ブログ報知

スポーツ報知ブログ一覧

書籍

2017年10月14日 (土)

「矢内原忠雄 戦争と知識人の使命」を読む

 今年6月に出版された岩波新書の「矢内原忠雄 戦争と知識人の使命」(赤江達也著)を読みました。矢内原は、東大総長を務めたキリスト教知識人。戦前、盧溝橋事件(1937年)を契機に中国との戦争になだれ込んだイケイケムードの時節に反戦を訴えた人物です。

 なぜ、この本を読もうと思ったか。矢内原が、在野のキリスト者として無教会主義を唱えた内村鑑三の門下生であったことに興味を持ったからです。

 もう27年も前のことですが、私が立教大の学生時代、宗教に関心があったことから鈴木範久先生の「宗教学」の講義をとりました。講義は親鸞聖人の「歎異抄」がテーマだったのですが、鈴木先生の専門は内村鑑三の研究でした。教派主義に異議を唱えた内村が提唱した「無教会主義」を、私は宗派や教会を超えたものであるべきという意味にとらえ、共感していたのですが、その後「無教会主義」がどのように受け継がれていったのかについては、全く知識がありませんでした。

Photo

 この本を読んでまず感じたのは、軍国主義が強まり、日本のほとんどの宗教家が治安維持法での検挙を恐れて「反戦」の声を潜めてしまった中で、矢内原忠雄は本物の宗教家であったのではないかということ。ですが、この本はその「良心的知識人」という側面を賛美しているわけではなく、さらに矢内原自身が「キリスト教的な意味での『神の国』の到来を国民に告げる預言者だと考えていた」という、あまり知られていない側面にも光を当てた評伝になっています。

2017年6月 1日 (木)

「集団就職 高度成長期を支えた金の卵たち」

  2日付のスポーツ報知BOOKセレクトの新刊レビューでノンフィクション作家・澤宮優さんの新刊「集団就職 高度経済成長を支えた金の卵たち」(弦書房、2160円)をご紹介させて頂きました。

Photo

 

  NHK連続テレビ小説「ひよっこ」でも題材となっている高度成長期の集団就職。澤宮さんは、経験者たちへの聞き書きで、その知られざる一面に光を当てることで、暗いイメージがある集団就職について新たな視点を見出しています。スポーツノンフィションでも、光が当たらない選手を描く澤宮さんの手法が生かされている硬派なさ作品です。

 考えさせられたのは憲法22条1項で保障されている「職業選択の自由」の意味です。適職探しが当たり前となっている現代社会の仕事選びが、果たして本当に正しいと言い切れるのでしょうか。逆に高度成長期をとっくに終え、低成長期の中で暮らす私たちが見落としてしまっていることはないでしょうか。

  第7章で澤宮さんがつづっているこの一文に私は深く共感しました。

 「今の社会は即効性や成果主義を求めているが、そんな時代だからすぐに役立つ資格取得や学びをするだけでなく、働くことの本質を理解することが必要なのだと思う」。

 すぐに役立つ知識や技術は、すぐに役立たなくなる。私はそう思っています。

2017年5月21日 (日)

「安倍三代」

  共同通信出身のジャーナリスト、青木理さんの「安倍三代」(朝日新聞社)を読みました。安倍晋三首相の母方の祖父が、岸信介元首相であることはよく知られていますが、父方の祖父、安倍寛も衆院議員を務めた政治家であったことはあまり語られていません。この本は寛↓晋太郎↓晋三と父方三代を綿密な取材によって辿ることで、安倍首相の人物像を浮かび上がらせたルポルタージュです。

Photo

 

  安倍首相は大いに尊敬している岸信介のことはよく語りますが、安倍寛のことはほとんど語りません。青木さんのこれはなぜなのか、という疑問が出発点となっています。    調べてみれば、安倍寛は大変な苦労人で、権力に抗う反骨の政治家でした。今も地元の山口県では深く尊敬されていることが分かってきます。その政治思想は晋太郎には受け継がれていたことが本書を読めば明かなわけですが、晋三さんの代では断絶してしまい、むしろ真逆の方向に向かっていることが浮き彫りになって来ます。

...

   祖父、父との決定的な違いは、何一つ苦労することなく幼少期、青年期の過ごしたという点でしょう。成蹊小学校に入学して以降は、受験勉強を経験することなく大学を卒業。神戸製鋼に入社したのも、政治家になることを見据えてのもので、機が熟したときに「地盤、看板、カバン」を引き継いだということは言うまでもありません。

 青木さんは小学生時代の同級生から就職先での上司まで幅広く晋三さんを知る人にインタビューをしていますが、総じて言えることは「印象の薄い人物」であったということ。極端に悪くもないけれど、際立って優れたところもない。とくに大学の法学部時代にはほとんど勉強をした形跡がないということは現在の晋三さんを見ると、なるほどと思わざるを得ないわけです。

 なにせ、首相になってからも憲法学の泰斗である芦部信喜博士の名前すら知らなかったことが明らかになっているわけですから。憲法改正を目指そうとしている首相はそのような知識しかない人物なのです。

 救いがあるとすれば、安倍さん自身は勉強やスポーツや何かの活動に打ち込んだ経験がないということは自覚しているであろうという点でしょう。しかし、リーダーとして本当にふさわいい器なのだろうか。単なる罵詈(ばり)雑言ではなく、生い立ちから取材によって、浮かび上がらせた安倍晋三という人物像を見ると、やはり疑問に感じざるを得ないわけです。

 法務大臣でさえ、きちんと説明ができない共謀罪について安倍さんがちゃんと理解しているとは到底思えない。安倍政権と安倍首相に少しでも疑問を感じている方には是非とも一読をお勧めしたいルポルタージュです。

2017年5月14日 (日)

「在日の涙ー間違いだらけの日韓関係」

 韓国・北朝鮮問題のコメンテーターとして、いつも私がお知恵を借りているコリア・レポート編集長、辺真一さんの「在日の涙―間違いだらけの日韓関係」(飛鳥新社)をスポーツ報知のBOOKセレクト新刊レビューで紹介させて頂きました。

Photo

 

 朝鮮半島情勢の専門家としてメディアで活躍する辺さんは在日コリアン二世のジャーナリスト。本書の冒頭では在日二世として、当時でいう「朝鮮部落」で育った生い立ちを語っています。そして後半は日韓関係改善への提言。

 北朝鮮にも、韓国にもくみしない是々非々の価値観は在日という立場で取材する中で培われたことが、伝わって来ました。「韓国人の誤りを正し、日本人の誤解を解く」ことが本書の狙いです。

 非常にバランスのとれた日韓論であり、終章の「対北外交進展こそ韓国を黙らせる薬」という意見などは、私もまったくその通りだと思うのですが、アマゾンのレビューなどを見ると、ろくに読んだとは思えない人たちの低評価がたくさん付けられてしまっているのが残念です。

2017年5月 9日 (火)

「日本ノンフィクション史」

  中公新書の新刊「日本ノンフィクション史」(武田徹著)を読みました。文学史の本は巷にあふれていますが、本格的なルポルタージュやノンフィクションの通史というのは、これまでほとんど目にしたことがありませんでした。

 本書では明治時代以降のノンフィクションの流れを俯瞰しているわけですが、俯瞰するだけの薄っぺらいものではなく「ノンフィクション」という概念についての深く論じられた精神史となっています。力作です。

Photo

 

 日本のルポルタージュの草分けと言われているのは、富国強兵が進められた明治時代に貧困層の暮らしを記録した松原岩五郎の「最暗黒之東京」、横山源之助の「日本之下層社会」などで、ともに岩波文庫になっています。

...

   その後は日中戦争の従軍記などが戦前の「ノンフィクション」に分類されますが、ジャンルとして確立するのは戦後になってからです。週刊誌ジャーナリズムが台頭し「美智子妃の結婚」をすっぱ抜いたのが収監しであったということはこの新書を読んで初めて知りました。ノンフィクションは戦後の国民の「知る権利」の大きく寄与していったのです。また、ノンフィクションの発展には大宅壮一の影響が大きかったことも再認識しました。

 ノンフィクションの定義については、ただ事実を記せば良いかというと、そういうわけでもなく、本書の中で触れられている沢木耕太郎さんや角幡唯介さんの「ノンフィクション」のとらえ方には、深く考えさせられるものがあります。最後はノンフィクションの新分野ともいえる「ケータイ小説」にも触れられ、大宅壮一文庫の活用法まで書かれています。

 ノンフィクション好きな方には絶対にお勧めの骨太な1冊です。そして私自身、古典的ルポ、ノンフィクションの読書が全く足りていないことを思い知らされるのでした。

2017年4月30日 (日)

「週刊文春」編集長の仕事術

  「『週刊文春』編集長の仕事術」(新谷学、ダイヤモンド社)を読みました。世間を揺るがすスクープ、文春砲を連発させている新谷さんの仕事術ですが、期待の3倍素晴らしい内容でした。

 人脈、企画、交渉、組織、戦略などのスクープという結果につなげる各論が、すべて具体的に書かれています。ここまでスクープの裏側を気前良く明かしてしまっていいのか、と思いながら読みましたが「おわりに」までを読んで納得。政界、芸能界をひっくり返すスクープを連発させてきた自負心と、もう一つは時代の変化に合わせての行動ということです。

Photo

 

 何のために何をどう報じるのか。多くの敵を作り、恨みを買うことになりかねない仕事を続けるのには新谷さんなりの信念があります。本書はただの薄っぺらいビジネス書ではなく、大衆ジャーナリズムの役割を全うしようというその信念がひしひしと伝わって来ます。

   私も記者になって22年目ですが、学ぶことばかりです。「面白きことなき世を面白く」(高杉晋作)「過激にして愛嬌あり」(宮武外骨)。私も精進します。

2017年4月18日 (火)

ともにがんばりましょう

 「罪の声」で本屋大賞3位となった塩田武士さんの「ともにがんばりましょう」(講談社文庫)を読みました。これは傑作です! 巻末の角田龍平弁護士による「解説」もまた秀逸。

 地方新聞社の労使交渉を題材にした労働組合小説。新聞労組の話をエンタメ小説にしてしまうとは。塩田さん自身が、神戸新聞記者時代に労組の執行委員を務めていた経験が投影されていることは明らかですが、さらに高校漫才師時代の笑いのセンスが織り交ぜられています。

Photo_2

 

 実は私自身が現在、労組の執行委員を務めているのですが、労使交渉でのやりとりの描き方があまりにリアルで、自分自身の経験と重なり合い、一人で大受けしてしまいました。これは一人で読むのはもったいない。新聞労連の必読書とし、我が報知労組でも新任の執行委員のテキストにしていくべきだと思いました。労働組合の仕組みもよく分かるようになっているのです。

 そしてインターネット時代における新聞業界の状況や記者という職業の悲喜こもごもが余すところなく描かれています。

 末端で張り込みや聞き込み取材をしている駆け出し記者も、新聞業界の偉い方々も皆に薦めたい一冊です。

 皆で読んで、笑って、そして、ともにがんばりましょう。

2017年3月19日 (日)

教養としてのプロレス

 先日インタビューした時事芸人、プチ鹿島さんの処女作「教養としてのプロレス」(双葉新書)を読む。これは、プロレスファンのみならず、現代を生きる国民必読の教養書です。

Photo

 

 プロレスラーはロープに振られるとなぜわざわざ戻って来て、相手の技を真っ向から受けるのか。プロレスに夢中になっていた小学校高学年頃に芽生えた、この大きな謎は12歳のガキには簡単に答えが出せず、延々と自問自答したことを思い出します。そしてこの本を読み「ロープにに振られて戻る」に悩み続けた少年時代を肯定された気持ちになり、一人感涙を流しそうになりました。

 それにしてもNHKドラマの「あまちゃん」と越中詩郎とをシンクロさせてしまう眼力は圧巻。プチ鹿島さんはやはりタダ者ではないです。

2017年3月11日 (土)

「魂でもいいから、そばにいて」

3・11に是非お勧めしたい本をご紹介させてください。「魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く」(奥野修司、新潮社)

Photo

   

 東日本大震災の被災地で、死別した人と再会できたような不思議でかけがえのない体験をした遺族は少なくありません。「ナツコ 沖縄密貿易の女王」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した奥野さんが3年半にわたって毎月のように被災地へ通い、その一つひとつの体験を聞いて、検証した感動のノンフィクションです。体験には「霊」が連想させるようなしらじらしさ、胡散臭さが全くありません。

2017年2月12日 (日)

「沈黙ーサイレンスー」の原作を読んで

カトリック信徒の作家・故遠藤周作の代表作「沈黙」(1966年)は、ユーモラスな狐狸庵先生とマンボウ先生の対談などを愛読していた高校時代に読みましたが、映画化の影響で現在は文庫本の売上ナンバー1になっているとのことで、読み返してみました。

島原の乱後の切支丹弾圧が題材。日本へ潜入したポルトガル人の若い司祭が、捕らえられて棄教するまでの内面を描いた宗教文学です。

もう30年前なので詳細は忘れていましたが、司祭が踏み絵を迫られ、棄教するシーンだけはしっかり覚えていました。

Photo

 次々と殉教者が出ても「沈黙」し続けていたあの人(イエス)の声が、司祭の耳に届きます。

 「踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。踏むがいい。私はお前たちに踏まれるため、この世に生まれ、お前たちの痛さを分かつため十字架を背負ったのだ」と。

 私自身は中学時代にプロテスタントの塾の先生にお世話になり、聖公会の大学に通い、そしてカトリックの妻と結婚したわけですが、度々聖書に触れ、共感しながらも結局はクリスチャンにはなりませんでした。 そんな私でもこの本を読んで考えさせられるのは、人間にとって信仰とは何か。また、価値観の異なる人とどう向いあうべきかということでした。

 作品の中では切支丹でありながら、弾圧に負けてあっけなく棄教し、役人に司祭の居場所を密告してしまうキチジローという男が出てくるのですが、遠藤さんはこの醜いはずの男までも愛情をもって描いています。遠藤さん自身は旧制灘中学を卒業して慶応大に進みますが、なんと3浪の末。エリートの中の「落ちこぼれ」という意識がご本人にあったことが反映されているのだと思いますが、作品の中では「ダメな人間」へのやさしい眼差しを感じることができます。

 思えば私が立教大2年生のときに、遠藤さんが講演にいらっしゃいました。「偏差値教育の無意味さ、入学試験のバカバカしさ」をテーマにお話されていましたが、その時の話と作品が今になってつながったように感じられます。

甲斐毅彦

2017年10月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

最近のトラックバック

見出し、記事、写真の無断転載を禁じます。Copyright © The Hochi Shimbun.