ブログ報知

 スポーツ報知 |  ブログ一覧

« 2016年6月 | メイン | 2016年8月 »

2016年7月

2016年7月29日 (金)

祝ベスト フルも100キロも

2015touyako

 「祝ベスト」最終回は5月の洞爺湖マラソンで3時間8分51秒をマークした栗山るり子さん(52)=北海道札幌市=。翌6月のサロマ湖100キロウルトラマラソンも9時間10分35秒で駆け抜け、今、北海道で一番のってる女性ランナーです。

 2011年8月、北海道マラソンに出場した友人を応援するため、最終盤の40キロ付近の札幌駅近くにスタンバイ。「生まれて初めて見たマラソン大会」に衝撃を受けた。「70代以上に見える年配の方たちが頑張っていてビックリ。私も出てみたい」と感じて即、行動を起こした。
 翌9月から週5回、スポーツジムのトレッドミルで走り始めた。最初は時速7キロに設定して30分。徐々にペースを上げ、1か月後には時速10.5キロ設定の30分ジョグを3セットこなせるようになった。初レースとなった10月の10キロ大会こそ54分台と平凡な記録だったが、12年5月の洞爺湖で初フルを迎えて3時間32分43秒、8月の北海道も3時間32分24秒で走り「自分でも驚きました」。さらに10月の大阪では3時間21分27秒と、走歴1年でサブ3.5を達成した。
 13年は慢性貧血のため結果が出なかったが、走る喜びが背中を押してくれた。「これまでゴルフやテニスなどに取り組んできたけど、何となくもうひとつ。48歳でマラソンを知って、やっと好きなことに出会えました。私はハーハーゼーゼーと走ることが好きだったみたい」。14年11月の富士山では3時間13分11秒で国際女子大会の参加資格をゲット。昨年以降も好調が続き、今年1月の大阪国際女子で3時間9分39秒、5月の洞爺湖で3時間8分51秒と続けてベスト更新。4度目の挑戦となったサロマ湖100キロも9時間10分35秒で女子総合6位に輝いた。
 走り始めた5年前と変わらず、週5日はスポーツジム通い。狙った大会の3か月前も「トレッドミル8割、ロード2割」で月間走行距離は380~420キロ。所属する「ちばりよ~RC」の定例会をポイント練習として、2000メートル4本のインターバル走(1本8分20~30秒)、30キロペース走(1キロ4分25~30秒)で追い込んだ。
 走るきっかけになった北海道マラソンまで、あと1か月。「夏の大会なのでタイムは期待できませんが、しっかり走ります。今後は加齢に負けず、国際女子レースに出るレベルをキープしていきたい」と誓った。(祝ベスト終了)
 ◆栗山 るり子(くりやま・るりこ)1963年10月19日、北海道帯広市生まれ。中学、高校時代はバスケットボール部所属。158.5センチ、49キロ。血液型B。
 写真=昨年5月の洞爺湖に出場した栗山さん

 8月からはウルトラマラソンの魅力をランナー自身が語る新連載「ウルトラ命」が始まります。

2016年7月26日 (火)

富士登山競走

_mg_6181 

 明日27日のスポーツ報知(東京本社版)は、22日に開催された富士登山競走を取り上げてます。悪天候のためメーンの山頂コースは五合目で打ち切りになりましたが、34年ぶりに大会新記録が生まれた五合目コースをクローズアップ。ヒーローは今年1月の箱根駅伝で東洋大の5区走者として区間3位と健闘した五郎谷俊(23、コモディイイダ)で、標高差1480メートル・距離約15キロの同コースを1時間17分5秒で制しました。
 「ずっと富士登山競走に出たかったから勝ててうれしい」と五郎谷。2年連続、箱根駅伝5区を走ったトップランナーですが、5区に初めて抜てきされた4年時は低体温症に陥り1時間22分14秒で区間11位。父親の急死後、留年して再挑戦した今年の5区は1時間19分53秒で区間3位。苦しみと悲しみを乗り越え、「山のスペシャリスト」として成長を続けています。今春、首都圏に81店舗を展開する食品スーパーで、実業団チームをもつ「コモディイイダ」に就職。仕事に加えて、往復26キロの通勤ランと週3回の全体練習をこなしています。
 来年は標高差3000メートル・距離約21キロの山頂コースに挑戦。「スピードがない僕が力を発揮できるのは上りしかない」と強調してました。

 写真=登山道を苦しそうに上るランナー(飯田貴紀さん提供)


 

2016年7月21日 (木)

祝ベスト 昼休みペース走

Img_2159_3

 「祝ベスト」第17回は3月の古河はなももマラソンで2時間52分8秒をマークした佐藤学さん(44)=茨城・小美玉市=。昼休みの短い時間に10キロのペース走を続けてベストを更新しました。

 社会福祉の仕事で連日、残業。帰宅は午後11時前後になる日が多かった。寝不足で疲労が抜けず、今年1月の勝田は両脚がけいれんして不本意な3時間2分57秒に終わった。
 「これじゃ、まずい」と3月の古河はなももに向けて仕切り直し。練習時間を確保するため、昼休みを使ってペース走を行うことにした。1キロ4分10秒で10キロがノルマ。40数分走って昼食をかき込み、午後の仕事に入るのが日課になった。週末は1キロ4分30~50秒で30~40キロ走、4分20秒以内で20~30キロのペース走を繰り返した。
 レースでは毎回、「スピードがないからイーブンで」と心がける。古河はなももでは20分前後の5キロのラップをキープ。35キロを過ぎてやや失速したものの、2時間52分8秒でゴール。昨年の同大会での記録を1分25秒更新した。
 ここ数年、月間走行距離は500キロをキープ。2012年11月の神戸を2時間59分35秒で走って初サブスリーを達成したが、翌13年に入って右アキレス腱を痛めて3月から11月まで走れなかった。その経験から負荷の高いインターバル走などは封印。「コツコツ走る」距離重視の練習スタイルに変えた。
 35歳のころ、「打ち込めるもの」を探していた。居住地の茨城県には、かすみがうら、つくばなどのマラソン大会が多いこともあって、「試しにマラソンに出てみるか」と決意。07年4月のかすみがうらが初フルで、3時間52分46秒で完走した。レースの達成感、爽快さに感動して現在に至っている。
 「マラソンは自分の性格にすごく合ってました。最後まで諦めずに頑張れば、記録が伸びて自信や生きがいにつながる。仕事や人間関係で心と体が疲れても、走ることでリセットできる。メンタルコントロールという意味でもランニングは欠かせません」
 走り始めて間もなく10年。フルの出場回数も25回を数える。今季は10月の水戸黄門漫遊が初戦。「地元の第1回大会ですから楽しみ。うまく体を作って走りたい」と力を込めた。
 ◆佐藤 学(さとう・まなぶ)1972年1月18日、東京・葛飾区生まれ。水戸石川走友会所属。171センチ、55キロ。血液型O。
 写真=昨年12月の三浜駅伝大会で力走する佐藤さん

 次回「祝ベスト」は29日

2016年7月14日 (木)

祝ベスト 母校への思い

Img_8846

 「祝ベスト」第16回は2月の東京マラソンで3時間30分34秒を出した荒川奈々さん(31)=東京都=。母校の後輩に力をもらってハーフのタイムを伸ばし、東京の好結果につなげました(記録はネット)。

 2013年9月、学生時代の友人から11月開催の小江戸川越ハーフマラソン(埼玉・川越市)に「一緒に出ようよ」と誘われた。川越は小3から27歳まで過ごした「ホームタウン」だったから即決。練習をして10キロの部に臨み、46分44秒でゴール。「街中を走れて楽しかった」と初レースを無事に終えたが、ハーフの部のコースは母校・鯨井中の前で折り返すことを知り、「来年は必ずハーフに出よう」と決めた。
 翌14年1月、主に都内で活動する恵比寿ランニング食堂に入会。フェイスブックなどを通じ、ラン仲間も一気に増えた。11月の湘南国際で初フルを迎え、3時間49分55秒の好タイムでフィニッシュ。気分よく同月末の小江戸川越のスタート地点に立った。
 念願のハーフ。鯨井中の前には多くの生徒が出迎え、ランナーたちを応援。コンクールで好成績を残す吹奏楽部の演奏にも背中を押され、1時間37分31秒で走った。翌15年11月の同大会では1時間35分49秒でハーフベストをマーク。一般女子の部8位に入り「後輩たちとハイタッチして元気をもらった。うれしかった」と感動した。
 鯨井中時代、3.2キロの校内マラソン大会で1年時に2位、2、3年時は優勝と、走ることに自信をもてた。その一方、所属したバスケットボール部では「球技は苦手で瞬発力もなかった」ため、レギュラーになれなかった。喜びと悔しさ。いろんな思いが詰まった母校との縁は、十数年の時を経ても切れていなかった。「ランナーになってよかった。私はやっぱり走ることが好きなんだ」。学校の前を駆け抜けた時、しみじみとそう思った。
 小江戸川越でパワーを蓄え、3か月後の東京はタイムを狙ってスタート。「初出場で楽し過ぎて前半から突っ込みました。1キロ4分50秒前後でいってしまい、38キロから大失速でした」と反省するものの、3時間30分34秒でゴール。15年1月の勝田で出したベスト記録を16分18秒も更新してみせた。
 社会保険労務士の荒川さんにとって、7月は最も多忙な時期。週1~2回、スポーツジムでバイクをこいだりトレッドミルで体を動かすのがやっとだが、「今年はつくばにエントリーします。そろそろ走る時間を増やさないと」と秋のレースを見すえる。小江戸川越は外せない大会になって、「育った場所でエネルギーをもらって、どこかのフルでサブ3.5を達成したい」と意欲をかき立てた。
 ◆荒川 奈々(あらかわ・なな)1985年7月8日、東京都生まれ。158センチ、血液型A。
 写真=皇居付近をジョギングする荒川さん

 次回「祝ベスト」は22日

2016年7月12日 (火)

1621回 フルマラソン完走

Img_4476

 明日13日のスポーツ報知(東京本社版)は、フルマラソン完走数日本一を誇る渡邊敏子さん(67)に密着してます。1997年12月のホノルルから2016年7月12日のドリームチャレンジマラソン(新潟市)まで、走り切ったフルは1621回。ここ数年は週5日のペースで回数を重ねながら、昨年1月の勝田では3時間29分22秒の自己ベストをマークした鉄人さんです。 
 普通の一般ランナーだった渡邊さんは05年2月、フル百回楽走会に入会すると、200回、300回の完走実績を持つ先輩たちに衝撃を受けました。兵庫・姫路市から新潟市に転居後は同会のランナーに勧められ、「ドリームチャレンジ」「信濃川」「新潟島」「新潟日和山」の各大会を新設。「1回でも完走数を増やしたい」という思いから、これらの手作り大会1417回、国内外の一般大会204回を駆け抜けてきました。
 目標は70歳までに2000回を達成すること。「長年、教師をしてきたから、走り続けることで『先生は年とっても頑張ってるんや』と教え子たちに伝えたい」と意欲的でした。

 写真=10日のジョイフルマラソン(神奈川・平塚市)に出場した渡邊さん

2016年7月 8日 (金)

祝ベスト 夜通しロング走

Img_8834_2

 「祝ベスト」第15回は1月の勝田マラソンを3時間31分55秒で走った中山奈々さん(34)=東京都=。深夜から早朝までのロング走を取り入れ、6月のサロマ湖100キロウルトラマラソンも昨年の記録を大幅に更新する11時間14分8秒をマークしました(記録はネット)。

 子供のころは球技が苦手で、中学、高校とも美術部で過ごした。大学時代も「インドア派で飲んでばかりでした」。運動とは無縁の人生だったが、2011年の東京マラソンが運命を大きく変えた。
 出場した知人を応援に行って、沿道から3万人以上のランナーを眺めた。楽しそうな光景に「このくらいのペースだったら私も走れそう。でも、フルは無理かな…」。数日後にはランニングシューズとウェア一式を購入して、ウォーキング開始。走る距離を少しずつ伸ばし、ラン仲間もできた。
 ある日、ワインを飲んで仮装で走るフランスのメドックマラソンのことを知った。旅行とワインが大好きだったため、13年9月の大会に友人たちと参加。ももいろクローバーZの格好をして制限時間ぎりぎりの6時間30分でゴール。「楽しかった~。私はマラソンが好きなんだ」と認識し、これまでフルの出場回数は12回を数える。
 ここ2年は年末のロング走が好結果を生んだ。14年末は午前中の25キロ走に加え、深夜から翌朝までは多摩川沿いで55キロ走。翌15年3月の横浜で出したベスト記録・3時間36分55秒につなげた。同年末には早朝の42キロ走と、深夜から翌朝まで東京・新木場から神奈川・江ノ島までの60キロ走。翌16年1月の勝田は3時間31分55秒と、自己ベストを5分更新した。
 勝田までの3か月間、月間走行距離は平均約150キロほどだったが、「真冬に夜通し走って精神力と持久力がついたような気がします」。100キロ初挑戦となった昨年のサロマ湖は11時間44分40秒で完走。今年のサロマ湖は5月の連休中に50~60キロ走をして臨み、前回を30分32秒も更新する11時間14分8秒でフィニッシュ。ラップタイムもラスト10キロが最高で、58分30秒を刻んだ。
 スポーツと縁遠かった少女がフルや100キロの常連に。予想外の展開に「小中高、大学の友だちみんなが私の走りを見て驚いてる。これからフルに挑戦する子もいて、また仲間が増えそう。私ができたから自分も、と思ってもらえればうれしいな」と笑った。
 秋以降の大会は未定。去年の自分を超えることを目標にしつつも、「国内外の旅ランを楽しみ、いつか47都道府県のフルを完走したい」と目を輝かせた。
 ◆中山 奈々(なかやま・なな)1981年10月17日、神奈川県生まれ。恵比寿ランニング食堂所属。154センチ、血液型AB。
 写真=東京・千代田区内をジョギングする中山さん

 次回「祝ベスト」は15日

2016年7月 1日 (金)

祝ベスト インターバル大好き

Img_8774

 「祝ベスト」第14回は3月の横浜マラソンで3時間33分33秒をマークした間瀬ゆきさん(35)=東京都=。ロング走は苦手でも、短距離を追い込むインターバル走で結果を残しました(記録はネット)。

 「体がたるんできたな。運動しなきゃ」。そう感じたのは2014年の春。当時、「何か目標をもってチャレンジしたいな」と思案していて、翌15年3月の第1回横浜マラソンへのランニングクリニックが開催されることを知って即、応募した。学生時代に運動経験はなかったが、約10か月かけてフルマラソンを走れるようにするトレーニングの場に飛び込んだ。
 ランニングフォームや練習方法、給水や食事のことなど、走る基本を学んだ。初フルとなった横浜は3時間45分59秒でフィニッシュ。同大会は距離不足が判明して正式な記録としては認定されていないが、サブフォー級の実績をゲット。さらに「20キロを過ぎて失速しました」と今後の課題も明確になった。
 走る環境に身を置くようになって、交友関係が一気に広がった。下は20代から上は70代まで。ラン友から知識や情報を吸収するうちに、食生活も変わってきた。「以前はあまり食べずにビールばかり飲んでましたが、3食きっちり食べるようになった」ことで、体重は4キロ増えた。
 もっとも、練習内容には「好き嫌い」があって、ロング走が苦手で短い距離を追い込んで走るのが得意。1キロを4分ほどで走り、約200メートルのジョグでつなぐインターバル走を積極的にこなした。今年3月の横浜に向けた月間走行距離は12月が約60キロ、1月135キロ、2月147キロ。3週間前の30キロ・ペース走(1キロ5分20秒)も26キロで終わってしまい、もうひとつ距離を踏めなかった。
 それだけに、本番の横浜は「突っ込まない」と自重した。最初の5キロのラップは25分42秒で入り、30キロまでは24~25分台をキープ。終盤は26分台に落ちたものの、3時間33分33秒で走り切った。前年の記録を12分26秒更新し、「あら、速かった。すごい」と本人も驚くナイスランだった。
 走歴は2年を超えたばかりだが、「支えて励ましてくれる仲間ができたから頑張れる。60代、70代の人がイキイキしていて、私もそうなりたい。目標に向かって頑張ること、努力することにやりがいを感じていて、今は走ることが生活の中心です」。次のターゲットは「サブ3・5を達成したい」と意欲的だった。
 ◆間瀬 ゆき(ませ・ゆき)1980年10月23日、千葉県生まれ。恵比寿ランニング食堂所属。156センチ、45キロ。血液型B。
 写真=皇居近くをジョギングする村上さん

 次回「祝ベスト」は8日

見出し、記事、写真の無断転載を禁じます。Copyright © The Hochi Shimbun.