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2013年4月17日 (水)

三國連太郎さんの思い出

亡くなられた三國さんの数多くの出演作の中でも特に忘れられないのが、映画「セーラー服と機関銃」(相米慎二監督)です。中学1年生のとき、京都・河原町の新京極という所にあった劇場に行って、初めて自分のおこづかいで見た映画でした。
ヒロインはもちろん、薬師丸ひろ子。三國さんは、「太っちょ」と呼ばれるヤクザの大ボス的な雰囲気を漂わせた新興宗教の教祖、三大寺一という役でした。

薬師丸演じる星泉はヘロインのありかを吐くよう、地雷の上に乗せられます。
油汗をかき、心身極限状態に陥ったヒロインは、「悪魔」とののしります。すると、「その言葉は、私の最大の賛辞だよ」と太っちょは返すのです。当時13歳だった記者は恥ずかしながら、このとき初めて「賛辞」という言葉を、帰って辞書を引いて覚えたのでした。

見て何日たっても消えないこの不気味な存在感の余韻は何なのだろうと思いました。三國さんはこれだけでは終わりません。
三大寺一は、それまで両足義足で車いすで移動していたのが、ラスト近くで実はウソだったと義足から本物の脚をにょきにょき出して驚かせます。
そして、ゆがんだ親子関係を送ってきた娘(風祭ゆき)に至近距離から撃たれます。銃弾の入った左胸から立ち上るほのかな煙。その傷口にそっと触れたかと思うと、バタン!と事切れる、見事な断末魔でした。

三國さんをインタビューしたとき、話を一方的に聞いてばかりでは失礼だと思ったので、せんえつながら記者にとってどんな影響を与え、三國連太郎という俳優がどこで鮮明に記憶されたのかを伝えようと、以上の思い出を短く話したことがありました。
ところがです。
「へぇ~? その作品、何というタイトルですか。もう一度教えてもらえますか。僕はそんな役を細かくやってましたか」と逆に聞かれたのです。
こちらは目が点になってしまい、思わずイスから転げ落ちそうでした。
でもご本人にとっては本当に記憶の彼方のようでした。

その数年後に見たドラマ「父と娘 空白の18年・無期刑の殺人犯、いま仮釈放…」も印象深いです。吉村昭氏の小説「秋の街」が原作。仮釈放を前に社会復帰のためのリハーサルに入る主人公が三國さんでした。

18年間に物も時代も、あらゆるものが様変わりしています。
確かデパートのシーンだったと思います。
乗ったことのない未知のエスカレーターに、恐る恐る足を踏み入れ、大けがをするのではないかとびっくりするほど激しく転倒してしまう演技がありました。最初は出所できることに喜びを持っていたのが、どんどん不安は膨らんでいきます。
あまりの迫真の芝居にブラウン管の三國さんの姿を、くぎ付けになって見た記憶があります。目を閉じると、いまもその映像が浮かんでくるほどです。

三國さんは生前、「名優? 自分など全く名優ではないのです。演じる中で一番大事なのは、どこまで自己顕示欲を消し去ることができるかです」とも。その欲のすべてを消すことの難しさを語っていました。

生 涯演じた役の数はどれほどになるのでしょうか。たとえ出演シーンは少なくても、どれひとつとして手を抜かず役に魂を込めて演じられたことは間違いありませ ん。これから先も、未見の作品を心して見続け、拙いながらも自分なりの三國連太郎研究を続けていきたいと思うのでした。

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