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2017年11月26日 (日)

「だから、居場所が欲しかった。」を読んで

フィリピン・マニラを拠点とするノンフィクションライター、水谷竹秀さんの新作ルポ「だから、居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人」(集英社)を読みました。

 舞台はタイの首都バンコクの高層ビル街にある日本企業のコールセンター。人件費などの経費節減のため移転し、日本からかかってくる通信販売の注文の対応をしているオペレーターたちは、タイ人ではなく、日本に息苦しさを感じて脱出して来た日本人たち。商品の注文をしている人たちは、まさか電話がタイにかかっていることは知らないでしょう。水谷さんは5年を要した丹念な取材で、オペレーターとして働いている彼らからそれぞれの背景を聞き出します。

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 非正規での勤務経験しかない30代の男性や借金苦から一家で夜逃げした男性…。息苦しい日本を離れて、彼らが求めた「居場所」は意外なところでした。

 水谷さんは2011年に「日本を捨てた男たち フィリピンに生きる『困窮邦人』(集英社)で開高健賞を受賞。その後も日本を脱出してフィリピンに「居場所」を求めた「脱出老人 フィリピン移住に最後の人生を賭ける日本人たち」(小学館)という傑作ルポを発表しています。一貫しているのは、いずれも日本国内にいては、見えてこない現代日本のひずみを見事に描き出しているという点だと思います。

 1990年代にバックパッカーとして東南アジアをウロウロしていた私にとってもタイは思い出深い地ですが、このような視点で描かれた秀作ルポの舞台になるとは、まったく想像力が及びませんでした。

2017年11月 8日 (水)

「世界をゆるがした十日間」

 昨日11月7日は、世界で初めての社会主義国家が誕生したロシア革命100周年でした。

 新聞記者を目指していた学生時代に勧められて読んだのは、革命の現場を克明に綴ったルポルタージュ「世界をゆるがした十日間」(岩波文庫)。ペトログラードでレーニン率いるボリシェヴィキが帝政を武力制圧する過程を目撃した米国の特派員、ジョン・リードによる古典的ルポです。後に英語でも読みました。

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 ソ連はこの70年後に崩壊してしまうわけですが、このようなルポがあるからこそ、100年前の人々が「富が公平に分配される社会」を目指していたことが伝わって来ます。日々、人の揚げ足をとって、世間の話題づくりをするのも、それはそれで世相を炙り出すことで意味があると思いますが、本当のジャーナリズムの仕事というのは、歴史的事件を克明に記録していくことではないかと、このような古典を振り返ると改めて感じます。

2017年10月31日 (火)

「Black Box」を読んで

 元TBS記者、山口敬之氏による性的暴行被害を告発したジャーナリスト・伊藤詩織さんの「Black Box」(文芸春秋)を読みました。一人の被害者としての告発本ではなく、諸外国と日本の性犯罪への認識や対策への取り組みの違いを考察した上での問題提起がなされており、ノンフィクション作品として読むべき一冊です。


 司法記者クラブで、記者会見を開くまでには、私も敬愛するジャーナリストの清水潔さんからのアドバイスを受けていたことは、本書を読んで初めて知りました。伊藤さんは、清水さんのアドバイスを聞きながらも、会見では自分なりのスタイルを貫きました。並々ならぬ決意をもって表に出てきたことが伝わって来ました。


 山口さんは雑誌に反論を載せて、自己弁護をされていますが、比べてみればどちらが真実を語っているかは明確です。ジャーナリストであるならば、レイプ事件についての日本国内での認識・対策の後進性にこそ問題意識を持つべきなのに、司法判断を拠り所として自己弁護に終始している山口さんの姿勢には疑問を感じざるを得ません。

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2017年10月23日 (月)

「新聞記者」(角川新書)

 官邸会見で菅義偉官房長官を質問攻めにして、手こずらせることで 有名になった東京新聞の望月衣朔子記者の著書「新聞記者」(角川新書)を読了。記者魂を具現したかのような熱い思いが伝わり、本を閉じた時には拍手を送りたい気持ちになりました。

 文字通り新聞記者が書いたものだけに、話は非常に具体的で、ほとんどの人物が実名で登場します。本題ではないですが、お子さんを預けたという子育てサポートの女性は、私の自宅にも訪問したことがある方でちょっとびっくり

 一般紙の政治部だろうと社会部だろうと、スポーツ紙だろうと、フリーだろうと記者がやるべきことは、それぞれの立ち位置でできることを全力で取材して、知られざる事実を掘り起こすということ。それはとてつもなく骨の折れることですが、成果が出た時の喜びは、かけがえのないものです。私も記者の端くれになって22年目ですが、原点を思い出しました。

  これも余談ですが、前日まで私が取材に追われていた山尾志桜里さんは、初代「アニー」を演じたことが有名。なんと望月さんも幼少の頃、演劇をやっていらして「アニー」を演じられたとのこと。アニーには「質問力」を高める力があるのでしょうか。

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2017年10月14日 (土)

「矢内原忠雄 戦争と知識人の使命」を読む

 今年6月に出版された岩波新書の「矢内原忠雄 戦争と知識人の使命」(赤江達也著)を読みました。矢内原は、東大総長を務めたキリスト教知識人。戦前、盧溝橋事件(1937年)を契機に中国との戦争になだれ込んだイケイケムードの時節に反戦を訴えた人物です。

 なぜ、この本を読もうと思ったか。矢内原が、在野のキリスト者として無教会主義を唱えた内村鑑三の門下生であったことに興味を持ったからです。

 もう27年も前のことですが、私が立教大の学生時代、宗教に関心があったことから鈴木範久先生の「宗教学」の講義をとりました。講義は親鸞聖人の「歎異抄」がテーマだったのですが、鈴木先生の専門は内村鑑三の研究でした。教派主義に異議を唱えた内村が提唱した「無教会主義」を、私は宗派や教会を超えたものであるべきという意味にとらえ、共感していたのですが、その後「無教会主義」がどのように受け継がれていったのかについては、全く知識がありませんでした。

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 この本を読んでまず感じたのは、軍国主義が強まり、日本のほとんどの宗教家が治安維持法での検挙を恐れて「反戦」の声を潜めてしまった中で、矢内原忠雄は本物の宗教家であったのではないかということ。ですが、この本はその「良心的知識人」という側面を賛美しているわけではなく、さらに矢内原自身が「キリスト教的な意味での『神の国』の到来を国民に告げる預言者だと考えていた」という、あまり知られていない側面にも光を当てた評伝になっています。

2017年6月 1日 (木)

「集団就職 高度成長期を支えた金の卵たち」

  2日付のスポーツ報知BOOKセレクトの新刊レビューでノンフィクション作家・澤宮優さんの新刊「集団就職 高度経済成長を支えた金の卵たち」(弦書房、2160円)をご紹介させて頂きました。

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  NHK連続テレビ小説「ひよっこ」でも題材となっている高度成長期の集団就職。澤宮さんは、経験者たちへの聞き書きで、その知られざる一面に光を当てることで、暗いイメージがある集団就職について新たな視点を見出しています。スポーツノンフィションでも、光が当たらない選手を描く澤宮さんの手法が生かされている硬派なさ作品です。

 考えさせられたのは憲法22条1項で保障されている「職業選択の自由」の意味です。適職探しが当たり前となっている現代社会の仕事選びが、果たして本当に正しいと言い切れるのでしょうか。逆に高度成長期をとっくに終え、低成長期の中で暮らす私たちが見落としてしまっていることはないでしょうか。

  第7章で澤宮さんがつづっているこの一文に私は深く共感しました。

 「今の社会は即効性や成果主義を求めているが、そんな時代だからすぐに役立つ資格取得や学びをするだけでなく、働くことの本質を理解することが必要なのだと思う」。

 すぐに役立つ知識や技術は、すぐに役立たなくなる。私はそう思っています。

2017年5月21日 (日)

「安倍三代」

  共同通信出身のジャーナリスト、青木理さんの「安倍三代」(朝日新聞社)を読みました。安倍晋三首相の母方の祖父が、岸信介元首相であることはよく知られていますが、父方の祖父、安倍寛も衆院議員を務めた政治家であったことはあまり語られていません。この本は寛↓晋太郎↓晋三と父方三代を綿密な取材によって辿ることで、安倍首相の人物像を浮かび上がらせたルポルタージュです。

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  安倍首相は大いに尊敬している岸信介のことはよく語りますが、安倍寛のことはほとんど語りません。青木さんのこれはなぜなのか、という疑問が出発点となっています。    調べてみれば、安倍寛は大変な苦労人で、権力に抗う反骨の政治家でした。今も地元の山口県では深く尊敬されていることが分かってきます。その政治思想は晋太郎には受け継がれていたことが本書を読めば明かなわけですが、晋三さんの代では断絶してしまい、むしろ真逆の方向に向かっていることが浮き彫りになって来ます。

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   祖父、父との決定的な違いは、何一つ苦労することなく幼少期、青年期の過ごしたという点でしょう。成蹊小学校に入学して以降は、受験勉強を経験することなく大学を卒業。神戸製鋼に入社したのも、政治家になることを見据えてのもので、機が熟したときに「地盤、看板、カバン」を引き継いだということは言うまでもありません。

 青木さんは小学生時代の同級生から就職先での上司まで幅広く晋三さんを知る人にインタビューをしていますが、総じて言えることは「印象の薄い人物」であったということ。極端に悪くもないけれど、際立って優れたところもない。とくに大学の法学部時代にはほとんど勉強をした形跡がないということは現在の晋三さんを見ると、なるほどと思わざるを得ないわけです。

 なにせ、首相になってからも憲法学の泰斗である芦部信喜博士の名前すら知らなかったことが明らかになっているわけですから。憲法改正を目指そうとしている首相はそのような知識しかない人物なのです。

 救いがあるとすれば、安倍さん自身は勉強やスポーツや何かの活動に打ち込んだ経験がないということは自覚しているであろうという点でしょう。しかし、リーダーとして本当にふさわいい器なのだろうか。単なる罵詈(ばり)雑言ではなく、生い立ちから取材によって、浮かび上がらせた安倍晋三という人物像を見ると、やはり疑問に感じざるを得ないわけです。

 法務大臣でさえ、きちんと説明ができない共謀罪について安倍さんがちゃんと理解しているとは到底思えない。安倍政権と安倍首相に少しでも疑問を感じている方には是非とも一読をお勧めしたいルポルタージュです。

2017年5月14日 (日)

「在日の涙ー間違いだらけの日韓関係」

 韓国・北朝鮮問題のコメンテーターとして、いつも私がお知恵を借りているコリア・レポート編集長、辺真一さんの「在日の涙―間違いだらけの日韓関係」(飛鳥新社)をスポーツ報知のBOOKセレクト新刊レビューで紹介させて頂きました。

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 朝鮮半島情勢の専門家としてメディアで活躍する辺さんは在日コリアン二世のジャーナリスト。本書の冒頭では在日二世として、当時でいう「朝鮮部落」で育った生い立ちを語っています。そして後半は日韓関係改善への提言。

 北朝鮮にも、韓国にもくみしない是々非々の価値観は在日という立場で取材する中で培われたことが、伝わって来ました。「韓国人の誤りを正し、日本人の誤解を解く」ことが本書の狙いです。

 非常にバランスのとれた日韓論であり、終章の「対北外交進展こそ韓国を黙らせる薬」という意見などは、私もまったくその通りだと思うのですが、アマゾンのレビューなどを見ると、ろくに読んだとは思えない人たちの低評価がたくさん付けられてしまっているのが残念です。

2017年5月 9日 (火)

「日本ノンフィクション史」

  中公新書の新刊「日本ノンフィクション史」(武田徹著)を読みました。文学史の本は巷にあふれていますが、本格的なルポルタージュやノンフィクションの通史というのは、これまでほとんど目にしたことがありませんでした。

 本書では明治時代以降のノンフィクションの流れを俯瞰しているわけですが、俯瞰するだけの薄っぺらいものではなく「ノンフィクション」という概念についての深く論じられた精神史となっています。力作です。

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 日本のルポルタージュの草分けと言われているのは、富国強兵が進められた明治時代に貧困層の暮らしを記録した松原岩五郎の「最暗黒之東京」、横山源之助の「日本之下層社会」などで、ともに岩波文庫になっています。

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   その後は日中戦争の従軍記などが戦前の「ノンフィクション」に分類されますが、ジャンルとして確立するのは戦後になってからです。週刊誌ジャーナリズムが台頭し「美智子妃の結婚」をすっぱ抜いたのが収監しであったということはこの新書を読んで初めて知りました。ノンフィクションは戦後の国民の「知る権利」の大きく寄与していったのです。また、ノンフィクションの発展には大宅壮一の影響が大きかったことも再認識しました。

 ノンフィクションの定義については、ただ事実を記せば良いかというと、そういうわけでもなく、本書の中で触れられている沢木耕太郎さんや角幡唯介さんの「ノンフィクション」のとらえ方には、深く考えさせられるものがあります。最後はノンフィクションの新分野ともいえる「ケータイ小説」にも触れられ、大宅壮一文庫の活用法まで書かれています。

 ノンフィクション好きな方には絶対にお勧めの骨太な1冊です。そして私自身、古典的ルポ、ノンフィクションの読書が全く足りていないことを思い知らされるのでした。

2017年4月30日 (日)

「週刊文春」編集長の仕事術

  「『週刊文春』編集長の仕事術」(新谷学、ダイヤモンド社)を読みました。世間を揺るがすスクープ、文春砲を連発させている新谷さんの仕事術ですが、期待の3倍素晴らしい内容でした。

 人脈、企画、交渉、組織、戦略などのスクープという結果につなげる各論が、すべて具体的に書かれています。ここまでスクープの裏側を気前良く明かしてしまっていいのか、と思いながら読みましたが「おわりに」までを読んで納得。政界、芸能界をひっくり返すスクープを連発させてきた自負心と、もう一つは時代の変化に合わせての行動ということです。

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 何のために何をどう報じるのか。多くの敵を作り、恨みを買うことになりかねない仕事を続けるのには新谷さんなりの信念があります。本書はただの薄っぺらいビジネス書ではなく、大衆ジャーナリズムの役割を全うしようというその信念がひしひしと伝わって来ます。

   私も記者になって22年目ですが、学ぶことばかりです。「面白きことなき世を面白く」(高杉晋作)「過激にして愛嬌あり」(宮武外骨)。私も精進します。

甲斐毅彦

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