ベルリン国際映画祭と日本の女優の歴史を少し
「キネマ旬報ベスト・ワン」になるなど国内評価も高かったですが、ご覧になった方はどれくらいいるでしょうか。
良い機会だったので約10年ぶりに見直してみました。今回も真剣に見てしまいました。演劇と違って映画は、このように繰り返し見られ、自分の記憶の正誤確認ができて幸せです。
大宅壮一ノンフィクション賞も得た山崎朋子さんのルポルタージュが原作。女性史研究家が、戦前「からゆきさん」としてアジアで体を売ることで生活せざるを得なかった女性たちを取材していきます。
大正期に極貧でボルネオに売られた「おさき」の壮絶な人生を中心として展開していきます。田中さんは心の闇を抱えながら、思い出したくない記憶とかっとうしながら当時を語る80歳のおさきばあさん役でした。劇中でサンダカン娼館は1番から9番まであったと語られます。
意外なのは受賞した田中さんが主演でもあるはずなのに、最初にクレジットされていないことです。始めに出てくる主役は女性研究家役の栗原小巻。映画が東宝・俳優座提携作品だったことも影響しているのでしょうか。田中さんは出演者の出てくるエンドロールの一番最後です。ラストに出てくる出演者を業界用語で「トメ」と呼びますが、一般に主役に準ずるという位置づけとされています。
配役の順序も気になりますが、田中さんは登場したとたん、見る者を引き込みます。自分の過去に触れられたくない、踏み込ませない人間が次第に心を開き、人生を語るに至る心境の変化の芝居の細やかさと振幅に驚かされます。クライマックスは女性史研究家が、実は自分の研究目的でここに来たことを明かす場面。
そんな裏切り行為にも、おさきはこちらもすべて承知した上で語っていたのだ、といい、人間の優しさ、大きさ、強さが伝わってきます。暗く重い内容なのに、どこかすがすがしささえ覚えます。田中さんは、陰惨さ一辺倒になることを避け「童心に帰った老婆」ととらえ、演じたと語ったそうです。すべてノーメーク。さらにこの役のためにシワを増やしたといいます。それにしても登場した時の「陰の演技」と後半でのぞかせる「陽の演技」。巧いを越えた演技力のすごさには、ただ感服するしかありません。
当時のベルリンでもショッキングな歴史を描いた作品として衝撃を与えたことでしょう。報知新聞の1975年7月26日付の新聞には銀熊像を手にした感想を、こう言っています。「はるばる海を渡ってきてくれたオクマちゃん。まるでわが子のようないとしさね」田中さんはこれより前、日本俳優として初めてハリウッドなどを見てまわった。アメリカかぶれしたことに激しいバッシングを受け、その失意で自殺まで頭をよぎった人です。大衆の優しさと残酷さを、誰よりも知っているはずです。スター芝居を捨て去り、本格的な実力派女優になる思い切った変身。
しかし、この作品が公開されて3年後、田中さんは脳腫瘍で逝ってしまいます。もし目が見えなくなったらそれでもできる役をやりたい、と明かしていた執念の人です。スターでありながら、自分を美しく見せる気持ちを捨て、魂が乗り移ったように役になりきる。役にどこまで心でぶつかっていけるか挑戦し続けた人。田中絹代さんの迫真の演技は「演じる覚悟とは何か」という難問を突きつけてくるのです。
※写真は「サンダカン八番娼館 望郷」のDVD。東宝から定価4800円で出ています。裏表紙には田中絹代さんの写真は載っていますが、ご覧の通り表紙に出てこない点も不思議です


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