映画の中でのタバコの使われ方
少し前まで唐沢寿明版と平幹二朗版の「不毛地帯」(1979年)の両ドラマを見比べることに夢中なっていた。平のタバコのシーンの多いこと多いこと。何十回と出てくる。内容的には甲乙つけがたい見応えだったのだが、煙でモクモクの場面がどうしても気になった。少し手持ちぶさたになると必ずといってもよいくらい、タバコに火をつけるしぐさが出てくる。平に限らず、演じる上で間を持たせるのにタバコはとても便利だったということだろう。
タバコがあまり使われなくなったいま、ワンクッションというか、一呼吸おきたいときの芝居が難しくなっているのかもしれない。タバコだけではない。電話の場面してもそうだ。いまは公衆電話を使う人がずいぶん減ってしまったから、最近はそういうシーンも減ってしまったことに気づく。電話ボックスで話す場面が出てくると逆に新鮮に映る。
いまは携帯を使えば、その場ですぐにやり取りができる。以前はその場まで移動したり、電話ボックスに入ったりすれば緊迫感も出てそこに大事な心理描写もあった。役者だけでなく演出家泣かせにもなっている。同時に、見る側は昔よりもセリフの行間から読み取るというだいご味を、少しずつ奪われてしまっているのではないか。最近特に昔の作品を見る度、そんな思いを強くしている。
※写真は唐沢(左)と平版の「不毛地帯」のDVD。レンタルビデオ店ではこんな風に並べて置いてありました


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