ブログ報知

スポーツ報知ブログ一覧

« 2016年7月 | メイン | 2016年9月 »

2016年8月

2016年8月31日 (水)

伊豆ヶ岳でトレーニング

 年末のトレイルラン出場へ向けて、奥武蔵の伊豆ヶ岳(851m)でトレーニングしました。正丸駅から大蔵山を経て山頂へ。

Img_0340

 

Img_0336

 

 台風10号の影響で道は滑りやすく、古御岳(830m)を越えて、高畑山(695m)へ下る途中で転倒。左手で枝を掴んだ状態で一回転し、右ひざ下や腕、手の平などを擦りむきました。とくに右ひざの傷は大きく、血が出てきてしまいました。幸い打撲はしなかったので歩けましたが、血を流しながらの下山というのは嫌なものです。吾野駅へと続く山道は長く、天目指峠を経て、子ノ権現天龍寺に辿りついたところで、やっと傷口を水で流すことができました。

Img_0341

 

 そんな惨めな場面を見つけた参拝客のご夫婦が「使ってください」とバンドエイドとティッシュを差し出してくれました。バンドエイドは2枚だけ持っていましたが、足りないので、とても助かりました。傷口はズキズキ傷みましたが「やさしい人はいるものだなあ」と温かい気持ちになりながら、吾野駅へと続く5キロの林道を下しました。

Img_03501

2016年8月30日 (火)

時天空関、おつかれさまでした。

 悪性リンパ腫との闘病の末、引退を決めた大相撲元小結・時天空関は、人柄も素晴らしい力士でした。巡業先で「泊まるところがない」と雑談していたら「オレの部屋へ来なよ」と言ってくれたフレンドリーな言葉が忘れられません。写真は2005年名古屋場所前のもの。朝青龍関が横綱昇進した2003年の2月にモンゴルへ行った時には、時天空関のお父さんのロシア製ジープに乗せていただき、お世話になりました。長い現役生活、お疲れ様でした。第2の人生がさらに充実することを心よりお祈りしています。

Photo

2016年8月26日 (金)

芥川・直木賞贈呈式

  第155回芥川・直木賞の贈呈式に行ってきました。「コンビニ人間」で芥川賞受賞の村田沙耶香さん(37)と「海の見える理髪店」で直木賞受賞の荻原浩さん(60)にそれぞれ正賞の懐中時計と副賞100万円が贈呈されました。受賞のことばはそれぞれ以下のとおりです。

Img_02661

 ▼村田さん  スピーチ慣れないので緊張しています。ここから見ると、顔ばかりですごく緊張しています。13年前に自分がデビューしたときもこういうふうに緊張していたのを覚えています。群像新人文学賞優秀賞を受賞したとき、新人賞はそんなに大きなパーティーではなくて裏の部屋でサンドウィッチを食べるだけだよ、と知り合いの作家さんに教えていただいたので、会場に行ったら金屏風が置かれていて、卒倒しそうになったのを覚えています。そのとき、何か誓おうと思って、ずっと書き続けますとだけ辛うじて言ったのを覚えています。同じように13年後に金屏風の前で受賞の言葉を言わせて頂いているのは奇跡のようで本当に感謝しています。

 この13年間、私を支えてくれた言葉がいくつかあって、中でも印象的なのは恩師の宮原昭夫先生(小説家)がおっしゃっていた『作家は楽譜を書いていて読者が演奏してくれるんだ』という言葉でした。その言葉のとおり、自分にとっては音楽としか思えない素晴らしい演奏をいっぱい聴かせて頂いた13年間でした。素晴らしい演奏家の演奏を聴いて、また自分からも小説が生まれてくる。こちらがもらっていることのほうが多いような13年間でした。なのでここに立って感謝を伝えられることが嬉しく思います。  大きなことを言うようで恐縮ですが、私はこれから人間が見つけてはいけない言葉を見つけるかもしれないし、見つけられたらいいな、と思っています。私1人の力では無理で、編集さんはもちろんですが、他の人の作品とか、物語や言語の力とかいろいろな力を借りて探していくのだと思います。すごく変なことを言うようですが、これから人類のことを裏切るかもしれないな、と思いながら1か月間過ごして来ました。ニコニコ応援してくれている人を裏切るような言葉を探すかもしれない。とても傲慢なことですが、探せたらいいなと思っていました。誰を裏切ることになっても小説だけは裏切らないようにしようと思って受賞からの1か月を過ごしていました。

 今日こんなにキラキラした場所でいっぱいのことをもらい、小説を作ることでお返ししていきたいと思います。同じように金屏風の前でこれからも書き続けますと誓いたいと思います。ありがとうございました。

 ▼荻原さん  この1か月間、慌ただしくて、何か収容所に連行されて流れ作業にしているようなそんな日々を過ごしておりました。自分としては今までに頂いた賞も同じようにありがたく、自分の何かが変わったわけではないのだから調子に乗るなよ、と自分自身を諫めるのも同じなんですけど。

 やっぱり反響というのはこれまでにないものでいろんな方にイチロー選手じゃないんですけど、自分のことのように喜んで頂いたり、懐かしい方に今回の受賞をきっかけに声をかけてもらったり、よく知らない人と急にお友達になれたり、そんなありがたい体験をしました。  一番ありがたかったのは、自宅からちょっと行ったところのマンションを仕事場にしているんですけど、今まではたぶん僕のことを昼間からブラブラしている失業者だと思っていたんじゃないかという管理人さんとか住民の方々の目が温かく優しくなった。それが本当に賞のおかげでありがたいなと思っています。

 ただ、そうやって収容所で流れ作業をしながらも、なんで他の賞と違うんだろうとえこひいきに過ぎるんじゃないかなと、そんなことも思っていたのは事実です。ただそれは僕の思い上がりだったかもしれません。心配するまでもなくお盆が過ぎると秋風とともに身辺急に静かになって来ました。だから今日を境に明日からは誰もかまってくれないだろうと思うぐらい平穏な日々に戻ると思います。ですから明日からは慣れない作業ではなく、今までやって来た、地味に1行1行文章を積み重ねていくいつもの作業に戻らせて頂こうと思っています。

 勝手ですけど〇〇賞受賞作だけでなく、冠のないものでもこれがいいと思った作品がありましたら、これもいいぞ、と多少なりともスポットライトなり、温かいご支援なりを作品に向けていただければ、ありがたいなと考えています。今までだった負け犬の遠吠えみたいな話を皆さんの前でできることが何よりありがたいことだと思います。本当にありがとうございました。(了) 

2016年8月25日 (木)

「旅人の表現術」

 自らの探検・冒険を活字で表現するノンフィクション作家・探検家の角幡唯介さんが、これまでの探検論などのエッセー、対談などをまとめた「旅人の表現術」(集英社)を出版。25日付のスポーツ報知で著者インタビューを掲載させて頂きました!

Photo

 大学山岳部出身の私が「こんな探検・冒険をやって食べていけたらなあ」と夢想していたことを本当に実行している人物なので、とてつもないリスペクトがあります。角幡さんと高野秀行さんは私にとって敬愛するノンフィクション作家の双璧です。是非インタビュー記事を読んで、本を手にとってみてください。

2016年8月24日 (水)

「海峡を越えた野球少年」

  ポレポレ東中野で公開されている韓国のドキュメンタリー映画「海峡を越えた野球少年」(キム・ミョンジュン監督)を観てきました。

Photo

 1956年から1997年までの42年間、在日コリアンの球児たちが、海峡を渡り、祖国・韓国の高校野球大会に出場していました。この作品は決勝戦で惜敗した1982年の在日同胞チームのメンバーたちを探し出し、韓国プロ野球の始球式で登板してもらうまでを企画・撮影したドキュメンタリーです。

 しかし、日本でも、祖国・韓国でもよそ者扱いをされる在日同胞にとって祖国で野球をするということは必ずしもいい思い出ではありませんでした。しかし懐かしいメンバーが約30年ぶりに集う中で、徐々に彼らの気持ちは高揚していきます。そのラストは何と清々しいことか。

 映画には「韓国野球の源流」(新幹社)の著者でスポーツライターの大島裕史さんもインタビューに答える形で出演されています。韓国野球は在日コリアンという存在なくして語ることができないとあらためて認識できました。大島さんには2002年のサッカー日韓W杯取材の時にいろいろとご教示いただきました。ご活躍の姿をみて嬉しくなりました。

2016年8月16日 (火)

築地市場移転問題

 小池都知事の築地市場と移転予定先の豊洲新市場視察に同行。築地市場は勝鬨橋側の駐車場ビル屋上から市場全体を一望できます。豊洲市場は11月開場予定ですが、建物はほとんどできてしまっています。

Img_01401

 

 それにしても仲卸業者の大多数が移転に反対しているのに、なぜ強行しようとしているのでしょうか。私には理解できないのですが、推進派、反対派双方の意見をしっかり聞いてみたいと思います。

Img_01192

 

 すでに11月開場で決定してしまっていますが、小池さんには是非、この移転問題の本質を見抜いていただき「都民ファースト」の決断をお願いしたいところです。

Img_0147

2016年8月14日 (日)

ゴジラにスカイツリーは壊せるか(再録)

  私は公開中の映画「シンゴジラ」を観ていないのですが、シンゴジラに東京スカイツリーが壊せるかという疑問が、巷で話題になっていると聞き、スカイツリーが開業した2012年に「空想科学読本」の柳田理科雄さんに見解をお聞きしてブログ記事にしたことを思い出しました。以下、再録しますので、どうぞご覧下さい。

【ゴジラにスカイツリーは壊せるか】

  東京のシンボルだった東京タワー。特撮映画の中でモスラの幼虫にへし折られ、ゴジラには「放射能火炎」で破壊されました。

 高い建物は特撮映画に出てくる怪獣に狙われる運命にあり、いずれは東京スカイツリーも怪獣たちのターゲットとなる日が来るでしょう。モスラやゴジラには、スカイツリーを破壊できるのでしょうか。シリーズ「空想科学読本」でアニメや特撮作品を科学的に考察している柳田理科雄さんに聞いてみました。

Photo

1961年の映画「モスラ」の中で、東京タワーをへし折るのは、最大時で体長180m、体重8000トンになるモスラの幼虫。へばりついて繭を作られた東京タワーの総重量は約3600トンで、モスラの半分以下です。この重量差では映画のとおり、タワーが崩れるのも無理はありません。

 ではスカイツリーならばどうか。電卓を使って計算を終えた柳田さんは「持ちこたえられるのではないでしょうか」と回答。あまり知られていませんが、ツリーの総重量は、東京タワーとはケタ違いの約4万1000トン。8000トンにのしかかられても・・・確かに平気そうですね。東京タワーは1958年当時、地震対策のため、地面に負担がかからぬよう、なるべく軽めに設計されましたが、約2倍の高さのスカイツリーは逆に、十分な鉄骨を使うことで安定させる発想で設計されています。

 ではゴジラなら壊せるのでしょうか。2003年の映画「ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS」の中でゴジラは「放射能火炎」で東京タワーを破壊していますが、ここでは1954年の初代ゴジラ(体長50m、体重2万トン)が素手で挑むと仮定しましょう。「身長170センチ、体重70キロの人が高さ22mで重さ140トンの塔に挑む計算になる。ゆさぶることぐらいできそうだから展望台にいる人はひどい目に遭うでしょう。しかし壊すとなればよじ登っていくしかないでしょうね」。

 ゴジラの体重は2万トン。この体重をかけてツリーを壊すしかない。「ツリーは上部ほど弱いので、壊すには塔に登るのが一番。しかし450mの天望回廊まで登ったところで、ツリーが崩れたらゴジラ自身も時速340キロで落下する計算になります。ゴジラはツリーと刺し違える覚悟がなければ壊せないでしょうね」。

 では、どんな怪獣なら壊せるのでしょうか。柳田さんは「感覚的にいうとツリーの半分ぐらいの大きさ。350mぐらいの身長は必要でしょう。史上最大級の怪獣になります」。

 ツリーの半分の身長があるとしても、人間が拡大した場合と、ゴジラが拡大した場合では体重が全く違ってくる。しかし、東京タワーの基礎は4本の円柱が深さ20mまで埋まっているのに対し、スカイツリーには、ツリーの根本に三角柱の基礎が50mまで埋まっています。これを引っこ抜くのは350mの怪獣でも楽勝とはいかなさそうです。

 柳田さんは、こんなシーンをイメージしています。「怪獣も素手でなかなか壊れないから当たりを見回してみたら、東京タワーがみつかった。タワーを引っこ抜いて凶器のように振り回しながらツリーを展望台の辺りから壊しにかかるのではないでしょうか」。

 しかし、怪獣映画の設定上、問題が生じそう。「問題はそんな怪獣が倒せるかという点。最大のミッションになるのではないか・・・」と柳田さんも考え込んでしまいました。

2016年8月12日 (金)

あれから31年

   520人が亡くなった日航機123便の墜落事故から今日で31年になりました。3年前の2013年には私も初めて墜落現場に赴き、手を合わせて来ました。当たり前ですが、大変山深いところで「こんなところに落ちてきたのか」と改めて驚かされました。現場で救助に当たられた方々の苦労も想像を超えるものだったはずです。

Photo

 事故当時、私は中学3年生。夏期講習の塾から戻り、午後7時から「歌のトップテン」を観ながら大変な事故が起きたことを知りました。

 知人が乗っていたわけではありませんが、中学時代最大の衝撃を受けた事件なので、後年、自分なりに事故の背景を調べ、事故原因には不可解な点がいくつもあることも知りました。

 当時の事故調査委員会は運輸省の天下りや御用学者で編成されており、まったく第三者性を欠いた委員会。調査結果は「78年の尻餅事故後の修理ミスにより圧力隔壁が損傷したことによる」とされていますが、機内で急激な減圧が起きた形跡がないことなどからいまだに異議を唱えている専門家もいます。JAL労組や遺族会は今でも再調査を要望している方もいますが、動き出す気配はありません。

 少なくとも事故直後に墜落地点は特定できていたにも関わらず、翌朝まで救助を控えたことや、飛行機が炎上している最中に役人たちは東京で事後対策会議をしていたというのは事実です。また当時の首相だった中曽根さんはご自分の選挙区に墜落したのに、一度も事故現場に足を運びませんでした。

   あれから31年。私たちは韓国など諸外国の交通の安全性を批判しがちですが、民間航空機史上最大の事故を起こしたのがこの国であるということを忘れてはいけないと思います。

2016年8月 2日 (火)

ハラール対応のラーメン店

 イスラム法で禁じられる「ハラール」に対応したラーメン店「新宿御苑らーめん 桜花」へ行ってきました。扉を開けると黒のヒジャブをまとった女性が迎えてくれます。

 注文したのは御膳らーめん(1100円)。細めんでスープは鯛だしの個性的な味。別盛りで火に炙られた鶏つくねが出てきます。豚骨、豚背脂に慣れすぎてしまった者としては新鮮で、澄んだ味わいでした。食後にはオーガニックティーがサービスで出されます。

Photo

 

 食べているときにマレーシアの方と思われる家族づれがドヤドヤと4人入ってきました。恐らくイスラム圏のグルメ本には「東京でラーメンを食べるならここ!」みたいな感じで紹介されているんでしょうね。

Photo_2

 お店は、車椅子スペース確保の出来る立席有り、車椅子専用テーブルなどを完備したユニバーサルデザイン(宗教、文化、言語、車椅子、子供連れ)がコンセプト。隅々まで未来志向が感じられ、感心してしまいました。店主はムスリムの方です。

甲斐毅彦

2017年12月

          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

最近のトラックバック

見出し、記事、写真の無断転載を禁じます。Copyright © The Hochi Shimbun.