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2016年12月16日 (金)

ナイロビで飲むビールの味

 ケニアのビールと言えば、日本にも輸出されている「タスカー」です。サラサラしていて飲みやすく、私はケニアにいる時はタスカーばかり飲んでいます。

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 タスカーを注文すると必ず「Warm or cold?(温かいのか冷たいのか)」と訪ねられます。もちろん「Cold」と注文しますが、20年前には「Warm」の選択肢しかありませんでした。 これは宗主国のイギリスが冷たいビールを飲む習慣がなかった名残らしく「冷たいのはないのか?」と訪ねると変わったヤツだな、という顔をされ「冷たいものはお腹に良くない」と諭されたものです。

 しかしイギリス以外の外国からも訪問者が増えるようになり、ようやくビールの飲み方にも変化が現れた模様。「キンキンに冷えた」とまでは行きませんが、一応冷蔵庫に入っていたものを出してくれるようにはなりました。

 タスカーは植民地時代の1922年創業。創業者は象の密漁中に事故で亡くなったそうで、そのためかロゴは象のマークになっています。

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 ところで前回訪問の2009年までは健在だったナイトクラブ「フロリダ2000」やケニア人たちの憩いのバー「モダングリーン」がともに潰れてしまっていたのは、ちょっとショックでした。タクシーの運転手などへの聞き込みで夜遊び場所は、だいぶ取材しました。ナイロビへ行かれる方は私にお尋ねください。

2016年11月26日 (土)

ナイロビの旅 カレン・ブリクセン博物館

 ナイロビ市中心部から車で約30分、カレン・ブリクセン博物館を訪ねました。カレン・ブリクセンとは、ロバート・レッドフォード主演の映画「愛と哀しみの果て」の原作「アフリカの日々」を書いたデンマークの女流作家アイザック・ディネーセンの本名。1917年から31年までカレンが生活したコロニアル風の邸宅がそのまま博物館になっています。

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  到着すると、レベッカという女の子のガイドさんが、マンツーマンで英語ガイドをしてくれました。

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 カレンはケニアの植民地時代に大農園を経営。その日々の経験を描いた自伝的作品が「アフリカの日々」です。夫から性病をうつされてしまうなど散々な目に遭ったカレンは、アフリカを自身の「再生の地」と捉えていたとのこと。作品の中では、詳らかにアフリカ人を観察した様子が描かれていますが、やはり無意識的な上から目線があったのでしょうか。何度もノーベル文学賞候補に挙がっているケニア人作家のグギ・ワ・ジオンゴはカレンを「人種差別的伝統に属するヨーロッパ人作家」と切り捨て「野生の動物とむき出しの自然を享楽し、アフリカ人を動物イメージで捉えている」と批判しています。私もいずれ作品を味読した上で、判断したいと思います。

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 確かに邸宅の庭は、広大でやはり白人による支配力の強さを感じさせられるのも事実です。庭で咲き誇るブーゲンビリアが美しかったです。

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2016年11月25日 (金)

ナイロビのグルメ事情

ふだんは少しでもうまいものを食べたいと思っている私ですが、ケニアに来たときには、大人しく観念して、あるものを食べています。なかなかうまいものに巡り合えないのです。

 旅に来たからには、その土地の名物を食べたいものですが、ケニアにはあまりぱっとした郷土料理のようなものがありません。しいて言えばキャッサバのような雑穀を捏ねてパンのようにした「ウガリ」やヤギ肉の焼肉「ニャマチョマ」などでしょう。「ウガリ」の食感はもちもちで悪くないのですが、しょせんは雑穀なのであまり滋味はなく、すぐに飽きてしまう。そもそも家庭で食べるものなので、街中でも「ウガリ」を提供する店は少ない。レストランで「ウガリをください」と言えば出してくれますが「変わっていますね」という顔をされます。

 ニャマチョマの肉は、とにかく噛み切れないほど固い。高いレストランに行けば食べられますが、何が嬉しくて、わざわざ高いお金を払って固い肉を食べなくてはいけないのでしょう。まずお勧めはしません。

 なぜうまいものが少ないのかと言えば、まず旧宗主国のイギリス自体にあまり食文化がないことが理由として挙げられるでしょう。観光客向けのレストランで唯一話のタネとして勧められるのは、キリンやダチョウ、シマウマ、インパラなどの獣肉を出してくれる「カーボニア」というレストラン。ただし、キリンもダチョウも、シマウマも味はなく、決して美味しくはありません。インパラは刺身で食べましたが、とても臭かった。

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  というわけでケニアで食べるのは、チキンとポテトなど、ごく普通の当たり障りのないものになります。写真は市中心部のFRELAS FOOD COURT」で食べた「Curry with rice」(500シリング=約550円)。しかし、これも美味しいとは言えず、カレーはどういうわけだかマヨネーズの味しかしない。たぶんマヨネーズで味付けしたんでしょう。

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  今回の旅で一番美味しかったのは「TERIYAKI JAPAN」という店のバーベキューと焼きうどんのセット。肉はだいぶ固いですが、味付けはよかったです。店を出るときに「丸亀製麺」の運営会社の経営だと分かりずっこけましたが・・。

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 以前は市の中心部に「赤坂」という鮨屋があり、ガラガラと扉を開けると黒人の板前さんが「ヘイ、ラッシャイ!」と白い歯を出して迎えてくれたのですが、どうやら潰れてしまったようです。利用者が少なかったのでしょう。

2016年11月24日 (木)

ナイロビの“スカイツリー”へ

 ケニアの首都・ナイロビのシンボルといえば、1974年に完成したケニヤッタ・インターナショナル・コンベンションセンター。円筒の上にお椀を載せたような30階建てのビルディングです。

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 ナイロビの町が俯瞰できるここの展望台には上ったことがなかったので、行ってみることにしました。

 国際会議場として使われるところだけにセキュリティーが厳しく、入口にたどり着くまでに2度のボディーチェックと手荷物検査を受けさせられました。 展望台の入場料は400シリング(約440円)だというので、支払って入場。パスポートを預けさせれました。

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 昭和40年代を彷彿とさせる旧型のエレベーターで展望台がある27階へ。足を踏み入れてびっくり。これは廃墟そのものではないか。

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 木版の床はところどころ陥没しており、足元の窓は開いたままで風がピューピュー。その気になればいつでも飛び降りられる状態。しかも職員も、他の客も一人もおらず、立ち入り禁止のところに入ってしまったような気分になりました。

 室内でありながら風に吹きさらされている状態なので、けっこう怖い。スカイツリー、東京タワーに次ぐ東京第3のタワー、スカイタワー西東京(田無タワー)に取材で上ったことがありますが、吹きさらし感に共通するものがありました。

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 気を取り直して360度のパノラマを楽しもうと思いきや、資材が積まれていて、通せんぼされてしまっており不可。それにしてもこの状態で観光客を入れるか? しかも金をとるか?

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 わずか一角ですが、眺望を楽しむことにしました。1区画のビル群の向こうには、果てしない草原が広がっているのが見て取れました。

2016年11月22日 (火)

ケニア・ナイロビ訪問

 遅い夏休みを頂き、ケニアのナイロビを旅行して来ました。

 ナイロビ到着後は、真面目な勤め人がこんな所まで来てブラブラしていて良いものか、という自責の念にかられましたが、帰るときにはナイロビの街との名残が惜しく・・・やはり年に一度ぐらいは非日常・非現実の世界に身を放り込んでみるべきだと痛感しました。

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 大変愉快な旅でしたが、帰国のため向かった空港では、一時拘束されるなど、すったもんだの多い旅でもありました。

 ナイロビは1995年にキリマンジャロ登山をしたときの思い出の地。2009年にも訪れていますが、今回強く感じたのは、以前はケニア人から「コニチワ(こんにちは)」と声をかけられることがほとんどでいたが、今はもう「ニーハウ(你好)」に変わってしまったということ。中国がアフリカへの投資に本腰を入れていれてからだいぶ経ちますが、ケニアも例にもれず、道路などのインフラ整備で莫大な投資をしているそうです。

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 アフリカ人が多い広州からナイロビへの直行便も大量の中国の方々と一緒でした。街中で「コニチワ」と言われるのは、鬱陶しいものでしたが、全くなくなるのも少し寂しい。私も当然「ニーハウ」と声をかけられるわけですが、私もいつの間にか「ちがう、ニーハオだ」とケニア人に発音を正してやるようになっていました。

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 その他、大きな変化はイギリスなどの欧米の影響だと思いますが、喫煙対策が日本以上に進んでいるということ、もう一つは20年前に比べると物価が相当高くなってしまっているということ。そんな中でタカリ、ボッタクリ体質はさらに顕著になってしまったことなど・・・。

 せっかくの経験なので数回に分けてご報告させて頂きたいと思います!

2016年8月31日 (水)

伊豆ヶ岳でトレーニング

 年末のトレイルラン出場へ向けて、奥武蔵の伊豆ヶ岳(851m)でトレーニングしました。正丸駅から大蔵山を経て山頂へ。

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 台風10号の影響で道は滑りやすく、古御岳(830m)を越えて、高畑山(695m)へ下る途中で転倒。左手で枝を掴んだ状態で一回転し、右ひざ下や腕、手の平などを擦りむきました。とくに右ひざの傷は大きく、血が出てきてしまいました。幸い打撲はしなかったので歩けましたが、血を流しながらの下山というのは嫌なものです。吾野駅へと続く山道は長く、天目指峠を経て、子ノ権現天龍寺に辿りついたところで、やっと傷口を水で流すことができました。

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 そんな惨めな場面を見つけた参拝客のご夫婦が「使ってください」とバンドエイドとティッシュを差し出してくれました。バンドエイドは2枚だけ持っていましたが、足りないので、とても助かりました。傷口はズキズキ傷みましたが「やさしい人はいるものだなあ」と温かい気持ちになりながら、吾野駅へと続く5キロの林道を下しました。

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2016年6月 5日 (日)

谷川岳

 10数年ぶりに母校、立教大の山岳部谷川岳合宿に帯同して来ました。立教に入れば、もっと楽しいサークルはいくらでもあるだろうに、あえて山岳部に入ってくれてありがとう。1936年に日本初のヒマラヤ遠征を実現した伝統の命脈は保たれています。

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 谷川岳には高校山岳部の頃から数えて20回以上来ていますが、土合橋から北へ登って行く白毛門(1720m)には今回初めて登りました。谷川から一ノ倉にかけての全容が見える絶好のビュースポットですね。急登続きなのでトレーニングにもなるし、沢、岩稜の概念を覚えるのにも最適です。現役のみんなが作ってくれたぺペロンチーノがうまくてびっくり。私が苦労して運び込んだ西瓜も喜ばれて良かったです。

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2016年4月12日 (火)

真田丸と八王子城

 昨年から始めたトレイルランの次回出場に備えて山を走ることにしました。八王子城址へ。管理棟から本丸(450m)まで駆け登りをしました。

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 八王子城は小田原を本拠地とした後北条氏が武田氏対策のため16世紀終盤に築城した山城。天下統一を目前にした豊臣秀吉が関東制圧の一環として狙ったのがここ。豊臣に臣従した前田利家、上杉景勝軍に1590年に攻め落とされました。今NHK大河ドラマでやっている真田幸村の親父、真田昌幸も豊臣の軍勢に加わっていました。

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 歴史に思いをはせるなんてことは私は普段しませんが、この広大な山城での攻防は壮絶なものだったろうと想像してみました。この一帯にあった山城を再建したら城マニアを狂喜させる一大テーマパークになるだろうな。

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2015年5月 1日 (金)

奥多摩・高水三山

 奥多摩の高水三山に登って来ました。午後から出発しても日帰りできそうなところを探して、見つけたのがこの三山。初心者向けとなっていますが、私は初めて。私にとっての未踏峰の700m峰3座に挑みました。

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 軍畑駅を13時40分発。旧鎌倉街道を登り平溝橋に出たところでY字路を左へ。登山口の石碑を出たのが14時ちょうど。ウグイスの鳴き声を聞きながらスギ・ヒノキの植林帯を黙々と登ると、常福院という真言宗の古刹が現れました。こんな山奥によく寺を造ったな、と古人の偉業に関心しつつ、山門をくぐり、本堂裏の坂道を登ると高水山(759m)の頂上に出ました。14時53分。

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 急なアップダウンを経て30分ほど歩くと岩茸石山(793m)に到着。15時20分。このミニ山行のハイライトはここからの眺望。棒ノ折へと続く稜線、奥武蔵の山々、関東平野が見渡せます。

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 樹林帯を南に進むと杉の巨木に囲まれた惣岳山(756m)の頂上に到着。15時59分。視界は開けていませんが、700m峰3座完登の喜びに浸りました。

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 尾根道を下ること約1時間。2基の送電鉄塔を通過すると徐々に車道を走る車の音が聞こえてきます。御嶽駅周辺の集落が見えてきたところで午後5時を知らせるチャイム音が聞こえて来ました。御嶽駅着17時11分。全行程3時間31分の山歩きでした。

2015年3月28日 (土)

全国「山の日」フォーラム

 2016年に8月11日が国民の祝日「山の日」となることを周知する目的で全国「山の日」フォーラムが29日まで東京・丸ノ内の国際フォーラムで開催されています。登山メーカーや各地方自治体、観光協会などが出展しています。

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 私が巣立った立教大学山岳部の大先輩で4月から上高地観光旅館組合の組合長に就任される奥原宰さんも上高地をPRしていらっしゃいました。今すぐにでも上高地へ行きたくなりました。

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甲斐毅彦

2017年3月

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