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2017年5月 5日 (金)

「死刑囚 永山則夫の花嫁」

 2月に出版された「死刑囚 永山則夫の花嫁『奇跡』を生んだ461通の往復書簡」(嵯峨仁朗著、柏艪舎)を読みました。

 1968年に起きたピストルによる連続射殺事件で4人の命を奪った永山則夫死刑囚と獄中結婚した女性との往復書簡。1997年の死刑執行から20年経ち、本書でそのほぼ全内容が初公開されています。

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 相手の女性は当時、米国ネブラスカ州に住んでいた沖縄出身の女性。1980年に永山が獄中で書いて出版した「無知の涙」を読んで、心を奪われ、永山に1通のエアメールを送ったことが、すべての始まりでした。

 手紙の内容は誤字が多いぶん、それだけリアルで、相思相愛の様子が伝わって来ます。当時はまだメールの絵文字などはありませんでしたが、その文体たるや、今ならば絵文字だらけのものになるでしょう。この手紙のやりとりをした男が本当に4人も人を殺したのだろうか、という気持ちにさせられます。

 著者は長く永山事件を取材してきた北海道新聞記者。「死刑囚の花嫁」としてマスコミから好奇の目で追いまわされた女性は、当然にマスコミ嫌いになりましたが、その中でも唯一信頼されていたとのことです。本書の中で詳しい経緯は書かれていませんが、死刑執行から20年という節目で、女性の承諾を得て公開することになったのでしょう。驚くべき貴重な資料のはずですが、ほとんど知られていないと思うので、こちらでご紹介させて頂きました。

 私は約3年前に敬愛するジャーナリスト、堀川恵子さんの「永山則夫 封印された鑑定記録」(岩波書店)を読みました。優れたノンフィクション作品が持ちうる力を感じ、思わず涙が出てきたものです。 数十年間、封印されていた100時間を超える録音テープ入手した堀川さんは、この本で射殺犯の背景にあったものを浮かび上がらせています。掘り起こさなければ永遠に埋もれたままだった事実だと思います。

 嵯峨氏の本を読んで再び衝撃を思い出したわけですが、改めて考えさせられるのは、堀川さんが「封印された精神鑑定記録」のあとがきで書いている以下のことです。

  「日本の司法は、人々が納得する応報的な刑罰を科すことばかりに主眼を置かれ、被告人を事件に向かわせた根本的な問題に向き合ったり、同じ苦悩を抱える人々に示唆を与えるような機能はほとんど果たしていません」

 なぜ、女性は永山に寄り添おうと思ったのか。永山の遺言にしたがって網走沖の海に永山の遺骨を撒いたときにはどんな心境だったのか。死刑制度の是非とともに考えされられました。

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コメント

来栖宥子さま

はじめまして。
拙稿をご覧いただきまして、ありがとうございます。
転載、もちろん歓迎です。

よろしくお願い致します。
取り急ぎの御返事まで。

初めまして
 グーグルニュースでこちらのブログの記事を知りました。
 永山さんとミミさんについては、私などの理解の及ばないところが多いですが、上記事には共感しました。
 20年ほども前になりますが、佐木隆三さんの『死刑囚 永山則夫』(講談社)を読みました。

 恐縮ですが、当エントリを弊ブログ『午後のアダージォ』(http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47) に転載させて戴けないでしょうか。「転載」の旨、明記します。

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甲斐毅彦

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