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ランナー

2018年4月 3日 (火)

山口衛里 まず「6時間走」

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 本日も先月に開催された「トレーニング&コンディショニング シンポジウムin大阪 ~高機能食品がスポーツパフォーマンスを支える~」(報知新聞社後援)の様子をリポートします。
 男子マラソンの前日本記録保持者の高岡寿成・カネボウ化粧品陸上競技部監督(47)、シドニー五輪女子マラソンで7位に入賞した山口衛里・環太平洋大女子駅伝チーム監督(45)、日本陸連科学委員長として五輪などを支援してきた杉田正明・日体大教授(52)によるパネルディスカッションでは、山口監督の現役時代の練習方法が明かされ注目を集めました。
 本格的なマラソントレーニングに入る前は、まず「6時間走」を1人で取り組んでいたという山口監督。その目的は「体にきつさを覚えさせる体作りの一環で、ペースは1キロ5分でした」。会場に集まった約150人のほとんどが一般ランナーだったこともあり、場内からは「へぇ~」「そうなんだ」といった声が聞こえました。
 トップ選手が大会に向けて行う40キロ走に関しては、「私はマラソンを10本走ってます。その半分は40キロ走を数本入れて臨みましたが、結果が出ない。ある時から40キロ走を1本にし、20キロや30キロを増やしたら結果がついてきました」。一般ランナーに共通する山口監督の話に、また「へぇ~」という声が聞こえてきました。
 このシンポジウムの詳細は明日4日のスポーツ報知で紹介します。

 写真=熱弁する山口監督(右は日体大の杉田教授)

2018年4月 2日 (月)

高岡寿成 マラソンの極意

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 男子マラソンの前日本記録保持者の高岡寿成・カネボウ化粧品陸上競技部監督(47)が、現役時代の練習方法を披露しました。先月24日、大阪市内で「トレーニング&コンディショニング シンポジウムin大阪 ~高機能食品がスポーツパフォーマンスを支える~」(報知新聞社後援)が行われ、講演の中で42.195キロを走り抜く極意が明かされました。
 2月の東京マラソンで設楽悠太(26、ホンダ)に更新されるまで、日本記録(2時間6分16秒)を16年間も保持していた高岡監督。講演の内容は2004年アテネ五輪の代表選考会となった03年12月の福岡国際マラソンに向けた練習が中心で、①40キロ走②走行距離③大会の利用④スピード⑤1キロ3分ペースの維持の5項目を熱く語ってくれました。
 40キロ走は8月から11月まで9回実施され、1キロ3分30秒ペースで走って2時間20分で終えることがベース。「最初は40キロという距離に慣れてないから辛い。回数を重ねて楽になり力がついてきたことを実感しました」。最後の9回目には30~35キロのラップが14分24秒まで上がり、「終盤にレースが動くことを想定してペースを変化。速い動きに足が耐えられるかを確認しました」。
 走行距離は「故障のリスク」を考慮し、多くて月間1000キロ前後。トラックの1万メートルや駅伝、ハーフマラソンなどの大会に積極的に出場し、その目的は「マラソンの基本ペースとなる『1キロ3分』を余裕をもって走るには、それ以上のスピードが必要。大会をスピード練習に充て『1キロ3分』の脚力を維持すること」だったそうです。
 このシンポジウムにはシドニー五輪女子マラソンで7位に入賞した山口衛里・環太平洋大女子駅伝チーム監督(45)も出席。明日の当ブログでは、大会前に彼女が取り組んでいた「6時間走」などを紹介します。

 写真=司会者の質問に答える高岡監督

2018年2月15日 (木)

道下 ロンドン向け強化合宿

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 平昌五輪が連日、盛り上がっています。東京五輪・パラリンピックも2年後に迫り、こちらのアスリートたちのトレーニングも本格化しているようです。
 2016年9月のリオデジャネイロパラリンピック・女子視覚障害者のマラソンで銀メダルに輝いた道下美里(41)=三井住友海上=は10日から13日まで、千葉・富津市で行われたJBMA(日本ブラインドマラソン協会)の強化合宿に参加。初日は120分LSD、2日目は40キロ走、3日目は1キロ3分50~55秒のインターバル走を10本(リカバリーは約1分)、最終日は150分LSDなどを消化しました。
 昨年12月の防府読売マラソンは2時間56分14秒で駆け抜け、女子視覚障害者の世界記録をマーク。4月のロンドンでは2時間52分、本番の東京までには同50分切りを目標にしています。
 43歳で大一番を迎えますが、「ヨガの成果が出てきて股関節や肩甲骨周辺の可動域が広がり、体は進化してます。食欲もすごくあるんですよ」と元気いっぱいでした。

 写真=夕方のジョギングをする道下と伴走の青山由佳

2018年1月16日 (火)

24時間リレーの輪

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 先週末の13日夜、東京・新宿の居酒屋に4つのランニングクラブが集いました。昨年7月の「オートバックスPrezents第23回ランナーズ24時間リレーマラソンin富士北麓公園」(山梨・富士吉田市)に出場した「RUNだば」、「まぐろ軍団」、「ビッグマウス」、「うぃうぃんず」の計28人が楽しい一夜を過ごしました=写真=。
 「RUNだば」は昨年の大会で、米国の人気アニメ「ミニオンズ」のキャラクターで不思議な生き物の「ミニオン」に扮して3年ぶり3度目の仮装大賞をゲット。その本拠地の関西酒場「らくだば」につながりのあった3チームが招かれ、交流の場が設けられた次第です。ほとんどの方が初対面でしたが、そこはランナー同士。すぐ打ちとけ、お友だちになりました。
 ちなみに4チームとも10回前後の出場回数を誇る「24時間」の大ベテラン。毎年、メンバー決め、車やバスの手配、食事やドリンク類の用意、翌日の入浴や打ち上げ準備などに追われますが、乗り切った達成感と連帯感はひとしお。大変だと分かっていても、「今年も頑張ろう」となるようです。
 盛り上がったこの日の宴会は約3時間で終了。翌日のフェイスブックには「友だちの輪が広がったね」「つながりっていいもんだ」という書き込みが並んでました。

2017年10月18日 (水)

70歳 前田豊子さんに続け

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 黒松内町内一周駅伝大会(7区間、42.195キロ)が15日、北海道の同町で開催され、前田豊子さん(70)=余市町=率いる「あれから10年バーバラスペシャル」が3時間17分28秒で女子の部3位に入りました。

 「あれから10年―」は、10年前の同大会にも同じメンバーで「バーバラスペシャル」として出場。この時は前田さんの還暦を祝うために親しいラン仲間が集まり、2時間44分4秒で優勝しました。今回は前田さんの古希(こき)に加え、「この10年、いろんなことがあったよね」という感慨もあって、チーム名の最初に「あれから10年」を付け足したそうです。
 「前回は勝負をかけてぶっち切りましたが、今回はみんな年をとってガタガタ。でも、集まれただけで幸せでした」と前田さん。10年前は独身で現在は3人の子育てに追われる坂本祐美さん(37)はこの駅伝が復帰戦。「今日は手応えがあった。忙しい毎日ですが、これから少しずつ大会に出たいです」と大きな刺激になったようです。
 前田さんはこれまで、東京(現さいたま国際・代表チャレンジャーの部)16回、名古屋(現名古屋ウィメンズ・エリートの部)12回、大阪11回と、国際女子マラソンに計39回出場。今年6月のサロマ湖100キロウルトラマラソンは12時間47分36秒で、8月の北海道マラソンは4時間2分30秒で完走し、今なお北の大地を代表するランナーです。
 そんな大先輩の背中を、駅伝のメンバーたちはずっと追い続けてきました。
 「原点」「目標」として慕ってきたのは太田尚子さん(48)。1999年の洞爺湖マラソンでは、優勝した前田さんと並走し残り5キロで離され2位に。「50代でこんなすごい方がいるんだ」と驚いたとか。大会で出会うたび、「距離を踏みなさい」「国際に出ると勉強になるよ」と前田さんに教えられた太田さんは、2001年から洞爺湖8連覇を達成しました。
 70代に入り、「ここ数年はタイムが1キロ1分ずつ落ちてきた」と嘆く前田さん。練習量も減ってますが、太ももの強化に効果のある太極拳を週2~3回消化し、体力・筋力維持に努めています。年内のレースは来月の作.AC 真駒内マラソンで終わり、来年は4月の伊達ハーフマラソンから始動します。
 「今は体調が1年ごとに変わるから先のことは分からない。まあ、それでも懲りずに走っているのかなあ。10年後、80歳で駅伝? それはないでしょう」。偉大な「レジェンド」は楽しそうに笑ってました。

 写真=チームのメンバーとポーズを取る前田さん(左から3人目)

2017年10月13日 (金)

隣のレジェンド 気負わず大阪へ 

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 「隣のレジェンド」最終回は、山口勇吉さん(66)=大阪・富田林市=。6年ぶりに当選した大阪マラソン(11月26日)で、3時間45分切りに挑みます。

 走り始めるきっかけは、交通事故だった。28歳の時、追突され、ひどいむち打ち症に。処方された痛み止めをしばらく服用していたが、副作用で胃潰瘍になって入院した。その時、病室のテレビで見た第1回東京国際女子マラソンの中継にくぎ付けになった。大阪府の市民ランナー・村本みのるさんが2時間48分52秒で日本人選手トップの7位に入り、「普通の主婦でも頑張ればできるんだ」と大きな刺激を受けた。
 入院前は歩くとフラフラになるほど体調がすぐれず、「子どもがまだ小さいし、とにかく丈夫にならないと。退院したら、毎日できるランニングを始めよう」。そんなことを考えていた時、偶然目にした村本さんの快走が背中を押した。
 近所のジョギングから始まり、次第に距離が延びていった。3年後、初フルとなった篠山は後方からスタートしたものの、2時間56分台でゴール。いきなりサブスリーランナーとなって周囲を驚かせた。
 「最後はヘロヘロになって歩いてました。でも、タイムを知って自信になった。あれでハマってしまったなあ」。200キロ前後だった月間走行距離は300キロ、400キロに。ラン仲間から登山の効用を聞くと、休みの日に奈良・御所市と大阪・千早赤阪村の境にある金剛山(標高1125メートル)、大和葛城山(同959メートル)に通い、2~3時間、急な上りも階段も走り通した。1500メートル5本のインターバル走も取り入れ、持久力と心肺機能を強化した。
 日々の努力が実り、40歳で迎えた福知山は2時間38分46秒のベスト記録をマーク。「当時は1人でコツコツと練習してた。とにかくガムシャラだった」と振り返る。その後、加齢とともに記録は低下。50代中盤でサブスリーは途切れ、昨年の神戸は3時間40分47秒だった。
 現在は15~25キロのジョギングがベース。週1回、約50メートルの流しを7本こなし、たまに1キロ4分のスピード走を1本だけ入れる。来月の大阪に向け、「30~35キロ走をあと2回はしたい」と言うが、「年だから、しんどいと思ったら素直にやめる」と自然体だ。
 ラン仲間と立ち上げたTBタートルズは今年、結成33周年を迎えた。山口さんは約15年間、会長を務める。孫5人の幼稚園や習い事の送り迎え、週2日の仕事もあって何かと忙しい。それでも「孫とかけっこしたいから、体力は維持しないと。用事の合間に走ってるよ」と楽しそうだった。
 ◆山口 勇吉(やまぐち・ゆうきち)1951年8月7日、熊本県生まれ。フルの出場回数は50回以上。159.8センチ、54キロ。血液型AB。

 写真=今年5月、TBタートルズの恒例行事「琵琶湖一周リレーマラソン」に参加した山口さん(前列右から2人目)

2017年10月 6日 (金)

隣のレジェンド 71歳トライアスリート

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 「隣のレジェンド」第6回は、トライアスロン歴10年を誇る安部幸男さん(71)=東京・稲城市=。「健康のためだけでは続かない。目標を持つこと」をモットーに、競技に打ち込んでます。

 トライアスロン3種目の練習を、安部さんはコンスタントにこなす。スイムは火、土曜に2500メートル。バイクは週2回、多摩川沿いを中心に40~50キロ。ランは週3回、バイクの後の5キロとランのみの15キロ。「スイムとバイクは負担が軽く、慣れれば平気」という。
 地道な努力が実り、63歳と65歳の時に宮古島(スイム3キロ、バイク155キロ、ラン42.195キロ)、67歳で佐渡国際(スイム3.8キロ、バイク190キロ、ラン42.195キロ)と、ロングディスタンスの両トライアスロン大会を完走。「半日かかるレースなのでゴールできないと思ってた。だから、すごい達成感だった」
 30歳を過ぎたころ、体重が76キロになった。ダイエットのため、近所の温水プールで水泳を始めた。ウォーキングにも励み、体重は1年間で60キロ台に。マスターズ水泳にも出場するようになり、55歳の時には全国大会の200メートル・バタフライで年代別の金メダルに輝いた。
 「フルマラソンはどんなものだろう」と思い立ち、59歳でランニング開始。約1年後のホノルルが初フルで、3時間48分で走り切った。60歳で迎えた板橋Cityを3時間37分52秒で走り、ベスト記録をマーク。「伸び盛り」の61歳の時、スポーツクラブの知人にトライアスロンを勧められ、あっと言う間に10年が経過した。
 これまでフルは18回出場して15回完走(リタイアはいわき2回、かすみがうら1回)。大会前は月間150~200キロを走り込むが、ここ数年は低迷。今年3月の板橋Cityは37キロ付近で「ガス欠」となって、不本意な4時間41分36秒に終わった。
 「4時間を切ろうと思って失敗した。1キロ5分30秒ペースがきつくなってきた」。フルに関しては弱音をはくが、トライアスロンは好調だ。6月の渡良瀬、9月の国営昭和記念(ともにスプリント=スイム750メートル、バイク20キロ、ラン5キロ)は年代別で1位をゲットした。
 「仲間と達成感を共有すること、自分と闘って挑戦していく気持ちが大切。健康のためという理由だけでは続かないよ。レースに出ること、結果を出すことなど、目的をもつことが必要なんだ」。来年3月の板橋Cityでサブフォーに返り咲くことが、鉄人のターゲットだ。
 ◆安部 幸男(あべ・ゆきお)1946年7月4日、富山・八尾町生まれ。167センチ、56キロ。

 写真=自宅近くをジョギングする安部さん

 次回「隣のレジェンド」は13日掲載

2017年9月29日 (金)

隣のレジェンド 仲間と走る喜び

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 「隣のレジェンド」第5回は、ウルトラマラソン歴25年を誇る伏見房子さん(75)=大阪府=。ラン仲間との走り旅を中心に国内外を飛び回っています。

 今年1月は台湾ジャーニーラン、春の大型連休は青森・浅虫温泉~岩手・釜石ラン、5月末は横須賀・三浦みちくさウルトラマラソン65キロの部、7月は東京・葛西臨海公園の7時間走、8月は核兵器のない世界平和実現を願う広島~長崎リレーマラソン。70代中盤ながら、伏見さんはエネルギッシュに活動する。
 気心のしれた20年越しのラン仲間が、ロングランや練習会を企画。その合間にウルトラマラソンに出場する。「最年長の私は、ずっと最後尾。やっとついていくほど遅いのに、いつも誘ってもらえる。ありがたいなあ。みんなと楽しく、いつまでも日本列島を旅したい」という。
 若いころは体調がもうひとつ。子育てが一段落した45歳の時、ご主人の正勝さん(15年前に62歳で死去)に「走ったら元気になるで。靴だけあればできるやろ」と言われて走り始めた。朝晩のジョギングが日課となり健康になった。48歳で初フルとなったホノルルを4時間17分で完走。49歳で初ウルトラを迎え、阿蘇カルデラの100キロを11時間40分で走り通した。
 「ウルトラは知らない方でも話しかけやすく、すぐ友人になれる。走る仲間がたくさんできて、いろんな大会を勧められるようになって、すっかりはまってしまった」。100キロは野辺山、四万十川、宮古島ワイドーなど多数。100キロ超級は山口萩往還(250キロ、完踏10回)、夜叉ヶ池伝説(135キロ、同17回)、関西周遊(305キロ)、トランスエゾ(襟裳岬~宗谷岬550キロ)なども参加してきた。
 一方、68歳の時には思わぬ大病も経験。物がゆがんで見えたため、脳神経外科を受診すると脳動脈瘤(りゅう)と診断され、開頭手術を受けた。無事に社会復帰を果たし、「自分へのご褒美」としてトランスヨーロッパとスパルタスロンに出場。いずれも途中でリタイアしたが、その行動力が周囲を驚かせた。
 脚に違和感が出てきたら整形外科に直行。バランスのよい食事、カルシウムの摂取を心がけているが、最近、血圧が高くなってきた。それでも、整形外科医から「走って血圧を下げましょう」と言われ、薬よりも運動することで体調をキープしている。
 「今、走らなくなったら、足腰の丈夫さを保てない。みんなと走っていて道に迷うことがあったら辞めようと思ってますけど」と笑う伏見さん。来年1月には仲間と沖縄一周ジャーニーランに向かう。その準備として、年内はハーフマラソンに2~3回出場する予定だ。
 ◆伏見 房子(ふしみ・ふさこ)1942年8月3日、大阪府生まれ。フルのベスト記録は3時間32分(93年1月、西脇レディース)。142センチ、40キロ。血液型O。
 写真=鹿児島・佐多岬に着いた伏見さん

 次回「隣のレジェンド」は10月6日に掲載

2017年9月22日 (金)

隣のレジェンド 80歳「二刀流」

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 「隣のレジェンド」第4回は太田幸宏さん(79)=大阪・富田林市=。春から秋まではマラソン、冬はスキーに打ち込む「二刀流」です。

 雪深い兵庫・美方郡出身の太田さんは、かつてスキー場でパトロール員を務めていたバリバリのスキーヤー。今でもゲレンデに通っているが、50代後半の頃、「若い者についていくのがしんどい」と体力不足を痛感した。知人から「走る仲間がいるよ。一緒に走ってみないか」と誘われた。
 59歳でランニングライフがスタート。10キロ、ハーフとレースの距離が延びていった。60歳で迎えた初フルは4時間46分56秒(NAHA=那覇)でゴール。67歳でフルベストとなる4時間9分23秒(福知山)をマークした。これまで10キロに31回、ハーフに33回、フルに23回、ウルトラに6回出場し、リタイアしたことは1度もない「鉄人」だ。
 今季の勝負レースは11月の大阪。来月3日には大台の80歳となるが、「足腰は衰えを感じるけど、絶対、完走する」と意気込む。1人で行う25~26キロ走をしっかりこなし、土曜日早朝は所属する狭山池夕焼けランの練習会に参加。本番は後方から走り出すため、「スタート地点を通過するのに30分以上はかかりそう。第2関門(10.5キロ、11時5分)をクリアできれば、あとは楽にいける」とレースプランも固まった。
 狭山池夕焼けランでは最年長ながら「おーちゃん」と愛称で呼ばれる。
 「みんな私の年下だけど、やさしい仲間なんですよ。陸上競技が無知の私に親身になってアドバイスしてくれ、ありがたいね。そんな人たちが『太田さんが目標です』『太田さんの年まで頑張りたい。やめないで』と言ってくれる。これが一番の励みになってるなあ」
 12月の初滑り後は、4月までスキー三昧。故郷のハチ北高原スキー場をホームゲレンデに、八方尾根、栂池(つがいけ)高原、戸隠(以上、長野県)、八甲田山(青森)など、各地のスキー場を滑りまくる。
 「八方は雪質が最高。栂池と戸隠は宿の料理がうまいんだ。コブ斜面はあまり行かなくなったけど、スキーはやめられないね」。孫が5人もいる「おじいちゃん」は楽しそうに笑った。
 ◆太田 幸宏(おおた・ゆきひろ)1937年10月3日、兵庫・美方郡生まれ。155センチ、54キロ。血液型O。
 写真=狭山池夕焼けランの練習会で走り込む太田さん(中央、今年5月)

 次回「隣のレジェンド」は29日掲載

2017年9月15日 (金)

隣のレジェンド 復帰を誓う

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 「隣のレジェンド」第3回は飯間勝さん(73)=東京・世田谷区=。2年前に左ひざを故障し、現在はフル復帰に向けてリハビリに励む毎日です。

 2015年3月の板橋Cityマラソンを3時間34分9秒で完走した。月刊ランナーズの人気企画「全日本マラソンランキング」71歳の部で6位に入る好記録に、飯間さんはさらに意欲をかき立てた。だが、夏から秋にかけ、走行距離を伸ばしたところで左ひざ裏側に違和感が出てきた。医師の診断は「変形性ひざ関節症の疑い」。以後、フルは封印し、地道な走り込みと筋トレが日課になった。
 週5日は近所の多摩川沿いのサイクリングロードやスポーツジム内の周回コース(1周125メートル)で5~10キロを走る。ジムでは夜に3時間、筋トレやエアロバイク、スイム、ランなどのメニューをみっちり消化。月2回の休館日を除き、「ほぼ毎日」(飯間さん)ジムに通う。
 4年前、ラン仲間と「二子玉川走友会」を立ち上げ、会長に就任。200人近くまで増えた会員からは「走友会に入って仕事以外のつながりができ、人生がより豊かになった」といった声が届き、大きなモチベーションになっている。
 「仲間が前向きだからこそ、トップの私も頑張って生涯現役の率先垂範をしていきたい。旗を振るだけでは迫力ないから、必ずフルに復帰しないとね」と飯間会長。ランや筋トレ後、20分以内に適量のプロテインと糖質(きな粉、粉ミルク、すりゴマなど)を補給し、食事は野菜を多めにして鳥胸肉を取ったりとバランスに気を配る。
 昨年10月にはNHKのランニング番組「ラン×スマ」に、ひざを故障したモデルランナーとして出演。番組で講師を務める金哲彦さんから「身長(160センチ)のわりにストライドが大きく、前傾が不十分。ひざに負担のかからないピッチ走法に変えましょう」と指摘され、歩幅の小さいフォームに変えた。
 金さんからは①故障防止のため、股関節と足首、肩甲骨の可動域を広げるストレッチ②臀筋(でんきん)を利用した前傾姿勢と丹田(たんでん)を意識した腰高走なども勧められ、ずっと実践している。「フルの花道」に戻るため、よいと思ったことは積極的に取り入れてきた。
 「2年前と同じ板橋に出ます。結果を出してランキングの10位以内を目指したい」。70代のアスリートに老け込む様子はない。
 ◆飯間 勝(いいま・まさる)1944年2月2日、香川・高松市生まれ。50歳から走り始め、フルベストは3時間13分(2003年11月、大田原)。160センチ、50キロ。血液型O。

 写真=多摩川の近くを走る飯間さん

 「隣のレジェンド」は毎週金曜日に掲載します

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