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2016年7月26日 (火)

富士登山競走

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 明日27日のスポーツ報知(東京本社版)は、22日に開催された富士登山競走を取り上げてます。悪天候のためメーンの山頂コースは五合目で打ち切りになりましたが、34年ぶりに大会新記録が生まれた五合目コースをクローズアップ。ヒーローは今年1月の箱根駅伝で東洋大の5区走者として区間3位と健闘した五郎谷俊(23、コモディイイダ)で、標高差1480メートル・距離約15キロの同コースを1時間17分5秒で制しました。
 「ずっと富士登山競走に出たかったから勝ててうれしい」と五郎谷。2年連続、箱根駅伝5区を走ったトップランナーですが、5区に初めて抜てきされた4年時は低体温症に陥り1時間22分14秒で区間11位。父親の急死後、留年して再挑戦した今年の5区は1時間19分53秒で区間3位。苦しみと悲しみを乗り越え、「山のスペシャリスト」として成長を続けています。今春、首都圏に81店舗を展開する食品スーパーで、実業団チームをもつ「コモディイイダ」に就職。仕事に加えて、往復26キロの通勤ランと週3回の全体練習をこなしています。
 来年は標高差3000メートル・距離約21キロの山頂コースに挑戦。「スピードがない僕が力を発揮できるのは上りしかない」と強調してました。

 写真=登山道を苦しそうに上るランナー(飯田貴紀さん提供)


 

2016年7月21日 (木)

祝ベスト 昼休みペース走

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 「祝ベスト」第17回は3月の古河はなももマラソンで2時間52分8秒をマークした佐藤学さん(44)=茨城・小美玉市=。昼休みの短い時間に10キロのペース走を続けてベストを更新しました。

 社会福祉の仕事で連日、残業。帰宅は午後11時前後になる日が多かった。寝不足で疲労が抜けず、今年1月の勝田は両脚がけいれんして不本意な3時間2分57秒に終わった。
 「これじゃ、まずい」と3月の古河はなももに向けて仕切り直し。練習時間を確保するため、昼休みを使ってペース走を行うことにした。1キロ4分10秒で10キロがノルマ。40数分走って昼食をかき込み、午後の仕事に入るのが日課になった。週末は1キロ4分30~50秒で30~40キロ走、4分20秒以内で20~30キロのペース走を繰り返した。
 レースでは毎回、「スピードがないからイーブンで」と心がける。古河はなももでは20分前後の5キロのラップをキープ。35キロを過ぎてやや失速したものの、2時間52分8秒でゴール。昨年の同大会での記録を1分25秒更新した。
 ここ数年、月間走行距離は500キロをキープ。2012年11月の神戸を2時間59分35秒で走って初サブスリーを達成したが、翌13年に入って右アキレス腱を痛めて3月から11月まで走れなかった。その経験から負荷の高いインターバル走などは封印。「コツコツ走る」距離重視の練習スタイルに変えた。
 35歳のころ、「打ち込めるもの」を探していた。居住地の茨城県には、かすみがうら、つくばなどのマラソン大会が多いこともあって、「試しにマラソンに出てみるか」と決意。07年4月のかすみがうらが初フルで、3時間52分46秒で完走した。レースの達成感、爽快さに感動して現在に至っている。
 「マラソンは自分の性格にすごく合ってました。最後まで諦めずに頑張れば、記録が伸びて自信や生きがいにつながる。仕事や人間関係で心と体が疲れても、走ることでリセットできる。メンタルコントロールという意味でもランニングは欠かせません」
 走り始めて間もなく10年。フルの出場回数も25回を数える。今季は10月の水戸黄門漫遊が初戦。「地元の第1回大会ですから楽しみ。うまく体を作って走りたい」と力を込めた。
 ◆佐藤 学(さとう・まなぶ)1972年1月18日、東京・葛飾区生まれ。水戸石川走友会所属。171センチ、55キロ。血液型O。
 写真=昨年12月の三浜駅伝大会で力走する佐藤さん

 次回「祝ベスト」は29日

2016年7月14日 (木)

祝ベスト 母校への思い

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 「祝ベスト」第16回は2月の東京マラソンで3時間30分34秒を出した荒川奈々さん(31)=東京都=。母校の後輩に力をもらってハーフのタイムを伸ばし、東京の好結果につなげました(記録はネット)。

 2013年9月、学生時代の友人から11月開催の小江戸川越ハーフマラソン(埼玉・川越市)に「一緒に出ようよ」と誘われた。川越は小3から27歳まで過ごした「ホームタウン」だったから即決。練習をして10キロの部に臨み、46分44秒でゴール。「街中を走れて楽しかった」と初レースを無事に終えたが、ハーフの部のコースは母校・鯨井中の前で折り返すことを知り、「来年は必ずハーフに出よう」と決めた。
 翌14年1月、主に都内で活動する恵比寿ランニング食堂に入会。フェイスブックなどを通じ、ラン仲間も一気に増えた。11月の湘南国際で初フルを迎え、3時間49分55秒の好タイムでフィニッシュ。気分よく同月末の小江戸川越のスタート地点に立った。
 念願のハーフ。鯨井中の前には多くの生徒が出迎え、ランナーたちを応援。コンクールで好成績を残す吹奏楽部の演奏にも背中を押され、1時間37分31秒で走った。翌15年11月の同大会では1時間35分49秒でハーフベストをマーク。一般女子の部8位に入り「後輩たちとハイタッチして元気をもらった。うれしかった」と感動した。
 鯨井中時代、3.2キロの校内マラソン大会で1年時に2位、2、3年時は優勝と、走ることに自信をもてた。その一方、所属したバスケットボール部では「球技は苦手で瞬発力もなかった」ため、レギュラーになれなかった。喜びと悔しさ。いろんな思いが詰まった母校との縁は、十数年の時を経ても切れていなかった。「ランナーになってよかった。私はやっぱり走ることが好きなんだ」。学校の前を駆け抜けた時、しみじみとそう思った。
 小江戸川越でパワーを蓄え、3か月後の東京はタイムを狙ってスタート。「初出場で楽し過ぎて前半から突っ込みました。1キロ4分50秒前後でいってしまい、38キロから大失速でした」と反省するものの、3時間30分34秒でゴール。15年1月の勝田で出したベスト記録を16分18秒も更新してみせた。
 社会保険労務士の荒川さんにとって、7月は最も多忙な時期。週1~2回、スポーツジムでバイクをこいだりトレッドミルで体を動かすのがやっとだが、「今年はつくばにエントリーします。そろそろ走る時間を増やさないと」と秋のレースを見すえる。小江戸川越は外せない大会になって、「育った場所でエネルギーをもらって、どこかのフルでサブ3.5を達成したい」と意欲をかき立てた。
 ◆荒川 奈々(あらかわ・なな)1985年7月8日、東京都生まれ。158センチ、血液型A。
 写真=皇居付近をジョギングする荒川さん

 次回「祝ベスト」は22日

2016年7月12日 (火)

1621回 フルマラソン完走

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 明日13日のスポーツ報知(東京本社版)は、フルマラソン完走数日本一を誇る渡邊敏子さん(67)に密着してます。1997年12月のホノルルから2016年7月12日のドリームチャレンジマラソン(新潟市)まで、走り切ったフルは1621回。ここ数年は週5日のペースで回数を重ねながら、昨年1月の勝田では3時間29分22秒の自己ベストをマークした鉄人さんです。 
 普通の一般ランナーだった渡邊さんは05年2月、フル百回楽走会に入会すると、200回、300回の完走実績を持つ先輩たちに衝撃を受けました。兵庫・姫路市から新潟市に転居後は同会のランナーに勧められ、「ドリームチャレンジ」「信濃川」「新潟島」「新潟日和山」の各大会を新設。「1回でも完走数を増やしたい」という思いから、これらの手作り大会1417回、国内外の一般大会204回を駆け抜けてきました。
 目標は70歳までに2000回を達成すること。「長年、教師をしてきたから、走り続けることで『先生は年とっても頑張ってるんや』と教え子たちに伝えたい」と意欲的でした。

 写真=10日のジョイフルマラソン(神奈川・平塚市)に出場した渡邊さん

2016年7月 8日 (金)

祝ベスト 夜通しロング走

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 「祝ベスト」第15回は1月の勝田マラソンを3時間31分55秒で走った中山奈々さん(34)=東京都=。深夜から早朝までのロング走を取り入れ、6月のサロマ湖100キロウルトラマラソンも昨年の記録を大幅に更新する11時間14分8秒をマークしました(記録はネット)。

 子供のころは球技が苦手で、中学、高校とも美術部で過ごした。大学時代も「インドア派で飲んでばかりでした」。運動とは無縁の人生だったが、2011年の東京マラソンが運命を大きく変えた。
 出場した知人を応援に行って、沿道から3万人以上のランナーを眺めた。楽しそうな光景に「このくらいのペースだったら私も走れそう。でも、フルは無理かな…」。数日後にはランニングシューズとウェア一式を購入して、ウォーキング開始。走る距離を少しずつ伸ばし、ラン仲間もできた。
 ある日、ワインを飲んで仮装で走るフランスのメドックマラソンのことを知った。旅行とワインが大好きだったため、13年9月の大会に友人たちと参加。ももいろクローバーZの格好をして制限時間ぎりぎりの6時間30分でゴール。「楽しかった~。私はマラソンが好きなんだ」と認識し、これまでフルの出場回数は12回を数える。
 ここ2年は年末のロング走が好結果を生んだ。14年末は午前中の25キロ走に加え、深夜から翌朝までは多摩川沿いで55キロ走。翌15年3月の横浜で出したベスト記録・3時間36分55秒につなげた。同年末には早朝の42キロ走と、深夜から翌朝まで東京・新木場から神奈川・江ノ島までの60キロ走。翌16年1月の勝田は3時間31分55秒と、自己ベストを5分更新した。
 勝田までの3か月間、月間走行距離は平均約150キロほどだったが、「真冬に夜通し走って精神力と持久力がついたような気がします」。100キロ初挑戦となった昨年のサロマ湖は11時間44分40秒で完走。今年のサロマ湖は5月の連休中に50~60キロ走をして臨み、前回を30分32秒も更新する11時間14分8秒でフィニッシュ。ラップタイムもラスト10キロが最高で、58分30秒を刻んだ。
 スポーツと縁遠かった少女がフルや100キロの常連に。予想外の展開に「小中高、大学の友だちみんなが私の走りを見て驚いてる。これからフルに挑戦する子もいて、また仲間が増えそう。私ができたから自分も、と思ってもらえればうれしいな」と笑った。
 秋以降の大会は未定。去年の自分を超えることを目標にしつつも、「国内外の旅ランを楽しみ、いつか47都道府県のフルを完走したい」と目を輝かせた。
 ◆中山 奈々(なかやま・なな)1981年10月17日、神奈川県生まれ。恵比寿ランニング食堂所属。154センチ、血液型AB。
 写真=東京・千代田区内をジョギングする中山さん

 次回「祝ベスト」は15日

2016年7月 1日 (金)

祝ベスト インターバル大好き

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 「祝ベスト」第14回は3月の横浜マラソンで3時間33分33秒をマークした間瀬ゆきさん(35)=東京都=。ロング走は苦手でも、短距離を追い込むインターバル走で結果を残しました(記録はネット)。

 「体がたるんできたな。運動しなきゃ」。そう感じたのは2014年の春。当時、「何か目標をもってチャレンジしたいな」と思案していて、翌15年3月の第1回横浜マラソンへのランニングクリニックが開催されることを知って即、応募した。学生時代に運動経験はなかったが、約10か月かけてフルマラソンを走れるようにするトレーニングの場に飛び込んだ。
 ランニングフォームや練習方法、給水や食事のことなど、走る基本を学んだ。初フルとなった横浜は3時間45分59秒でフィニッシュ。同大会は距離不足が判明して正式な記録としては認定されていないが、サブフォー級の実績をゲット。さらに「20キロを過ぎて失速しました」と今後の課題も明確になった。
 走る環境に身を置くようになって、交友関係が一気に広がった。下は20代から上は70代まで。ラン友から知識や情報を吸収するうちに、食生活も変わってきた。「以前はあまり食べずにビールばかり飲んでましたが、3食きっちり食べるようになった」ことで、体重は4キロ増えた。
 もっとも、練習内容には「好き嫌い」があって、ロング走が苦手で短い距離を追い込んで走るのが得意。1キロを4分ほどで走り、約200メートルのジョグでつなぐインターバル走を積極的にこなした。今年3月の横浜に向けた月間走行距離は12月が約60キロ、1月135キロ、2月147キロ。3週間前の30キロ・ペース走(1キロ5分20秒)も26キロで終わってしまい、もうひとつ距離を踏めなかった。
 それだけに、本番の横浜は「突っ込まない」と自重した。最初の5キロのラップは25分42秒で入り、30キロまでは24~25分台をキープ。終盤は26分台に落ちたものの、3時間33分33秒で走り切った。前年の記録を12分26秒更新し、「あら、速かった。すごい」と本人も驚くナイスランだった。
 走歴は2年を超えたばかりだが、「支えて励ましてくれる仲間ができたから頑張れる。60代、70代の人がイキイキしていて、私もそうなりたい。目標に向かって頑張ること、努力することにやりがいを感じていて、今は走ることが生活の中心です」。次のターゲットは「サブ3・5を達成したい」と意欲的だった。
 ◆間瀬 ゆき(ませ・ゆき)1980年10月23日、千葉県生まれ。恵比寿ランニング食堂所属。156センチ、45キロ。血液型B。
 写真=皇居近くをジョギングする村上さん

 次回「祝ベスト」は8日

2016年6月28日 (火)

函館マラソン「全国区」の予感

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 明日29日のスポーツ報知(東京本社版)は、26日に北海道・函館市で開催された「函館マラソン」を特集。1991年から昨年まで続いた函館ハーフマラソンが北海道新幹線開業を記念してフルの部を設け、新たな大会名で生まれ変わりました。
 当日は風速7メートルの強風と冷たい雨に見舞われ、「きつかった」という声が圧倒的。それでも、津軽海峡や函館山、赤レンガ倉庫を望むコースは北海道屈指の観光地・函館ならではのもの。36キロ地点の第10エイドでは、はこだて冷やしラーメンやウニとイクラと昆布がのった漁り火がごめ丼、夕張メロンなどの地元フードが並び、おなかをすかせたランナーたちに大好評でした。
 昨年は北海道外からの参加者は全体の25%でしたが、今年は41%に急増。「全国区」になりそうなパワーを秘めた大会です。
 写真=20キロ過ぎの漁火通。強烈な向かい風にランナーたちも苦しそう

2016年6月24日 (金)

祝ベスト 60代でピーク

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 「祝ベスト」第13回は昨年11月のつくばマラソンで3時間3分57秒をマークした原田直さん(63)=千葉・浦安市=。今季の目標はズバリ、60代でのサブスリー達成です。(記録はネット)

 2007年2月、テレビに映った第1回東京マラソンの光景に目を奪われた。「こんなに楽しいことがあるんだ。自分にもできるんじゃないか」。制限時間7時間。幅広い年代のランナーが笑顔で走っていた。「次は出るしかないな」。54歳の誕生日を前に、フルマラソン完走を目指して走り始めることを決意した。
 初フルとなった07年6月の六無月東京喜多は30キロ以降に両脚がつって4時間2分28秒、08年2月の東京は35キロ過ぎに右ひざの異常で歩いてしまい4時間17分36秒と、続けてフルの「洗礼」を受けた。月間走行距離を300キロに増やして臨んだ東京で右ひざをひどく故障し、距離は200キロ前後にして「量より質」のスタイルを追求してきた。
 以後、雑誌やインターネットなどで研究を重ね、サブ3.5は4年かかったものの毎年、記録を更新。平日は帰宅後、夜間に約10キロ走り、週末はスピード練習がわりにレースに出場することが原田流だ。
 昨年11月末のつくばに向けた日程は、8月末の富士吉田火祭りロードレースから11月中旬の坂東市いわい将門までハーフを5レース消化。10月上旬には東京30Kを入れ、同月下旬には皇居8周の40キロLSDをこなした。本番のつくばは30キロ以降に失速したが、前年の記録を16秒縮める3時間3分57秒でゴールした。
 ランニング専門誌「月刊ランナーズ」の全日本マラソンランキング(15年度)では62歳の部で5位。同年齢以上のサブスリー達成者が5人となり「目標は当然、サブスリー」と言い切る。一方、60歳を過ぎて記録の伸び幅が少なくなってきたため「遠い将来を考えても難しい。これからは1シーズンごとを全力で挑戦する」という。
 高校、大学と陸上部で1500、5000メートルの中距離種目に打ち込んだ。そして、30年以上の時を経て、再び走ることで夢を追うようになった。
 「マラソンの効用は健康とアンチエージング、いつまでも現役でいられること。自分の体調と相談しながら何歳までも続けられる。孤独なスポーツではなく、仲間と一緒に楽しめる。お互いに励まし合い、それぞれ目標をもって高め合えれば最高ですよ」。還暦を過ぎてピークを迎えた男の言葉には、意欲と喜びがあふれていた。
 ◆原田 直(はらだ・なおし)1953年3月12日、千葉・市川市生まれ。EERC所属。167センチ、55キロ。血液型A。
 写真=今年2月の東京ベイ浦安シティ・ハーフ男子60歳以上の部を1時間26分50秒で優勝した原田さん

 次回「祝ベスト」は7月1日

2016年6月16日 (木)

祝ベスト 貧血克服

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 「祝ベスト」第12回は3月の横浜マラソンを3時間39分5秒で走った北村美穂さん(39)=横浜市=。貧血と座骨神経痛に苦しみながら、仲間の励ましを受けてのナイスランでした。

 中学、高校と吹奏楽部で運動とは縁がなかった。30歳を過ぎ、自宅近くのスポーツジムに通い始めて人生が変わってきた。
 ジム仲間から勧められ、10キロやハーフの大会に加え、新横浜駅近くの鶴見川沿いで行われる月例マラソンに出場。2009年9月にはダメもとで応募した東京マラソンの当選通知が届いた。「フルなんて無理だよ~」と仲間に話すと、逆に「こんなチャンスは2度とないからきちんと練習しなさい」と諭された。
 初フルとなった翌10年2月の東京は「距離が長く感じて、つらくてつらくて…」。途中のトイレにこもって友人と長電話し、5時間以上かけてゴール。そんな苦い経験を重ね、走ることとしっかり向き合った。平日はジムのマシンを使って体幹を鍛え、トレッドミルで走り込み。週末は戸外でのロング走が練習パターンとなった。
 フルの記録が向上し、走ることが楽しくなった。昨年2月の東京は3時間42分0秒のベストタイム。翌3月の横浜は3時間45分48秒、4月の長野は3時間43分18秒と健闘したが、3か月連続のフルはダメージも残った。座骨神経痛を患い疲労も抜けず、「軽いジョグでも息が上がって会話ができない。私1人が全速で走っているみたい」な状態となった。
 11月の神戸は18キロ過ぎから歩きが入って4時間43分44秒。体調が戻らず病院で検査を受けると「スポーツ貧血」と診断された。以後、投薬と安静に努めて体力の回復を待った。年明けから週末のLSD20~30キロができるようになり、トレッドミル上のインターバルも消化。1キロを5分45秒、30秒、5分切りと上げる20キロのビルドアップ走で仕上げて3月の横浜を迎えた。
 最初の5キロは26分弱、以後30キロまでのラップは24~25分台で通過。「苦しくて心が折れそうになった」32キロ過ぎには、何かとアドバイスしてくれる実績十分の女性ランナーに、35キロ付近ではボランティアをしていた知人に励まされて持ちこたえた。後半の失速は26~27分台前半に抑え、昨年の東京を約3分更新する3時間39分5秒で走り切った。
 ジムの仲間は20~60代の男女9人。年代は違っても平日から顔を合わせ、大会やトレイルなどに一緒に出かける。「皆さん、マラソンを通じて刺激しあえる人たち。私は年齢的に太りやすくなったので、みんなと頑張って体型を維持したい」。友に感謝し、ともに飛躍することを誓った。
 ◆北村 美穂(きたむら・みほ)1976年9月25日、横浜市生まれ。148センチ、42キロ。血液型B。
 写真=神奈川県の大山でトレイルを楽しむ北村さん(5月、右から2人目)

 次回「祝ベスト」は24日 

2016年6月14日 (火)

阿蘇復興応援ピクニックラン

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 明日15日のスポーツ報知(東京本社版)は、今月4日に熊本・阿蘇市などで開催された「阿蘇復興応援ピクニックラン」を取り上げてます。同大会は4月の熊本地震の影響で中止になった阿蘇スーパーカルデラマラソンの代替大会として、同市のアウトドアショップ・阿蘇ネイチャーランドの上原一真さん(24)がフェイスブックで参加を呼びかけて実現。40キロと20キロの部に応募した78人が阿蘇スーパーカルデラのコースの一部を走りました。
 大会の主旨は「地元の食材を食べ、カルデラや阿蘇市内を観光しながら走って応援しよう」というもの。ランナーたちは地元の15店舗から提供された赤牛味噌にぎりめし、そば団子、いきなり団子、無農薬のさくらんぼ、馬肉コロッケなどを各エイドで堪能しながら、阿蘇カルデラなどの雄大な景色の中を駆け抜けたそうです。大雨のため、40キロの部は20キロ地点で中止になったものの、バスで移動後、阿蘇神社を参拝して商店街のエイドを楽しんだとか。
 上原さんは「私自身が今回、阿蘇スーパーの100㌔に初挑戦する予定で、その受け皿としての大会を作り、シリアスにならずに多くの方と楽しく復興していこうという思いから企画しました。遠い埼玉や大阪から来た方もいて感謝してます」と満足そうでした。

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