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2017年8月29日 (火)

28日は、御神本訓史騎手、そして繁田健一騎手が実戦復帰を果たしました。

そしてもう一人、

復帰を待つジョッキーが。

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6月20日の船橋競馬2Rで、

馬場へ入場する際に落馬負傷。

右足の踵を骨折した森泰斗騎手。

7月には本紙のコラムで状況を話していただきましたが、

またひと月過ぎたところで、

今週末の船橋競馬1日目(9月1日)、

本紙のコラム「森泰斗のタイトリスト」のなかで、

リハビリ中の近況などを話してくれる予定です。

森泰斗騎手のファンのみなさん。

必読ですsign03

2017年5月 9日 (火)

本日は競馬の話ではなく、

本日9日付けの本紙終面で記事になっている山本篤選手にエールをと思い書きます。

 

記事を読むと、

山本選手はリオデジャネイロ・パラリンピック走り幅跳び銀メダルリスト。

スノーボードで18年冬季平昌大会出場を狙い、

20年夏季東京大会の走り幅跳びでは、世界記録で金を狙う。

 

そのなかで左足を17歳の時に切断とある。

実は、私自身も左足を切断しております。

その箇所も義足をみると、山本選手と同じで、

膝から下を切断。

 

ただ、自分の場合は、小学校1年生だったか、2年生の時の交通事故。

山本選手の17歳での手術は、それは大変だったと思う。

 

小さい頃なら、

なんかそう意識することなく、

義足をずっとはいていくのだと思い、自然と慣れるところはあったが、

それが思春期あたりでの手術は、僕の場合とは違うと思う。

 

しかし、編集後記に切断はしたが、山本選手は「得たものしかない」と、

言い切ったとある。

さらに義肢装具学科に進学して、自ら不具合の調節ができる。

と。彼は前しか向いていないのだろう。

 

義足は、

4種使い分けで、短距離用、日常生活用、スノボ用と使い分けているという。

 

それで、自分はというと、

もうデブデブの体型で…coldsweats01

まあ、情けないのですが、

 

それでも、昔話しになりますが、

ロンドン五輪を目指したのです(すぐに挫折)。

 

当時、競輪の現役選手だった菅野浩司選手と出会い、

自転車競技出場を目指しました。

というより、思った。

 

しかしながら、菅野さんの指導を待つまでもなく、

地元・中山の坂路コース(坂道)で、

調教を積む(鍛えている途中)も膝が…。

膝が悲鳴をあげてしまい。

そこで万事休す。

あきらめました。

 

自分はもう体を動かすことはなく、

砂の上を歩いています。

 

スポーツで活躍する山本選手のことを知って、

やっぱり、エールを送りたいですね。

超人的な跳びを見せてほしい。

 

 

2017年4月14日 (金)

17日に森泰斗騎手から、「2000勝」を達成した際に作成された記念クオカードのプレゼント(5人に)が紙面で掲載されました。

 

見逃した方に、ここで改めて。

応募は、郵便はがきに〒住所、氏名、年齢、電話番号、地方競馬面へのご意見、ご要望を明記し、〒108―8485 報知新聞社編集局レース部競馬班「森泰斗騎手クオカード」プレゼント係まで。締め切りは4月17日(必着)。発表は賞品の発送をもって代える。

まだ間に合います。

 

 

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2016年12月31日 (土)

2016年の競馬が終了しました。

あまりというか、

かなり貢献できなかったと思いますが、

当ブログをのぞいていただき、

1年間ありがとうございました。

 

もう少しで年が明けます。

 

来年もこれまでやってきたことを続けると同時に、

予想はやはり、センス、と切れが大事。

 

これが欠けてると、ダメなんです。

 

センスを磨いて、切れ味を磨いて、

スパッと、いいの当てたいです。

地方も中央競馬も。

 

みなさま、よいお年をお迎えください。

 

2015年9月 7日 (月)

9月7日は、

川島先生がお亡くなりになられた日。

あの日から、

一年が経ちました。

突然の知らせでした。

正太郎くんから電話がかかってきました。

病院で亡くなりました。

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厩舎へ向かい、

先生のもとへ。

それまで、

競馬場では、

ときより、

厳しい表情があり、

大変なんだとは、

感じてましたが。

でも、

先生なら、

そんな気持ちでいました。

いろいろな、

思いがこみ上げてくるなか、

原稿は書かないといけない、

そんな思いでした。

先生が残した功績はもとより、

何よりも、競馬の発展のため、

ファンを大事に、

競馬をスポーツとし見てもらいたいと、

ことあるごとに話していました。

地方競馬は、

木でたとえるなら、

木の根っこなんだ。

この根っこの地方競馬が、

ささえていかなくてはならない。

名馬フリオーソを筆頭に、

数々のスターホースを送り出し、

そして、人を育てて、

内田博幸、戸崎圭太さんをJRAの騎手へ。

そして、

ミルコ・デムーロ騎手、クリスチャン・デムーロ騎手の、

この兄弟も、

先生のもとで短期免許で騎乗していたのです。

先生は、

ミルコについては「のみ込みが早かった」と話してました。

いまや、

みんな花形ジョッキーに。

戸崎さんがリーディングに立っていたころでしたか、

そんなときでした。

船橋開催で、先生の馬に騎乗しながらも、

勝ち星を重ねられないときがありました。

先生、戸崎さんどうしたのでしょう?と、

問うと、「リーディングジョッキーなんだから、

リーディングらしく乗るよう」と。

その時だけで、

もう次の開催からは、

なにか吹っ切れたように勝ち続けました。

しかし、

残した形跡は大きいです。

正太郎くんは、

今厳しいと思いますが、

「根を上げずに我慢する」。

先生は、こういう言葉をかけていました。

これからです。

先生の意志を受け継ぎ、

佐藤裕太厩舎が開業。

川島正一厩舎ともに、

残されたスタッフが、

あすの1勝を目指してます。

船橋ナイター開催の、

ライトアップを見ることなく、

他界されました。

でも、きっと、

天国で、船橋競馬場を見守ってくれてます。

 

後日、

お墓参り行きます。

昨年は、

いや、

たどり着くまで、

奥さんにそうとう、

迷惑をかけてしまいました。

今度は、

迷わずに、

行けると思います。

 

2015年6月14日 (日)
2014年11月27日 (木)
2013年11月 4日 (月)
2013年9月 1日 (日)
2013年8月28日 (水)