有識者による調査委員会の報告は、西武が金銭の流れを帳簿処理していたことで明るみとなった。アマチュア選手との契約前5選手に計6160万円、入団契約時に規定以上の金額を計15選手に計11億9000万円。そしてアマチュア関係者のべ170人に約1億3500万円の謝礼を支払っていた、としている。
2月27日にベテランズ委員会による野球殿堂選考が行われ、今年も選出者なしとなった。当選には84票中75%以上となる62票が必要だったが、通算最多の342本塁打しカブスの名三塁手だったロン・サント氏が57票でトップ、次いで通算283勝したジム・カート氏が52票。監督、フロント、審判などの関係者部門では1962年から92年まで31年間、ナ・リーグの審判を務めたダグ・ハービー氏が52票、史上最強の選手会を作った初代委員長マービン・ミラー氏の51票といずれも当選ラインに届かなかった。
運動具メーカーのローリングス社が「ゴールドグラブ」50周年を記念して、半世紀の名手を選ぶ投票が始まった。http://www.rawlingsgoldglove.com/
このニュースを、米大リーグ(MLB)のフランチャイズのある各地元紙が取り上げており、中でもセントルイスのポスト・デスパッチ紙は、ノミネートされた50人中、カージナルス在籍中に選ばれた9選手の写真も掲載して特集。盛り上がりから見て、MLBのイベントとしては、1999年のセンチュリーチーム以来の注目度になりそうだ。
年が明けて、スポーツ新聞の“メシのたね”は、自主トレを非公開にしているレッドソックスの松坂大輔投手に代わって、早大入りが決定的な早実・斎藤佑樹投手となった。一挙手一投足が紙面で大きく取り上げられているが、年配の野球ファンにうれしいのが六大学のかつての名選手がメモとして登場してくることだ。1月20日、斎藤投手の「打撃でもチームに貢献したい」という言葉に各記者が反応。スポーツ報知でも最近の打撃の良かった投手を挙げて、昔を思い出させてくれた。
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