花月園競輪と私
タイトルはまるで入社試験の課題作文みたいだ。でも、今日しか書けないのだから、こんなベタなタイトルでもいいだろう。
http://www.kagetsuenkanko.co.jp/
(リンク先は花月園観光株式会社のホームページです)
神奈川県横浜市にある花月園競輪場が、3月31日が最終日のF2開催をもって、開催を廃止した。これで競輪を開催している競輪場は46場に減ったことになる。最近では2002年3月に福岡県の門司競輪場、兵庫県の西宮競輪場、甲子園競輪場の廃止があったから、8年ぶりに競輪場の数が減少することになる。そして昨今の競輪に限らず公営競技の売り上げ減少を見れば花月園競輪場に続き廃止となりそうな競輪場もまだまだ出ても不思議はなく、寂しさは隠せない。
最終日に以前に内外タイムスでオートレースを担当していて、私とはギャンブル仲間といえる渡辺寿輔さんが約1万人入った花月園の最終開催に訪れた。彼からのレポートによると、最終日はやはり入場者も多く、閉場式の後に行われたバンク解放では、多くのファンがバンク内に入ってそれぞれの思いをはせていたそうだ。
開場から59年間という花月園の歴史の中で私はその後半の20年間ほどの変遷しかしらないのだが、それでも以前、花月園競輪からさほど遠くない場所に住んでいたこともあって、何回、あの丘の上の競輪場へ行ったかは、数え切れない。
良かった思い出は今で言うF2開催の2日目。7Rから10R(当時は10R制でした)をすべて当てて財布が折れないほど儲けてそのまま羽田空港から九州へ競輪旅行に行ったとか、3連単導入後の併売開催で、他場の場外と間違えて買った本場開催の3連単が来て10万円近くになったとか(ちなみに私の間違えて買って当たった車券の最高額でした)。
悪い思い出は良い思い出の何倍もあって数え切れません。勝負レースを写真判定で負けてトボトボと坂を降りて「今月、どうしようか」。まあ下を向いて鶴見駅までの15分ほどの道のりで人生を反省しまくりました。
それでも翌月にはこりもせず、無料バスに乗っていましたね。若かったからかな。


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