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2017年9月

2017年9月29日 (金)

隣のレジェンド 仲間と走る喜び

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 「隣のレジェンド」第5回は、ウルトラマラソン歴25年を誇る伏見房子さん(75)=大阪府=。ラン仲間との走り旅を中心に国内外を飛び回っています。

 今年1月は台湾ジャーニーラン、春の大型連休は青森・浅虫温泉~岩手・釜石ラン、5月末は横須賀・三浦みちくさウルトラマラソン65キロの部、7月は東京・葛西臨海公園の7時間走、8月は核兵器のない世界平和実現を願う広島~長崎リレーマラソン。70代中盤ながら、伏見さんはエネルギッシュに活動する。
 気心のしれた20年越しのラン仲間が、ロングランや練習会を企画。その合間にウルトラマラソンに出場する。「最年長の私は、ずっと最後尾。やっとついていくほど遅いのに、いつも誘ってもらえる。ありがたいなあ。みんなと楽しく、いつまでも日本列島を旅したい」という。
 若いころは体調がもうひとつ。子育てが一段落した45歳の時、ご主人の正勝さん(15年前に62歳で死去)に「走ったら元気になるで。靴だけあればできるやろ」と言われて走り始めた。朝晩のジョギングが日課となり健康になった。48歳で初フルとなったホノルルを4時間17分で完走。49歳で初ウルトラを迎え、阿蘇カルデラの100キロを11時間40分で走り通した。
 「ウルトラは知らない方でも話しかけやすく、すぐ友人になれる。走る仲間がたくさんできて、いろんな大会を勧められるようになって、すっかりはまってしまった」。100キロは野辺山、四万十川、宮古島ワイドーなど多数。100キロ超級は山口萩往還(250キロ、完踏10回)、夜叉ヶ池伝説(135キロ、同17回)、関西周遊(305キロ)、トランスエゾ(襟裳岬~宗谷岬550キロ)なども参加してきた。
 一方、68歳の時には思わぬ大病も経験。物がゆがんで見えたため、脳神経外科を受診すると脳動脈瘤(りゅう)と診断され、開頭手術を受けた。無事に社会復帰を果たし、「自分へのご褒美」としてトランスヨーロッパとスパルタスロンに出場。いずれも途中でリタイアしたが、その行動力が周囲を驚かせた。
 脚に違和感が出てきたら整形外科に直行。バランスのよい食事、カルシウムの摂取を心がけているが、最近、血圧が高くなってきた。それでも、整形外科医から「走って血圧を下げましょう」と言われ、薬よりも運動することで体調をキープしている。
 「今、走らなくなったら、足腰の丈夫さを保てない。みんなと走っていて道に迷うことがあったら辞めようと思ってますけど」と笑う伏見さん。来年1月には仲間と沖縄一周ジャーニーランに向かう。その準備として、年内はハーフマラソンに2~3回出場する予定だ。
 ◆伏見 房子(ふしみ・ふさこ)1942年8月3日、大阪府生まれ。フルのベスト記録は3時間32分(93年1月、西脇レディース)。142センチ、40キロ。血液型O。
 写真=鹿児島・佐多岬に着いた伏見さん

 次回「隣のレジェンド」は10月6日に掲載

2017年9月22日 (金)

隣のレジェンド 80歳「二刀流」

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 「隣のレジェンド」第4回は太田幸宏さん(79)=大阪・富田林市=。春から秋まではマラソン、冬はスキーに打ち込む「二刀流」です。

 雪深い兵庫・美方郡出身の太田さんは、かつてスキー場でパトロール員を務めていたバリバリのスキーヤー。今でもゲレンデに通っているが、50代後半の頃、「若い者についていくのがしんどい」と体力不足を痛感した。知人から「走る仲間がいるよ。一緒に走ってみないか」と誘われた。
 59歳でランニングライフがスタート。10キロ、ハーフとレースの距離が延びていった。60歳で迎えた初フルは4時間46分56秒(NAHA=那覇)でゴール。67歳でフルベストとなる4時間9分23秒(福知山)をマークした。これまで10キロに31回、ハーフに33回、フルに23回、ウルトラに6回出場し、リタイアしたことは1度もない「鉄人」だ。
 今季の勝負レースは11月の大阪。来月3日には大台の80歳となるが、「足腰は衰えを感じるけど、絶対、完走する」と意気込む。1人で行う25~26キロ走をしっかりこなし、土曜日早朝は所属する狭山池夕焼けランの練習会に参加。本番は後方から走り出すため、「スタート地点を通過するのに30分以上はかかりそう。第2関門(10.5キロ、11時5分)をクリアできれば、あとは楽にいける」とレースプランも固まった。
 狭山池夕焼けランでは最年長ながら「おーちゃん」と愛称で呼ばれる。
 「みんな私の年下だけど、やさしい仲間なんですよ。陸上競技が無知の私に親身になってアドバイスしてくれ、ありがたいね。そんな人たちが『太田さんが目標です』『太田さんの年まで頑張りたい。やめないで』と言ってくれる。これが一番の励みになってるなあ」
 12月の初滑り後は、4月までスキー三昧。故郷のハチ北高原スキー場をホームゲレンデに、八方尾根、栂池(つがいけ)高原、戸隠(以上、長野県)、八甲田山(青森)など、各地のスキー場を滑りまくる。
 「八方は雪質が最高。栂池と戸隠は宿の料理がうまいんだ。コブ斜面はあまり行かなくなったけど、スキーはやめられないね」。孫が5人もいる「おじいちゃん」は楽しそうに笑った。
 ◆太田 幸宏(おおた・ゆきひろ)1937年10月3日、兵庫・美方郡生まれ。155センチ、54キロ。血液型O。
 写真=狭山池夕焼けランの練習会で走り込む太田さん(中央、今年5月)

 次回「隣のレジェンド」は29日掲載

2017年9月19日 (火)

「走り旅」ウルトラの魅力

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 明日20日のスポーツ報知(東京本社版)は、ウルトラマラソンの魅力をベテランランナー2人に語ってもらいました。
 2人が上げた共通ワードは「走り旅」。「四万十川は川と橋の景観が最高。秋田内陸はローカル線沿いのコースで、列車が通過する時に『頑張って』と警笛を鳴らしてくれる」「しまなみ海道(2014年大会で終了)は、みかんやオレンジの生しぼりジュースがおいしかった」と、印象に残った大会も指摘してくれました。100キロ大会の一覧表とともにお楽しみ下さい。
 秋のフルマラソンに向けた連載「直前チェック」には、1999年の世界陸上セビリア大会・女子マラソンで銀メダルを獲得した市橋有里さん(39)が登場。「30キロ走が苦手な人は登山に行きましょう」と興味深いことをアドバイスしてます。

 写真=10日に開催された白山白川郷ウルトラマラソン。早朝5時過ぎ、世界遺産「白川郷合掌造り」の岐阜・白川村を走るランナー(右側)  
  

2017年9月15日 (金)

隣のレジェンド 復帰を誓う

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 「隣のレジェンド」第3回は飯間勝さん(73)=東京・世田谷区=。2年前に左ひざを故障し、現在はフル復帰に向けてリハビリに励む毎日です。

 2015年3月の板橋Cityマラソンを3時間34分9秒で完走した。月刊ランナーズの人気企画「全日本マラソンランキング」71歳の部で6位に入る好記録に、飯間さんはさらに意欲をかき立てた。だが、夏から秋にかけ、走行距離を伸ばしたところで左ひざ裏側に違和感が出てきた。医師の診断は「変形性ひざ関節症の疑い」。以後、フルは封印し、地道な走り込みと筋トレが日課になった。
 週5日は近所の多摩川沿いのサイクリングロードやスポーツジム内の周回コース(1周125メートル)で5~10キロを走る。ジムでは夜に3時間、筋トレやエアロバイク、スイム、ランなどのメニューをみっちり消化。月2回の休館日を除き、「ほぼ毎日」(飯間さん)ジムに通う。
 4年前、ラン仲間と「二子玉川走友会」を立ち上げ、会長に就任。200人近くまで増えた会員からは「走友会に入って仕事以外のつながりができ、人生がより豊かになった」といった声が届き、大きなモチベーションになっている。
 「仲間が前向きだからこそ、トップの私も頑張って生涯現役の率先垂範をしていきたい。旗を振るだけでは迫力ないから、必ずフルに復帰しないとね」と飯間会長。ランや筋トレ後、20分以内に適量のプロテインと糖質(きな粉、粉ミルク、すりゴマなど)を補給し、食事は野菜を多めにして鳥胸肉を取ったりとバランスに気を配る。
 昨年10月にはNHKのランニング番組「ラン×スマ」に、ひざを故障したモデルランナーとして出演。番組で講師を務める金哲彦さんから「身長(160センチ)のわりにストライドが大きく、前傾が不十分。ひざに負担のかからないピッチ走法に変えましょう」と指摘され、歩幅の小さいフォームに変えた。
 金さんからは①故障防止のため、股関節と足首、肩甲骨の可動域を広げるストレッチ②臀筋(でんきん)を利用した前傾姿勢と丹田(たんでん)を意識した腰高走なども勧められ、ずっと実践している。「フルの花道」に戻るため、よいと思ったことは積極的に取り入れてきた。
 「2年前と同じ板橋に出ます。結果を出してランキングの10位以内を目指したい」。70代のアスリートに老け込む様子はない。
 ◆飯間 勝(いいま・まさる)1944年2月2日、香川・高松市生まれ。50歳から走り始め、フルベストは3時間13分(2003年11月、大田原)。160センチ、50キロ。血液型O。

 写真=多摩川の近くを走る飯間さん

 「隣のレジェンド」は毎週金曜日に掲載します

2017年9月 8日 (金)

隣のレジェンド サブ3.5継続

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 「隣のレジェンド」第2回は松浦高明さん(65)=石川・白山市=。40代後半に糖尿病を発症して走り始め、約18キロもの減量に成功しました。現在はサブ3.5の継続、ウルトラ100キロのサブ10達成が目標です。

 4か月の米国出張から帰ると、72キロの体重は80.5キロまで増えていた。健康診断では血糖値が異常に高く、糖尿病と診断された。食事療法と運動を勧められ、49歳でウォーキングを始めた。
 その後、「歩きがじれったくなって」ジョギング開始。52歳で初レースの10キロを48分26秒で、56歳で初フルの加賀温泉郷マラソンを4時間29分21秒で、60歳で初ウルトラの東京・柴又100キロを11時間11分21秒で完走した。「ウルトラはきつい。もういいや」と感じたが、年代別で6位に入って欲が出てきた。
 50代の時、1年に1回だけだったフルは、60歳の定年以降は年5~6回に。月間走行距離も300キロまで増え、体重は62キロまで落ちた。一方、腰やひざの故障が多くなり、ランニング専門誌などを読んで走り方も研究。「衝撃が大きいかかと着地が故障の原因と知り、アフリカ選手のようなフォアフットを意識し、土踏まず付近で着地するようにしたらスピードが出てきた」という。
 その実感通り、3年前からベスト記録を連発。2014年、10キロが43分26秒、ハーフが1時間35分14秒に。フルは15年の別府大分で3時間22分48秒、100キロは16年のサロマ湖で10時間13分41秒をマークした。
 「定年までは仕事と家庭が中心。定年後、第2の人生となって、自分が今やりたいことは何なのかと考えたら、答えはマラソンだった。精一杯、悔いの残らないようにやりとげたいから、もう少しタイムにこだわっていきたい」
 現在、週4~5日は働き、その合間にトレーニングに励む。平日朝は10~15キロ、週末は20~25キロのジョギング。火曜と木曜夜間は所属するHAKUSANクラブのトラック練習に参加し、スポーツジムで週1~2回、マシンを使った筋トレ。週1回は休みで、雨天の日も無理せず休養にあてている。
 体の固さを考慮し、起床時と走る前後のストレッチは欠かさない。糖尿病のため、食事は野菜を多めにして食べ過ぎに気をつける。
 「スピードの向上は難しいけど、イーブンで走ることが目標。結果としてサブ3.5と(月刊ランナーズの)マラソンランキング100位以内をキープできればと願ってます」
 10月はいわて北上と金沢、11月は神戸、12月はホノルル。松浦さんの2017シーズンが、いよいよ幕を開ける。
 ◆松浦 高明(まつうら・たかあき)1952年8月17日、岐阜・羽島市生まれ。フルは32回出場。180センチ、62キロ。血液型O

 写真=駅伝大会で激走する松浦さん

2017年9月 5日 (火)

夏フルの感動再び

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 明日6日のスポーツ報知(東京本社版)は、8月27日に札幌市で開催された北海道マラソンをド~ンと展開してます。
 日本で唯一の夏フルに、今回は1万5687人が出場。スタートの午前9時の天気は曇りで気温24.8度。「涼しいね」という声が聞こえてきましたが、11時ごろには晴れ間が広がって気温も30度近くまで上昇。強烈な日差しが照りつける中、ランナーたちがほてった頭や首に水をかける「道マラ」ならではの光景が見られました。
 また、新連載「直前チェック」を今回の紙面から開始。秋のフルマラソンが間近に迫ってきたため、目標レースまでの調整方法や故障対策などを著名ランニングクラブのコーチがアドバイスします。初回はミズノランニングクラブの福澤潔監督が担当します。

 写真=直線が約7.5キロも続く新川通。単調で日差しがきつい北海道マラソンの難所だ 

2017年9月 1日 (金)

隣のレジェンド 恩師の励まし

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 年を重ねてもレースに出場する元気なランナーを紹介する新連載「隣のレジェンド」を、今週から毎週金曜日に掲載します。同名の企画は2015年末から翌16年2月まで掲載しており、今回はその第2弾。第1回は昨年からマスターズ陸上への挑戦を始めた寺地弘志さん(74)=奈良・生駒郡=が登場します。

 中学校時代から、ずっと走り続けてきた寺地さん。73歳になった昨年から、マスターズ陸上に参戦している。
 今年4月の奈良県大会は、5000メートルを23分41秒で走り、M70クラス(70~74歳)を制した。「トラックは本当に緊張する。若い人と同時スタートだから周回遅れになる。昔はよっぽどのことがないと周回遅れにはならず、違和感が大きかった。でも、75歳になったら近畿大会に挑戦したいな」という。
 岡山県西部の井原市で生まれ育った。中学はバレーボール部ながら、校内マラソン大会で活躍。3年時には優勝し、高校は隣県・広島の陸上競技の名門校に進学した。1年終了時には同期16人中4番手まで成長したが、2年になると突然、スランプに。思い悩み、退部覚悟で監督の教師に相談すると「調子が悪くても、いつも後ろを走っているやつらより速いじゃないか」と諭された。その一方、「走ることはいつでもできる。今はマネジャーをやってみないか」と思わぬ誘いを受けた。考え抜いた結果、2、3年はマネジャー業に専念。それが大きな転機となり支えとなった。
 高校卒業後、大阪でサラリーマン生活が始まり、仕事の合間に走り込んだ。1964年の東京五輪後の不景気に見舞われ勤務先の会社が倒産、会社更生法に基づく再建、自身の結婚と環境はめまぐるしく変わったが、走ることは辞めなかった。そんな中、寝屋川市民マラソン大会で優勝し、「まだいける、頑張ろう」と前向きになれた。
 奈良県に転居後は、地元のラン仲間と王寺ランナーズクラブ(RC)を立ち上げ。同クラブは今年1月で創立37周年を迎え、関西屈指の「老舗」となった。フルマラソンは100回近く完走し、リタイアは1度もない。還暦祝いに出場した長野マラソンは3時間16分23秒の好記録をマークし、60歳以上の部で6位入賞を果たした。
 「高校の陸上部でマネジャーになって全体を見ることを学んだ。大きいことから細かいことまでを見渡し、それが仕事やランに生かせてる。辞めようとした私を踏みとどまらせてくれた恩師には『何事もあきらめるな、人生を頑張って生きていけ』というメッセージをもらいました」
 会社を定年退職後は職業訓練所で6か月、木工技術を研修し、奈良県内の工務店に再就職。現在は月曜から金曜まで働き、日曜は子ども向けの木工教室で講師を務めている。
 「今も忙しく、月間走行距離は100キロぐらい。それでも週2回はクラブの定例会に行って、楽しく会話しながら走ってます。衰えはあるけど、高校の時に十分できなかったトラック競技に打ち込める喜びが大きいなあ」。70代中盤、寺地さんのランニングライフが輝きを増している。
 ◆寺地 弘志(てらち・ひろし)1943年4月2日、岡山・井原市生まれ。フルのベスト記録は3時間9分(98年、山陽)。167センチ、54キロ。血液型A。
 写真=今年8月、王寺RC主催の2時間走に参加した寺地さん(右)

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