映画「沈まぬ太陽」製作総指揮・角川歴彦氏のこと
角川映画会長・角川歴彦氏の取材は、チェアマン時代に東京国際映画祭についてのインタビューで過去2回。今回3度目でしたが、いつも千代田区富士見にある角川書店の、それは広くて立派な応接室での取材です。
会う前、ひとつの映画に絞って話を聞くのは初めてだったことに気づきました。
邦画界で難航していた「沈まぬ太陽」の映画化の話が再び聞こえたのは2006年5月のこと。
角川映画(当時、角川ヘラルド)の新作ラインナップ発表の席でした。
その時の記事には08年夏公開とあります。
封切りの遅れにも、通常の作品とは異なる製作過程の苦労がうかがえます。
基本的な疑問ですが、山崎豊子さんの原作は角川書店でなく新潮社が出版。
角川氏はいいます。「絶対にうちの原作じゃないとダメってことはないんです。
例えば『失楽園』(森田芳光監督)の時は講談社でした。ただ角川にいいものがあるのに、それを触らないのはダメだけどね」。
角川にはグループ会社がいま40社ありますが、違う出版社の作品ということで社員の中には疑問を感じる者がいたことも事実です。
製作費は約25億円。原作の出版時にも波乱はありましたが、テレビ局の出資も多くの会社が集まっての大規模な製作委員会もありません。
現在、この9割以上を角川が負担している形です。
興行的に失敗すれば、角川映画自体、どうなるか分からないのです。
まさに社運をかけた一大決心で、撮影に踏み切った作品です。
「社員もいろんなことを思ったでしょう。だから社員総会の時にいいました。
君たちは会社から応援を受ける権利があるけれど、グループのために貢献する義務もある。全員が協力してこの映画をヒットさせようって」
今だから言えるのでしょうが、完成した脚本に目を通したとき、不安を感じたといいます。
「読んだとき、80点だったんですよ。でもここで僕が出て口出しするのは良くないと思った。ずっと胃の痛い時期もあったな(苦笑)。なぜ行天(三浦友和)が恩地(渡辺謙)を裏切るのか。脚本には全然、説明が出てこない。でも今回、一番言いたいのは映画の奥深さを改めて教えられたってことだね。たとえ脚本の活字にはなくても、映像をお客さんが読み取って答を出すことができる。訴えてくる映像の力が違ったんだね」
公開前日は一睡もできなかったそうです。封切りから2週間。
コンスタントに観客動員を伸ばしています。
「完成したものを見たとき、本当に幸せな気分になったな。改めて映画のマジックを見せてもらった気がしたな」。確かに映画人にとって、作品の完成度と動員の両方で結果が出ることほどの喜びはないでしょう。
角川氏は取り上げられているJAL云々とは別の面で、映画化する強固な気持ちが揺るがなかったともいいます。
「フィクション、ノンフィクションに話題が集中して本当のテーマが矮小化されている。確かに出来上がるまでは大変だったんだけど、そればかりに執着するのは意味があると思えない。『沈まぬ太陽』って他でもなく日本のことですよ」
「日いずる国より、日沈む国へ。聖徳太子のときからいわれているテーマじゃないですか。
日本は沈んじゃうんじゃないか?ってことをいまみんなもどこかで感じ取っている。いまの日本は居心地がいいかもしれないけれど、これは沈みかけた状態での居心地の良さ。 これが映画のバックボーンにあるんですよ」
製作総指揮という立場でありながら、原作の山崎さんと直接会うことをしませんでした。
意図的にその距離を守ったそうです。
「新潮社の代理人がきちっと立ってくれている。それを尊重して会わないのも大事。自分勝手な感情で踏み外したりすると最低限のチームワークが崩れかねない危険も出てくるんですよ」
角川氏はこれまでにも製作総指揮の経験がありますが、自ら指揮を執りたい、と名乗り出たことはないそうです。「今回、現場からどうしてもやって欲しいと言ってきたとき、相当困っているんだなと分かった。それを見ていて『だったら受けるよ』となったんだよ」
映画界にはいろんなタイプの製作総指揮がいます。
中には監督や俳優よりも目立っている変わった人もいます。
無数の名前が出てくる長いエンドロールを見るたび、映画1本つくるのに本当に多くの人が関わっていることに、いつもびっくりしてしまいます。
角川氏の考える「製作総指揮」とは、どんな存在なのでしょうか。
「映画に限っていえば、グランドファーザーだね。この作品を成功させるんだ、ということを認識させるのが僕の一番大事な仕事。それ以上のことも以下のこともしない。特に今回は灯台の役目だったじゃないかな。岬にたどり着くためには、あの灯台があれば迷わずに済む、みたいなね」。この言葉に人柄が表れているように思います。
社会派映画はヒットさせるのが難しいといわれますが、動員数の順調な伸びに胃痛も不眠も、吹き飛んだのではないでしょうか。

映画のバックボーンは「JAL」の話ではなく、日本のこと。
角川さんにまったく同感でやんす。
投稿: 沈みっ放しの男 | 2009年11月16日 (月) 08:40