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大会レポート

2017年8月11日 (金)

走り旅の喜びと達成感

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 北の大地を駆け抜ける「TRANS・YEZO」(トランス・エゾ)は11日、第6ステージ(富川―浦河)が終了。右手に太平洋を見ながら進む約84キロの行程ですが、サラブレッドの生産牧場が次々と現れます。大狩部周辺の広大な牧草地には未来のGⅠ馬?が並び、記念写真のスポットになってました=写真=。
 今年で21回目を迎えた大会は、呼び掛け人の御園生維夫(みそのう・ゆきお)さん(51)自身の体験から生まれました。30歳の時、年末年始に京都~東京間535キロを6日間で走破する「東海道五十三次ジャーニーラン」に参加。両足首がはれ上がりボロボロの状態でゴールしたものの、喜びと達成感が大きく「この感動を多くの人に伝えられないか」と、壮大な「走り旅」創設を思いつきました。
 舞台は大学時代を過ごした北海道とし、タイムや順位よりも自然や文化、出会いを「ゆっくりと楽しみ、旅をするように走る」ことをコンセプトに掲げ、制限時間も早歩き程度の時速5.5キロを基準に設定。ルールはコースマップを頼りに必用な荷物を担いで走歩すること。エイドや誘導も最小限にし、ランナーが自力で乗り切っていく大会としました。
 そんな夢プランを詰め込んだトランス・エゾは、1997年にスタート。99年までは襟裳岬から宗谷岬を目指すコース「toそうや」で行われ、2000年に宗谷岬から襟裳岬までの「toえりも」、宗谷岬と襟裳岬を往復する「アルティメイト・ジャーニー」を新設。二つの岬を往復する距離は1096.8キロに達し、継続する大会では世界最長とされます。

2017年8月10日 (木)

北海道で大人の合宿

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 北海道を縦断する「TRANS・YEZO」(トランス・エゾ)は10日、第5ステージ(栗山ー富川)が終わりました。前日までは3日連続、80キロ以上の距離を踏破。この日は72.1キロですから、ちょっとひと息つけたはずです。
 コースは広大なタマネギ畑や山間部を抜け、鵡川からは太平洋側を南下。ゴールの富川まではサラブレッドの牧場を眺め、一行はスタートの宗谷岬から400キロ地点を通過しました=写真=。
 初出場の小川久美子さん(42)=東京都=は、宗谷岬と襟裳岬を往復する「アルティメイト・ジャーニー」(1097.3キロ)にエントリー。「ここは、ふだんの大会とは別もの。エイドやお手洗いもない。毎日、コース図を渡されますが、初日は道に迷って16キロ余分に走った。どうやって楽しむか、まだ手探り状態です。でも、石狩川は力強く、空と海が大きく見えました」と振り返ってます。
 トランス・エゾは1~2週間のステージレース。毎日、コースが変わり、宿舎では毎晩、翌日のコース概要などがスタッフから説明されます。「雰囲気は大人の合宿みたい。参加者はリピーターが多く、皆さん、個人の価値観を大切にしていて、自分なりのスタイルで楽しみ苦しんでいる感じ。人と比べずにマイペースで走るレースです」と小川さん。ルーキーには新鮮な発見が多いようです。

2017年8月 7日 (月)

21回目のトランス・エゾ

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 北海道の宗谷岬と襟裳岬を往復する世界最長約1097.3キロのウルトラマラソン「TRANS・YEZO」(トランス・エゾ)が6日、スタートしました。荷物を担ぎ2週間かけて北の大地を縦断する「走り旅」は今年で21回目。昨年に続き、ゴールを迎える19日まで随時、リポートします。

 6日午前5時、全国から集まったランナーたちが日本最北端の宗谷岬を出発しました。今回は宗谷岬と襟裳岬を往復する「アルティメイト・ジャーニー」に5人、襟裳岬を目指す「toえりも」(541.2キロ)に3人、襟裳岬から宗谷岬を目指す「toそうや」(556.1キロ)に9人、途中ステージからの参加者1人の計18人がエントリーしてます。
 第1ステージの6日は宗谷岬から幌延までの75.3キロ。スタート時の気温は16度、朝モヤも立ちこめて肌寒かったそうですが、9時ごろから一気に気温が上がって「夏日」になったとか。さらに、コース上で給水・給食できるコンビニは1軒だけ。約20キロ、自販機のない区間もあって、いきなり「北海道の洗礼」が待ち受けてました。
 北九州市から「toえりも」に参加した桂木正弘さん(60)は7年連続の参加。これまで「toそうや」は4年連続、「toえりも」は今年で3年連続で走ります。宿舎で着るTシャツと短パン、医薬品、スマホ、タオルなどを入れたリュックと肩かけ用のクーラーボックスが桂木流エゾスタイル。「1キロ9分か10分、歩くのに毛が生えたスピードでゆっくり走る。太平洋を見ながら襟裳岬に向かう7日目が楽しみだなあ」。大会を知り尽くしたベテランは余裕十分です。
 第2ステージの7日は朝から快晴。右手に日本海と利尻富士を望みながら、羽幌までの82.8キロを南下していきます。この日の午前中、宗谷岬から100キロ地点を桂木さんと初参加の小川久美子さん(42)が最初に通過=写真=。300キロ、500キロ、1000キロと続くジャーニーランは、これからが本番です。

2017年7月17日 (月)

フィナーレの一体感

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 本日も15日と16日に行われた第23回ランナーズ24時間リレーマラソンin富士北麓公園をリポートします。
 一昼夜に渡る大会には、お楽しみイベントがたくさんあります。15日の夕方からは親子ランニングタイム、浴衣ラン、盆踊りと続き、午後8時には花火がド~ンと夜空に上がりました。「これが楽しみなんだ」と、スマホを空に向ける方が多かったですね。
 出場した179チーム、計2060人が一番盛り上がったのは、大会の終了間際。1周1.16キロのコース中にランナーが散らばってハイタッチの嵐。上の写真はゴール手前約100メートル付近ですが、両側から無数?の手がニョキニョキと伸びてました。
 ウルトラマラソンも制限時間を迎える「フィナーレ」は感動的。24時間リレーマラソンは一緒に過ごす時間が長い分、知らないランナー同士が応援し合える一体感がより強まるような気がしました。

2017年7月16日 (日)

神経質な人には不向き?

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 第23回ランナーズ24時間リレーマラソンin富士北麓公園が15日と16日、山梨・富士吉田市で開催され、179チームの計2060人が出場しました。
 当ページの管理人・桃井光一は、初めて24時間リレーを取材。「寝ずに走るの?つらそうだな」と先入観をもってましたが、皆さん、チームを班分けして睡眠時間を確保するなど、知恵を出し合って無理せず楽しむ方法を工夫していました。
 食べ物や飲み物を持ちより、テントなどで一昼夜を過ごす居住空間を作ってレースに臨む。そんな24時間リレーの特徴を、Kさんは「キャンプと合宿を兼ねたような大会で団体行動が必要」、Tさんは「隣で寝てる人のいびきが気になるような神経質な人には向いてません」と解説してくれ妙に納得しました。
 2日間とも天気に恵まれ、富士山もよく見えました。走る順番を待つ間、スマホでパシャパシャ撮影する方が多かったです。
 写真=富士山をバックにタスキの受け渡しをするランナー(16日午前6時ごろ)

 明日もランナーズ24時間リレーマラソンin富士北麓公園をリポートします。

2017年7月 7日 (金)

日光 いろは坂を上る喜び

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 本日も第1回日光100キロウルトラマラソンをリポートします。3回目の今回は、大会誕生までの経緯をお伝えします。
 2015年の夏ごろ、ある関係者がチャレンジ富士五湖や八ヶ岳野辺山などのウルトラマラソンを運営するランナーズ・ウェルネスに「日光でマラソン大会を開催するなら、ウルトラの方がランナーに受けるのではないか」と相談。秋からランナーズ・ウェルネスのスタッフが調査を始め、地元の警察や観光協会と協議を重ねて翌16年8月に日光ウルトラの開催が決まりました。
 国内屈指の観光地・日光杉並木や世界遺産の日光東照宮などを巡り、いろは坂を上って下る。日光江戸村や東武ワールドスクエアにも寄る日光ならではの夢コースを半年かけて検討。この間、12年に飛騨高山、13年に白山白川郷と、地方のウルトラを立ち上げてきたランナーズ・ウェルネスのノウハウが生かされたはずです。そして今年1月、募集開始を迎えました。
 エントリーが始まると、100キロの部、62.195キロの部に44都道府県から計2525人が応募。第1回大会は「定員が埋まるのか」と関係者をヒヤヒヤさせるそうですが、「日光」パワーは絶大で定員をはるかに超えるエントリーがありました。
 当初から運営に携わってきたランナーズ・ウェルネスの上北康弘さんは「現在、参加した皆さんから多くの意見が届いています。辛口の意見や耳の痛い感想もありますが、第2回に向けて必ず参考にします。これから1年かけて、よりよい大会にしたい」と、しっかり「次」を見すえてます。
 写真=いろは坂を上るランナー

2017年7月 6日 (木)

日光 世界遺産の輝き

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 本日も2日に開催された第1回日光100キロウルトラマラソンをリポートします。標高約200メートルのスタート地点からいろは坂を経由し、中禅寺湖畔の標高約1400メートルまで上り続ける100キロの部は、起伏の多いウルトラ大会に参戦するランナーの心に火をつけました。「今年の野辺山の参加Tシャツを着て走っている人が多かった」という声もあり、日光への注目度はかなり高かったようです。
 「どれどれ」と興味をもって参加したベテランがいる一方、初100キロの舞台に日光を選んだ方もいます。見事、完走を果たした2人のコメントを紹介します。
 小川浩一さん(42=10時間40分14秒)「サブ10を目標に60キロまではペース通り。そこからは下りのダメージがあって足が上がらなくなった。いろは坂は景色がよく、『ここまで上ってきたんだ』と気持ちがよかった」
 平野稔恵さん(55=13時間46分34秒)「日光東照宮などでは世界遺産だ、パワースポットだと感激。いろは坂は歩かず上れ、中禅寺湖が見えて『やったーッ』と感動。後半は関門との闘いになって気力と根性で頑張りました」
 残念ながら75キロでリタイアした亀田陽一さん(54)は「いろは坂はカーブが多く、下りはきつい。50キロ以降のエイドではバナナしか残っていなかった。まあ、遅いから仕方ありませんが、ガス欠になって眠くなりました」
 62.195キロの部を7時間31分25秒で完走した國定博子さん(63)は「日光杉並木、東照宮、日光江戸村など、観光地巡りを楽しめた。後半の田んぼの中の道は熱風で暑かった。参加Tシャツはカッコよかったですね」
 皆さん、お疲れさまでした。しばらくお休み下さい。
 写真=日光山輪王寺の法華堂前を通過するランナー

2017年7月 5日 (水)

日光100キロ完走記

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 第1回日光100キロウルトラマラソンが2日に開催され、100キロと62.195キロの部に計2267人が出場しました。
 いろは坂を上って下り、世界遺産の日光東照宮などを巡る100キロのコースは多くのランナーの注目の的。当ブログでは本日から3日間、「日光」にスポットを当てます。
 第1回は、八ヶ岳野辺山100キロウルトラマラソンの10回完走者に贈られる称号「デカフォレスト」を2015年にゲットした垣本耕一さん(58)=千葉県=の完走記を掲載します。

 早朝4時30分、新しい100キロの旅が始まった。主催者から「このコースはデカフォレストへの挑戦」と聞いたら完走するしかない! 28キロで標高1400メートルまでひたすら上る序盤は、日光杉並木、日光東照宮、いろは坂、中禅寺湖、日光二荒山神社など、自然と世界遺産の文化を堪能でき、辛さより楽しさで一気に駆け上がることができた。いろは坂の交通量を考えた厳しめの制限時間(33.7キロ=4時間45分)をクリアし、中禅寺湖の風に「なんて心地よく見どころ満載なレースなんだろう」とホッとした。
 上ってきた分、同じだけ坂を下り、再び日光東照宮へ。足へのダメージは大きかったけれど参道で多くの参拝客から声援をもらい元気に、神橋では結婚式に遭遇し幸せな気分になった。まさしくパワースポット。後半は鬼怒川温泉方面へ。鬼怒川を4回渡り、日光江戸村、東武ワールドスクエアのエイドでそれぞれの園内を垣間見ることができた。
 この大会の本当の厳しさは60キロあたりからかもしれない。日中のひどい蒸し暑さに加え、見どころはあるものの単調なコースを多くの信号ストップでペースを乱され何度も心が折れそうになる。この日は曇り空で直射日光を浴びなかったのがせめてものラッキー。最後はいつものように苦行を成し遂げた感で、12時間51分13秒でフィニッシュした。
 以下、大会で感じたことをいくつかあげておく。
 【良かったこと】
 ・前半の豊かな自然の中、文化に触れながらハードな坂を走破できた ・いたる所で市民の初々しい応援が力になった=レース
 ・エイドのソーメンとツリ予防サプリ ・コース中でのマッサージは助かった=運営
 【残念だったこと】
 ・日本有数の温泉地・鬼怒川温泉に活気が感じられず、温泉街としての応援感もなく後半の盛り上げポイントとしては?
 ・日光江戸村と東武ワールドスクウェアの軒を借りただけのエイド。娯楽施設らしさをもっと期待してたのに…
 【見直してほしいこと】
 ・後半の信号が多過ぎる。ペースがつかめず心身への負担が大きく満足度を下げる
 ・スタート時間が早いのに近くに宿屋も駐車場もなかったのは辛かった
 とはいえ第1回。いろんなことがあっても楽しめた。運営スタッフやボランティアの方のランナーへの配慮がものすごく伝わってきて、とても良い大会だと思った。(垣本 耕一)

 写真=所属する浦安ランナーズクラブの仲間と完走を祝う垣本さん(左端)

2017年7月 3日 (月)

函館の達成感

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 本日も2日に開催された「2017函館マラソン」をリポートします。北海道外から参加したランナーの多くが、大会の一番の魅力として函館山や赤レンガ倉庫などを望む景観の良さ、函館冷やし塩ラーメンや漁り火がごめ丼などが出てくる給食をあげてました。一方、コースのアップダウンが激しく、完走した時の達成感を指摘する道産子ランナーがたくさんいました。
 2年連続出場の札幌市のMさんは「津軽海峡沿いの漁火通(いさりびどおり)の向かい風で体力を消耗し、後半のともえ大橋の上りはきつい。けっこう走りがいのある大会ですよ」。八雲町のHさんは「私にとっては『魔のともえ大橋』。疲れた後半、あそこを2回通るのは厳しい。それだから走った感はすごい」と話していたのが印象に残ってます。
 北海道は5月に洞爺湖、6月に千歳JAL、7月に函館、8月に北海道、9月にオホーツク網走、10月に別海町パイロットと「フルマラソン王国」。春から秋まで毎月、大会があるから、皆さん、比較ができて目が肥えてます。「函館の達成感」はその通りで、道外の人が大会を選ぶポイントになりそうです。
 写真=レースを終えて千代台陸上競技場の芝生でくつろぐランナー。遠くに函館山が見えてます

2017年7月 2日 (日)

The函館グルメ

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 「函館マラソン2017」が2日、函館市で開催され、フルとハーフにエントリーした約8100人が津軽海峡や函館山、赤レンガ倉庫などを望む港街・函館ならではのコースを駆け抜けました。
 心配されていた天気は、スタート時は曇りで気温20度、風速約5メートル。津軽海峡沿いの漁火通(いさりびどおり)は今年も強風で、1~2列になって走るランナーの集団が目立ってました=写真=。
 この大会は景観の良さに加え、地元色満載の給食が大好評。数量限定の函館冷やし塩ラーメン、漁り火がごめ丼、カステラ饅頭、チーズオムレットのほか、のどを潤し糖分を補給できる夕張メロンが今年も人気でした。
 函館市出身で「はこだて観光大使」を務めるタレントの福島和可菜(34)が今年もゲストランナーとして参加。レース後のあいさつで、「函館は坂と風と太陽の街。大会ではこの三つと『The函館グルメ』も味わえます。それが魅力ですから私も全部、おいしくいただきました」と故郷の素晴らしさをPR。彼女の明るくハキハキした口調は説得力があり、「そう、そう」とうなづく女性ランナーが多かったなあ。
 

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