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2011年1月20日 (木)

横沢さん追悼で和田さんに触れたら…

 フジテレビの名物プロデューサーだった横沢彪さん(享年73)の訃報に触れた前回、フジ開局30周年記念ドラマ「さよなら李香蘭」(89年12月1、2日放送、主演・沢口靖子)の演出に元NHKの和田勉さんを起用したものの、和田さんがその後、映画「ハリマオ」(同年6月公開、主演・陣内孝則)を手掛けることになって降板。「和田さんのダブルブッキングか」と取材すると、横沢さんが珍しくムッとした表情を見せた、と書いた。

 その和田さんが食道上皮がんのため亡くなった。享年80。「李香蘭」の件では和田さんにも電話すると「いま忙しいのでかけ直して欲しい」と待たされっぱなしが続いた。降板は「李香蘭」の撮影日程が大幅にずれ込んだため、などとフジ側から非公式に説明されたが、それでも大作ドラマと映画に同じ年に取り組むことは綱渡り行為。ダブルブッキングに等しいと、和田さんに非があるように記事にしたが、どちらからも抗議はなかった。

 「李香蘭」のフィリピン・ロケに同行した記者から後日、和田さんが僕の電話に意図的!に出なかったことを確認できた。87年にNHKを定年退職した和田さんをバラエティー番組に引っ張り出し、「ガハハおじさん」として人気者にした恩人をムッとさせ、裏切る形で映画にチャレンジ。「芸術祭男」と呼ばれた和田さんの演出魂と、「李香蘭」降板理由の一端は報知88年11月16日掲載の「悪友・親友 こう言う録」で読み取れる。

 「横沢彪さんの『テレビくん、どうも!』に出て、面白いじゃないかとズルズルときたんですが、NHKで34年やってきた僕らのモラルは、テレビにはOKとNGカットがあって、NGカットはお見せしないことだった。(中略)それを番組でやっちゃうのがフジの新しさなんですね。(中略)でも、このままでは僕のNHKの34年は何だったということになるからね。秋からは出るのは辞退して演出に戻ります」

 いったんは引き受けた「李香蘭」の演出だったが、降板した以上はテレビという枠ごと絶って演出稼業に専念する。なるほど、電話などでは説明しきれなかったのかもしれない。横沢さんにしてみれば、「ガハハおじさん」から「芸術祭男」への回帰を、自らの責任のもとで果たしたかったのかもしれないが。

 フィリピン・ロケを取材した記者は、和田さんへの追悼文の中でこう書いた。
 「時に、批判的な記事を書く記者を罵倒することがあったのは『マスコミもホメてナンボだろう』という信条からだったように思う」 

 少し補足すると、この記者の大先輩でもあった映画担当は「映画は出来上がるまでがニュース」と割り切っていた。大物監督の次回作やそのキャスティングはニュース原稿にして期待感を煽り、ロケ原稿や完成試写会でもホメまくるが、ひとたび公開されれば評価はお客さんが下すもの、という意味だ。和田さんがマスコミに「ホメてナンボ」と求めるのも、大先輩が言う「出来上がるまで」の期限付きだったと推測する。

 「李香蘭」は視聴率が1日22・9%、2日25・5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と大好評だった。「ハリマオ」はどうか。「魔女の宅急便」が配収(配給会社の収入)21億5000万円で観客動員トップを記録した89年、配収10億円以上のリストには含まれていない。また、現在DVD化もされていない。ガハハとはいかなかったようだ。

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高尾 友行

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