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2009年2月24日 (火)

「おくりびと」の感動の源泉

 最近、暗い話ばかりが続いていた中で、「おくりびと」のアカデミー賞受賞の喜びは、いっぺんに私たちを晴れやかな気持ちにさせてくれるものでした。

あの受賞の瞬間から約6時間後、現地に同行していた滝田洋二郎監督の関係者から電話が掛かってきました。
「日本は大変なことになってるんだって? たったいまホテルに皆と戻ってきたところなんですよ」
この上ない美酒だったでしょう。
帰国時はもっとすごいことになってるかもしれませんよ。

オスカー像を受け取る際、売ったり譲渡しないことをサインさせられるそうです。
しばらくは滝田監督が大事に管理していくだろう、とのことでした。

「おくりびと」は勢いに乗ってトントン拍子にここまで来ました。
この栄冠獲得が、どれほど難しいことか。

新聞紙面ではスペース上、掲載困難ですが、日本映画製作者連盟(映連)のホームページにある
「米国アカデミー賞」を一度、クリックしてみてください。
約半世紀にわたり、日本のそうそうたる巨匠と名作が、どれだけアカデミー賞に「参加」してきたかが分かります。
しかし、スタッフの賞も含めて受賞できたのは、ごくごくわずか。
改めて今回の出来事が、歴史的快挙だと確認できるでしょう。

おくりびと旋風で、まだ見ていない人も、もう見た気分になっているかもしれませんね。

昨年7月に見たとき、泣き疲れ起こすほど涙をふきふき見たのですが、
正直、これほど世界的な評価を得る作品になるとは、想像できませんでした。

感動作であることは確かですが、非常に緻密(ちみつ)な映画です。
人生の節目のエッセンスのようなものが、凝縮して描かれます。

チェロ奏者だった主人公(本木雅弘)は音楽家人生を諦め、経済的にも精神的にも挫折。

まさに不況のいまを思い起こさせます。
最初はよく理解せず、稼ぎの良さに引かれて納棺師を始めたものの、
なかなか妻(広末涼子)に言い出すことができない。
家族だから何でも明かせるでなく、家族だからこそ本当のことが言えない葛藤(かっとう)。
そこに飛び込んできた主人公が二度と会うまいと決めていた父の訃報。

仕事仲間(余貴美子)の必死の説得で、一番立派な棺を車に積み、父のもとへ。
「仕事人のおくりびと」が「家族を送るおくりびと」になる瞬間です。
美しく流れるような所作で息子は、父の亡骸と「対話」するのです。

「尊厳」はふつう、命あるものにしか使わないのかもしれませんが、
この作品を思い返す度、浮かぶのが「死者の尊厳」という言葉です。
死は誰のもとにも平等に、必ず訪れます。

映画を見る者は生死について見つめ直し、深く自問自答するでしょう。
「おくりびと」の話のようでいて、実は「おくられびと」をきっちり描いたことも、
国境を越えて受け入れられ、高い評価につながったのではないか、と考えます。

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コメント

 ウチノ姉ちゃん。いや、姉ちゃんやおまへん。死を悟った司教か住職の心の域に到達されておるようじゃ。
 まあ、それほど「おくりびと」が生と死を考えさせた映画じゃったのだろう。「死を扱った映画だから、暗くていや、と言っていた人も続々、見ているというから現金なものじゃのう。
アカデミー賞、腐っても鯛ではあるようじゃ( ´ⅴ`)ノ
 家族だから本当のことを言えない。
 言い換えるとじゃなあ、愛する人だから本当のことを言えない、という視点。そんなところに「ウチノ姉ちゃん」が、プライベートで葛藤してるんかな?と邪推したのは間違いじゃろうかな?ははははははははははは、ええブログ期待しておるよ。

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内野 小百美

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