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2017年5月13日 (土)

朝赤龍関、お疲れ様でした。

元関脇の朝赤龍が引退。年寄「錦島」を襲名しました。

 写真は2003年3月22日。春場所中の朝稽古後に毎日新聞カメラマンの松田嘉徳さんが撮ってくれたものです。

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 なぜ私が坊主刈にしているかと言えば、この数日前、高砂部屋の序ノ口力士と私ではどちらが強いかという話になり、三本勝負を行っていました。負けたほうが頭を丸めるという約束だったので、序ノ口力士には引退がかかった勝負となりました。向こうは本気で来るので、全く歯が立たず、3本とも完敗でした。その時の行司・勝負審判が朝赤龍。

 物静かで、非常にインテリジェンスを感じる人物です。ある日、算数の難問を私に出題してきて、全く解けないことがありました。悔しいので本屋さんで中学入試の算数問題集を買って来て、つるかめ算か何かの問題を逆に出題してやったことがあるのですが、なんとスラスラ解かれてしまったのです。これには驚きました。

 頭脳明晰は親方として今後も活躍されるでしょう。長い現役生活、お疲れ様でした。

2017年5月 2日 (火)

横綱・佐田の山と「007」

 大相撲担当時代に大変可愛がっていただいた元横綱・佐田の山で、日本相撲協会理事長も務めた市川晋松さんが27日に亡くなったことが発表されました。毎場所ごとにお食事に誘っていただき、美味しいお酒とお料理をご馳走になりました。山登りという共通の趣味があり、「一緒に行きましょう」と意気投合させて頂いたのに実現しなかったのが悔やまれます。 2日付のスポーツ報知には親方から聞いたとっておきのエピソードを紹介させて頂きました。「007は二度死ぬ」で共演したときの真相とは?お人柄を偲ばせるエピソードだと思います。是非ご覧下さい。

http://www.hochi.co.jp/sports/sumo/20170502-OHT1T50066.html

2017年5月 1日 (月)

ヒクソン・グレイシー写真展

 日本の格闘技をリングサイドで撮り続けてきた写真家・長尾迪さんのヒクソン・グレイシーの写真展「MMA LEGEND Vol.1 Rickson Gracie Photo by Susumu Nagao」が1日から東京・世田谷区成城の「スタジオf-1成城」で始まりました。

   1994年の初来日から高田延彦戦を経て、米ロサンゼルスで暮らす現在までのヒクソンの写真、約50点が展示されています。特に現役時代の筋肉が隆起した写真は、最強と恐れられた往年のヒクソンの迫力が伝わって来ます。

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 長尾さんは1990年初頭から格闘技の撮影を始めました。K-1などで格闘技ブームに火がつく前。UFCでもオフィシャルカメラマンを務めています。

 ヒクソンの次男、クロン・グレイシーが日本デビュー戦を迎えた2014年12月、有明コロシアムで長尾さんはヒクソンからこう言われたそうです。

 「私は残念ながら引退してしまったが、ススム(長尾さん)はこれからもずっとリングサイドで写真を撮り続けなければいけない。若くて才能あふれる選手たちが戦う姿をお前が撮らなくて誰が撮影するのだ!」

 この言葉で長尾さんは「生涯現役で撮り続けよう」と決意したのだそうです。

 展示は7日まで(入場料500円、ワンドリンク・オリジナルグッズ付)。5日にはヒクソンと対戦した中井祐樹氏を、6日には日本で初めてヒクソンを招へいしたジークンドーの正インストラクター、中村頼永氏を招いてトークイベント(両日ともに14時から)を開催予定です。

   場所は東京都世田谷区成城1-2-7  東宝スタジオのすぐ近くです。

2017年3月25日 (土)

北斗龍さん、お疲れ様でした。

 現役最古参の序ノ口・北斗龍さん(46)が引退。最終場所となった春場所で4勝3敗と勝ち越して土俵を去りました。1986年春場所が初土俵。私と同い年の力士が昨日まで相撲を取り続けていたというだけで驚きです。北海道から上京し、北の湖部屋創設と同時に入門した31年間の土俵人生、お疲れ様でした。

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 2014年の春場所後には糖尿病の影響で左足親指を切断。入院していた同愛病院へ私が見舞いに行った時には切断した患部に包帯を巻いて車椅子に乗っていたので「ついに引退か」と確信したのですが、その年の秋場所から土俵に上がっていると聞いたときには本当に驚きました。

 私が北斗龍さんを記事に書いたのは自分が新人記者だった1996年夏場所の5月22日。幕下以下の力士にスポットを当てる北海道版「北のやぐら太鼓」で取り上げさせて頂きました。当時私も彼もまだ25歳でしたが、記事にはすでに「ベテラン」「糖尿病とも闘っている」と書かれていました(笑)。あれから21年も取り続けた北斗龍さん。第二の人生も味わい深いものとしていってください。

2017年2月 7日 (火)

さようなら時天空

天空 東京・両国の回向院で営まれた時天空関の葬儀に一般参列者として行って参りました。元気だった頃の写真や化粧まわしを見ると、やはりこみ上げてくるものがありました。

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 私がモンゴルでお世話になった喪主のお父様とは14年ぶりにお目にかかりましたが、まさかこんな形でお目にかかるとは思いま せんでした。
 同部屋の豊ノ島関の声を詰まらせながらの弔辞は思いが伝わってくるものでした。「いつかまた一緒に相撲を取ろう」と。

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 なかなか実感が沸きませんでしたが、遠い天空へと旅立って行ってしまったんだなあ。
あなたの強さと優しさはいつまでも忘れません。

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2017年2月 4日 (土)

岡野俊一郎さんの思い出

 元日本サッカー協会長の岡野俊一郎さんが2日、肺がんのため、東京都内の病院で85歳で亡くなりました。

 東大卒のインテリでご実家は上野の老舗和菓子屋さん。私はFW三浦知良選手の取材でクロアチア・ザグレブにいたときにザグレブのインターコンチネンタルホテルで、岡野会長とコーヒーを飲みながらお話を伺った思い出があります。1999年3月12日のことでした。
 
 当時のカズさんは、前年のフランスW杯でまさかの代表落ち。傷心のまま向かった新天地がザグレブでした。現役選手としての情熱を燃やすカズさんに対して、岡野さんは直接激励の言葉をかけたい気持ちが強いようでした。18年も前のことですが、淡々とした言葉でカズさんを気遣っていた岡野さんのことは今でもよく覚えています。

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2017年1月22日 (日)

祝・稀勢の里、初優勝!

祝・稀勢の里、初優勝!

 私が彼を取材したのは新弟子時代から新三役となった2006年名古屋場所まで。貴乃花以来の和製大器と期待され続けて、あれから10年以上が過ぎ、悲願の初優勝は感動的でした。

 最初に彼を大きく取り上げたのは2004年春場所9日目。東幕下筆頭・萩原(17)が勝ち越しを決めて、貴乃花の17歳2か月に次ぐ史上2位の17歳9か月での十両昇進を決めた取組でした。

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 師匠の故・鳴戸親方(元横綱・隆の里)が「入門当初から大地をかみしめる天狗の団扇のような足に素質を感じていた」としみじみ話していたのを思い出します。

 この頃から本人は口数が少なかったのですが、中学時代の野球部や体育祭、合唱コンクールで指揮者をやっている写真などを入手して紙面で紹介させてもらいました。

 当時も今もなかなかマスコミ向きのサービスはしてくれないのですが「土俵で全てを語る」という姿勢が私は好きです。優勝決定後に見せた一筋の涙がすべてを物語っていました。言葉はいりません。

2016年12月13日 (火)

「みたけ山トレイルラン」

 昨年から参加し始めた「みたけ山トレイルラン」を無事に完走することができました。

 タイムは2時間18分8秒で587位。

 2時間を切って400番台に入ることを目標としていましたが、及びませんでした。

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 初出場した昨年が2時間26分5秒で739位だったので、若干は進歩したのですが、前回はなんの準備もせずに出たことを考えると合格点が付けられる進歩ではありません。

 反省点を挙げれば、ケーブルカー下のスタート地点から山頂までの標高差500メートルの急勾配が勝負を分けると分かっていながら、この対策が十分ではなかったことに尽きます。ふだんから漫然と走るだけでは不足でやはり御岳山に来てトレーニングするか、それに近い形でのトレーニングが必要だと痛感しました。

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 天気には恵まれ、快適なレースを楽しむことができました。山道を走りながらケーブルカーが追い抜くと警笛を鳴らしてエールを送ってくれたりするのは、何だか嬉しかったです。しかしロックガーデン付近では、頭から大流血して救急搬送される男性を見ました。勢いあまって何かに激突したのでしょう。我ながらなかなか危険な道楽に参加しているな、と思いました。

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 来年こそはもう少しトレーニングを積んで2時間を切ることを目標にしたいと思います。今後も年末恒例行事にして行こうと考えています。

2016年8月30日 (火)

時天空関、おつかれさまでした。

 悪性リンパ腫との闘病の末、引退を決めた大相撲元小結・時天空関は、人柄も素晴らしい力士でした。巡業先で「泊まるところがない」と雑談していたら「オレの部屋へ来なよ」と言ってくれたフレンドリーな言葉が忘れられません。写真は2005年名古屋場所前のもの。朝青龍関が横綱昇進した2003年の2月にモンゴルへ行った時には、時天空関のお父さんのロシア製ジープに乗せていただき、お世話になりました。長い現役生活、お疲れ様でした。第2の人生がさらに充実することを心よりお祈りしています。

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2016年5月16日 (月)

赤城山トレイルランに出場

 我が立教大学山岳部の先輩と群馬・赤城山トレイル・ランニング・レースに出場しました。

もうヘロヘロの状態で順位は恥ずかしくて言えないぐらい悲惨ですが、何とか32キロを完走して生還しました。

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 この大会には世界的なトレイルランナー、鏑木毅さんも参加。折り返し地点約3キロ手前ですれ違いましたが、人間離れした走りをされていました。

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 私より年長者でも猛者はたくさんいるので、きちんと体を鍛え直します。

甲斐毅彦

2017年8月

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