<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?>

<rdf:RDF
  xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#"
  xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
  xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
  xmlns:admin="http://webns.net/mvcb/"
  xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
  xmlns:cc="http://web.resource.org/cc/"
  xmlns="http://purl.org/rss/1.0/">

<channel rdf:about="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/">
<title>ウチノ姉さん　芸能ナイショ話</title>
<link>http://weblog.hochi.co.jp/uchino/</link>
<description></description>
<dc:language>ja-JP</dc:language>
<dc:creator></dc:creator>
<dc:date>2010-03-11T17:37:26+09:00</dc:date>
<admin:generatorAgent rdf:resource="http://www.typepad.com/" />


<items>
<rdf:Seq><rdf:li rdf:resource="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2010/03/post-84f3.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2010/03/post-a024.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2010/02/post-80f8.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2010/02/post-0e06.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2010/01/post-a45f.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2010/01/post-36fd.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2009/11/post-4d96.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2009/10/post-0410.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2009/10/post-80b3.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2009/10/post-b74f.html" />
</rdf:Seq>
</items>

</channel>

<item rdf:about="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2010/03/post-84f3.html">
<title>サンドラ・ブロックと沢尻エリカ</title>
<link>http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2010/03/post-84f3.html</link>
<description>　 アカデミー賞とラズベリー賞の両方を受賞したサンドラ・ブロックが大好きになった...</description>
<content:encoded>　&lt;p&gt;アカデミー賞とラズベリー賞の両方を受賞したサンドラ・ブロックが大好きになった。&lt;br /&gt;ありがた迷惑な最悪主演女優賞のラズベリー賞授賞式にも、本人自ら出席。&lt;br /&gt;　「私の女優のキャリアを台無しにしてくれてありがとう」と言ったかと思えば、ゴロゴロと引いてきた台車には、対象作のＤＶＤがいっぱい。&lt;br /&gt;　「あなたたち、この作品をちゃんと見てないでしょ！」と見直すよう命じる強気。&lt;br /&gt;　再度見て解釈が変われば、来年この賞を返上しに来る、と勝手に宣言していた。&lt;br /&gt;　あちこちで報道されたが、なんてウィットに富んでいて素敵な人なんだろう。&lt;br /&gt;　笑い不足だった私のツボに、はまりまくり。この映像が流れる度、笑わせてもらった。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　アカデミー前日に縁起の悪い不名誉な席に出席する器の大きさとユーモラスさ。&lt;br /&gt;　本人に直接会ったことも話したこともないが、最高のキャラクターの持ち主だ。&lt;br /&gt;　正直なところ、オスカー受賞作「しあわせの隠れ場所」では主演女優よりも不遇な少年時代を送るアメフトの黒人スター選手役のクイントン・アーロンの演技の方が印象に残った。サンドラはこの作品でも地に近いのか、行動力全開の、いかにも気の強そうな女性を演じた。女優として本当の真価を発揮するのは、これからのような気がするが、彼女の作品は欠かさずに見たいと思った。&lt;br /&gt;　人に対する印象の変化は移ろいやすい。恐ろしいものだ。&lt;br /&gt;　それに比べマスコミに対し、不都合な報道をしない誓約書を書かせる方法を選択した沢尻エリカ。オスカー女優と比較するのは間違いかもしれないが、２人の違いは何だろう。&lt;br /&gt;　世間を騒がせた映画の舞台あいさつでの前代未聞の「『別に』事件」。その後、涙で謝罪などせず、あのまま変わった姿勢を貫いていたら、違う意味でとんでもない大物になっていただろう。&lt;br /&gt;　一挙一動から目が離せない存在。記者は慢性的に刺激的なコメントに飢えている。沢尻の場合、いつも次に何が飛び出すか分からない。話せば面白く、毎回、驚かせる。&lt;br /&gt;　取材しがいのある対象だっただろう。結婚などのプライベートよりも突発的に表れる本人の言動の方に報じる価値があった。私には純粋さと不器用さの裏返しに見え、それが彼女の魅力のようにも思えた。&lt;br /&gt;　しかし、あれこれ言っても過去の話。１６日には新ＣＭ会見で久々に登場するが質問ダメなのだという。質問禁止の記者会見と言えば、最近では覚せい剤逮捕されたのりピー（酒井法子）の会見があった。このときのマスコミのバッシングも激しかった。なぜなら、どんな会見であっても、記者にとって一番大事なのは「聞くこと」。渦中の本人を目の前に、その生命線を絶たれた状態で、情報を得なければならないのはつらい。&lt;br /&gt;　沢尻の一連の誓約書騒動も時間が経つとともに、マスコミは怒りを通り越し「呆れ」の域に入っている。現実味のない話かもしれないが、万が一、沢尻はオスカー候補にでもなったらどうするのだろう。そのときも世界じゅうのマスコミにいちいち誓約書を書かせるのかな？　それとも、こういうときは都合よくフリーで取材をオッケーにするかな？&lt;br /&gt;　見事なサンドラの姿を見ていて、お気の毒なほど対照的な印象を与えている沢尻の顔が浮かんだのだった。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画</dc:subject>

<dc:creator>スポーツ報知</dc:creator>
<dc:date>2010-03-11T17:37:26+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2010/03/post-a024.html">
<title>中村征夫さんの「海中散歩」写真展</title>
<link>http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2010/03/post-a024.html</link>
<description>　東京ミッドタウン（六本木）を歩いていたら、気になる写真展（４月７日まで）をやっ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=450,height=600,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://weblog.hochi.co.jp/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2010/03/04/gggg.jpg&quot;&gt;&lt;img height=&quot;266&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;200&quot; src=&quot;http://weblog.hochi.co.jp/uchino/images/2010/03/04/gggg.jpg&quot; title=&quot;Gggg&quot; alt=&quot;Gggg&quot; style=&quot;margin: 0px 0px 5px 5px; float: right;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;
　東京ミッドタウン（六本木）を歩いていたら、気になる写真展（４月７日まで）をやっていたので衝動的に入ってみた。中村征夫さんといえば、水中写真の第
一人者。昨夏、放送されていたＮＨＫのドキュメンタリーを見て以来、気になり、忘れられない人になっていた。ずっと頭の隅っこに気になることをいろいろ
持っていると、本当にそれに関連することが勝手に向こうからやってくる、という不思議な体験を時々する。&lt;/p&gt;
&lt;div class=&quot;article_text&quot;&gt;　新聞社に入って学んだことのひとつに、一枚の写真を見て、その瞬間のため、どれほど大変だったか、おおよその見当がつくようになったことだ。たまに記者会見でノロノロと間抜けな写真を撮って失敗する度、難しさを痛感するから、写真の前では謙虚でありたいと思うようにもなった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　毎年、年末に日本橋三越で行われる報道写真展を見に行くのを楽しみにしている。いまの時代、携帯電話のカメラを始め、誰もが安易に写真が撮れる時代になってしまった。身近になった反面、写真のありがたみが減ったというか。しかし、ここに展示される瞬間の一コマの数々は歴史の記録でもあり、気の入り方が違っていて、強く迫るような力がある。そのような写真を見る度、これ以上、雄弁に語る記者の原稿など無力ではないか、とも思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=378,height=700,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://weblog.hochi.co.jp/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2010/03/04/hhh.jpg&quot;&gt;&lt;img height=&quot;370&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;200&quot; src=&quot;http://weblog.hochi.co.jp/uchino/images/2010/03/04/hhh.jpg&quot; title=&quot;Hhh&quot; alt=&quot;Hhh&quot; style=&quot;margin: 0px 0px 5px 5px; float: right;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;
　中村さんの写真は報道写真とは異なるかもしれないが、吸い込まれるように見入ってしまう。いつも会見などで「こちらに目線くださ～い」と、のんびり言って撮るのとは全然、違う。水中で魚に目線をもらうなんて無理だ。中村さんの写真は魚の表情（私は絶対あると思う！）に警戒心がない。見たドキュメンタリーではボンベの酸素の残量と勝負し、酸欠寸前になるまで待ち、根比べの末の撮影の過酷さ、大変さを伝えていた。命がけで撮っているといっても言い過ぎではない。酷使した体は悲鳴をあげ、全身のハリ治療を受けながら、この仕事を続けているという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　「海中散歩」の会場に展示されている写真は、私にはすべてがスクープ写真に思える。特に参った写真は、原寸大のパネルに拡大した８メートルのジンベイザメだ。それぞれのショットに付いている絵解き（写真の解説）も印象的。撮ったときの状況や心理状態にも触れられていている。例えば「（サメの）頭がドカンと出てきて気を失った。恥ずかしながら、写した記憶はない」とある。究極のプロ精神が本能的にシャッターを切らせたのだろう。これらの多くの写真からは、仕事を超えて学ぶものが無数にあるように思った。&lt;/div&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画</dc:subject>

<dc:creator>スポーツ報知</dc:creator>
<dc:date>2010-03-04T09:10:28+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2010/02/post-80f8.html">
<title>ベルリン国際映画祭と日本の女優の歴史を少し</title>
<link>http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2010/02/post-80f8.html</link>
<description>　ベルリン国際映画祭で最優秀女優賞に輝いた寺島しのぶは、田中絹代さん（１９７７年...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://weblog.hochi.co.jp/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2010/02/28/p1000712.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=600,height=800,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img height=&quot;266&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;200&quot; alt=&quot;P1000712&quot; title=&quot;P1000712&quot; src=&quot;http://weblog.hochi.co.jp/uchino/images/2010/02/28/p1000712.jpg&quot; style=&quot;margin: 0px 0px 5px 5px; float: right;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;
　ベルリン国際映画祭で最優秀女優賞に輝いた寺島しのぶは、田中絹代さん（１９７７年死去、享年６７歳）以来の快挙と話題になりました。この時の対象作は「サンダカン八番娼館　望郷」（１９７４年、熊井啓監督）。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　「キネマ旬報ベスト・ワン」になるなど国内評価も高かったですが、ご覧になった方はどれくらいいるでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　良い機会だったので約10年ぶりに見直してみました。今回も真剣に見てしまいました。演劇と違って映画は、このように繰り返し見られ、自分の記憶の正誤確認ができて幸せです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　大宅壮一ノンフィクション賞も得た山崎朋子さんのルポルタージュが原作。女性史研究家が、戦前「からゆきさん」としてアジアで体を売ることで生活せざるを得なかった女性たちを取材していきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　大正期に極貧でボルネオに売られた「おさき」の壮絶な人生を中心として展開していきます。田中さんは心の闇を抱えながら、思い出したくない記憶とかっとうしながら当時を語る８０歳のおさきばあさん役でした。劇中でサンダカン娼館は１番から９番まであったと語られます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　意外なのは受賞した田中さんが主演でもあるはずなのに、最初にクレジットされていないことです。始めに出てくる主役は女性研究家役の栗原小巻。映画が東宝・俳優座提携作品だったことも影響しているのでしょうか。田中さんは出演者の出てくるエンドロールの一番最後です。ラストに出てくる出演者を業界用語で「トメ」と呼びますが、一般に主役に準ずるという位置づけとされています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　配役の順序も気になりますが、田中さんは登場したとたん、見る者を引き込みます。自分の過去に触れられたくない、踏み込ませない人間が次第に心を開き、人生を語るに至る心境の変化の芝居の細やかさと振幅に驚かされます。クライマックスは女性史研究家が、実は自分の研究目的でここに来たことを明かす場面。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;そんな裏切り行為にも、おさきはこちらもすべて承知した上で語っていたのだ、といい、人間の優しさ、大きさ、強さが伝わってきます。暗く重い内容なのに、どこかすがすがしささえ覚えます。田中さんは、陰惨さ一辺倒になることを避け「童心に帰った老婆」ととらえ、演じたと語ったそうです。すべてノーメーク。さらにこの役のためにシワを増やしたといいます。それにしても登場した時の「陰の演技」と後半でのぞかせる「陽の演技」。巧いを越えた演技力のすごさには、ただ感服するしかありません。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　当時のベルリンでもショッキングな歴史を描いた作品として衝撃を与えたことでしょう。報知新聞の１９７５年７月26日付の新聞には銀熊像を手にした感想を、こう言っています。「はるばる海を渡ってきてくれたオクマちゃん。まるでわが子のようないとしさね」田中さんはこれより前、日本俳優として初めてハリウッドなどを見てまわった。アメリカかぶれしたことに激しいバッシングを受け、その失意で自殺まで頭をよぎった人です。大衆の優しさと残酷さを、誰よりも知っているはずです。スター芝居を捨て去り、本格的な実力派女優になる思い切った変身。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　しかし、この作品が公開されて３年後、田中さんは脳腫瘍で逝ってしまいます。もし目が見えなくなったらそれでもできる役をやりたい、と明かしていた執念の人です。スターでありながら、自分を美しく見せる気持ちを捨て、魂が乗り移ったように役になりきる。役にどこまで心でぶつかっていけるか挑戦し続けた人。田中絹代さんの迫真の演技は「演じる覚悟とは何か」という難問を突きつけてくるのです。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　※写真は「サンダカン八番娼館　望郷」のＤＶＤ。東宝から定価４８００円で出ています。裏表紙には田中絹代さんの写真は載っていますが、ご覧の通り表紙に出てこない点も不思議です&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画</dc:subject>

<dc:creator>スポーツ報知</dc:creator>
<dc:date>2010-02-28T23:22:13+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2010/02/post-0e06.html">
<title>石田純一の行く末は？</title>
<link>http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2010/02/post-0e06.html</link>
<description>　デスク当番で取材案内のファックスを整理していると、連日や数日のペースで石田純一...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　デスク当番で取材案内のファックスを整理していると、連日や数日のペースで石田純一が出てくるイベントがある。正直、毎度毎度、よく出てくるなと思う。石田はプライベートを、嫌がらずに話すから、取材対象としてはありがたい存在とされている。イベント主催側も、その注目度を打算して本人を呼ぶ。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　しかし、これらのイベントの記事を見たり読んだりする度、石田の肩書きは「俳優」となっているが、いまの彼は本当にそうだろうかと思う。「タレント」なら違和感はない。俳優業などほとんどやっていないし、もっぱらプライベートの切り売りが職業だ。ご本人もセレブな生活を送るための手段として割り切っているのだろうが。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　以前、彼のプロポーズの瞬間を特集するテレビ特番まであった。相手の東尾理子にも知らせず、映像を撮っていた。かわいそうで理解できなかった。番組であることを知らされた瞬間の彼女の動揺、驚きの表情が忘れられない。彼女はショックを受けながらも「これが彼の仕事だから」と自分に言い聞かせるように話していた。恥ずかしい思いをさせられたというのに、けなげで涙が出そうになった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　自戒を込めてだが、芸能マスコミも変わってしまった、と感じる。一昔前は本物の大物俳優・歌手だからこそ、それに付随して大衆はプライべートを知りたくなったものだ。本業が空洞化し、まずプライベートありき、という本末転倒はどうなのだろう？世間の人々は本当に石田のプライベートに関心や興味があるのだろうか。芸能マスコミが情報を押しつけてしまっている部分もあるだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　おじいちゃんになっても、こんな感じで働くのだろうか。私生活の話題がなくても、仕事のお呼びはあるだろうか。プライベート切り売り稼業になったことで、俳優業の活動の幅もせばめた。別に役者として才能を感じているわけでも興味を持っているわけでもないが、石田の顔と彼の肩書きが出てくる度、反射的におせっかいな疑問がわくのだった。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>テレビ</dc:subject>

<dc:creator>スポーツ報知</dc:creator>
<dc:date>2010-02-07T11:50:32+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2010/01/post-a45f.html">
<title>薬師丸ひろ子ゾーン</title>
<link>http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2010/01/post-a45f.html</link>
<description>　映画「今度は愛妻家」（行定勲監督）の公開（１６日）を記念して行われた薬師丸ひろ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=512,height=768,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://weblog.hochi.co.jp/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2010/01/11/img_8391s.jpg&quot;&gt;&lt;img width=&quot;200&quot; height=&quot;300&quot; title=&quot;Img_8391s&quot; alt=&quot;Img_8391s&quot; src=&quot;http://weblog.hochi.co.jp/uchino/images/2010/01/11/img_8391s.jpg&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;MARGIN: 0px 0px 5px 5px; FLOAT: right&quot; /&gt;&lt;/a&gt; 　映画「今度は愛妻家」（行定勲監督）の公開（１６日）を記念して行われた薬師丸ひろ子の２０年ぶりのコンサートをのぞいて参りました。グランドプリンスホテル赤坂の宴会場はびっしりイスだらけ。１１５０席あったのですが、ホテルの方もよくこれだけ並べ、終わって片付けるのも大変だろうな、と入った瞬間、余計なことを思いました。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　４１歳の行定監督は自身を含め、会場に集まった人々を彼女の歌と映画で青春の思い出を重ね合わせられる「薬師丸ゾーン」なのだと力説していました。感心したのは、出演映画の名場面で編集されたオープニング映像。「セーラー服と機関銃」のクライマックスシーンはもちろんですが、冒頭はデビュー作「野性の証明」の名ぜりふ「お父さん、こわいよ。何か来るよ。大勢でお父さんを殺しにくるよ」から始まり、ファンならあのシーンあるかな？という場面を外さず編集。追憶のタイムマシーンに乗せてくれ、一気に懐かしさに引き込む構成でした。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　興味深かったのは、一世風靡(ふうび)した元アイドルのコンサートで、最初から最後まで、盛り上がっているのにスタンディング現象が起きることなく、アンコールを迎えたことでした。「薬師丸ゾーン」はノリを優先させるよりも、じっくり聴き入り、心ゆくまで自分と対話しながら追憶に浸りたい、ということだったのでしょうか。観客の中には、両手をグー！にして聴いている人や微動だにせず、一点を見つめて歌を口ずさむ人も。いまでいうアキバ系的なタイプの一部に見受けられる一心不乱型の人も２０年たつと、こんな感じになるのかしら？などと思ったりもしました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　しかし「セーラー服と機関銃」を生で聴いた時は、鳥肌が立ちました。「セーラー服～」は中学１年の時、京都の新京極の映画館で自分のお小遣いで初めてみた映画です。仕事で駄作を見続けて疲れ、映画への好奇心が薄れた時や、原点に立ち戻るために年の初めに見直すことにしている１本でもあります。ビデオはすり切れ、ＤＶＤを買い直し、ほぼすべてのシーンとせりふを思い出せるほど見てきましたが、それでも見る度に必ず新しい発見があります。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　もし相米慎二監督がご存命なら、聞いてみたかったことは山ほどありますが、それはもう叶いません。ヒロイン星泉が亡きがらに初めてのキスを捧げたり、渡瀬恒彦と風祭ゆきの濃厚なラブシーンなど１３歳の私には刺激が強すぎ、めまいを起こしました。やくざの大ボス「ふとっちょ役」の三国連太郎や怪しい刑事役の柄本明など演技のすごみに初めて圧倒されたのも、この作品でした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ホモ風のキャラだった大門正明、足を銃で打ち抜かれ、激痛でのたうち回る寺田農、不気味な刑事役だった斉藤洋介。ヒロインのボーイフレンドグループの柳沢慎吾や光石研などなど。芝居好きにはこたえられない配役でした。自分でお金を払って初めて見た映画は「演じるとはなんぞや？」という疑問を突きつけたのでした。同時に映画には人生を変えてしまうほど大きな力があることを知ったのです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　さて、今回訪れた方のどれだけの人が「今度は愛妻家」をご覧になるでしょうか。大事な思い出に浸るだけでしょうか。新作は見応えある佳作に仕上がっています。映画はおそらく、女性よりも男性がボロ泣きしてしまいそうな予感がします。ひょっとして２０年の月日という現実を受け入れる小さな覚悟めいたものも必要なのでしょうか。果たして自分自身は、この２０年でどこまで成長し、変わることができたのか。コンサートは「時の流れ」というものについて改めて考えさせてくれたのでした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　&lt;strong&gt;［写真］&lt;/strong&gt;懐かしい歌声を披露する薬師丸ひろ子。身ぶり手ぶりがなく、左腕をまっすぐ伸ばして行儀良く歌うスタイルも当時のままで安心しました&lt;/p&gt;</content:encoded>



<dc:creator>スポーツ報知</dc:creator>
<dc:date>2010-01-11T16:53:24+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2010/01/post-36fd.html">
<title>「時間の無重力感覚」を味わう気分</title>
<link>http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2010/01/post-36fd.html</link>
<description>　早いもので新しい年が明けて一週間以上がたちました。 いただいた年賀状の中には「...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　早いもので新しい年が明けて一週間以上がたちました。&lt;br /&gt;いただいた年賀状の中には「ブログの更新はどうなってますか？」と&lt;br /&gt;ドキリとする一文が添えられているものもあり、反省しました。&lt;br /&gt;今年こそは（昨年も書いた気がする）もっと更新回数を増やし、&lt;br /&gt;思っていることをお伝えしたいと思います。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;　年明けに４日間、休みを頂だいしました。&lt;br /&gt;最初に、たまって積ん読状態になっていた１０数本のＤＶＤを順番に見ました。&lt;br /&gt;何の作品を見たかは、後日、触れたいと思います。&lt;br /&gt;また日比谷に「パブリック・エネミーズ」「釣りバカ日誌２０　ファイナル」を見に行きました。&lt;br /&gt;　「釣りバカ」はお客さんの笑い声の大きさにビックリ。&lt;br /&gt;一部の観客でしたが、クスクスではなく、まるで笑い袋状態なのです。&lt;br /&gt;実際に映画館で見るのと、マスコミ試写で見るのとでは、反応の違いに驚くことがあります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　自分でもよく分からないのですが、３日以上の連休があると不思議な体験をします。&lt;br /&gt;仕事がはかどらないことに落ち込み、時間に追われる生活を約２０年間続けているせいでしょうか。&lt;br /&gt;　時の流れが急にゆるやかになると、時間が止まってしまったような錯覚にとらわれるのです。&lt;br /&gt;　うまく表現できませんが、時の無重力に放り込まれた感じ（余計分かりにくいって？）に似ているでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　小さい時から「ボーッ」とするのが大好きで、今でも「１日じゅうぼんやりしてろ！」と言われれば、喜んでするでしょう。&lt;br /&gt;　休日は思考回路が変わるので、４日間あると普段は意識的に考えないようにしている「浮遊物」が昔みたいに、頭の中にあぶくのように浮いてきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　たとえば、大掃除で掃除機をかけていれば。&lt;br /&gt;吸い取ったホコリをぼんやりながめながら、毎回同じホコリなどないはずなのに、「なぜホコリは密度がほぼ同じく綿ボコリとなっていくのか？」とバカなことを思ったり。&lt;br /&gt;また、ぼんやりニュース番組のハシゴをしていれば。&lt;br /&gt;以前はこの時期になるとよくモチをのどに詰まらせ、生死をさまよう不運な事故が起きていたのに、最近はほとんどその話を聞かない。もちを食べる人が減ってしまったのか、などの疑問が勝手にわいてきます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　どうでもいいことをたくさん考える休日でしたが、免疫力アップのため、目が解けそうになるくらい大量の睡眠も取り、元気になりました。&lt;br /&gt;今年の芸能界も激動の１年になりそうで寒気がしますが、「シネマ報知」「ウチノ姉さん」をよろしくお願いします。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画</dc:subject>
<dc:subject>時事問題</dc:subject>

<dc:creator>スポーツ報知</dc:creator>
<dc:date>2010-01-08T23:17:56+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2009/11/post-4d96.html">
<title>映画「沈まぬ太陽」製作総指揮・角川歴彦氏のこと</title>
<link>http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2009/11/post-4d96.html</link>
<description>　角川映画会長・角川歴彦氏の取材は、チェアマン時代に東京国際映画祭についてのイン...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;　角川映画会長・角川歴彦氏の取材は、チェアマン時代に東京国際映画祭についてのインタビューで過去２回。今回３度目でしたが、いつも千代田区富士見にある角川書店の、それは広くて立派な応接室での取材です。&lt;br /&gt;　会う前、ひとつの映画に絞って話を聞くのは初めてだったことに気づきました。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=400,height=533,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://weblog.hochi.co.jp/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/11/09/p1000651.jpg&quot;&gt;&lt;img height=&quot;266&quot; border=&quot;0&quot; width=&quot;200&quot; src=&quot;http://weblog.hochi.co.jp/uchino/images/2009/11/09/p1000651.jpg&quot; title=&quot;P1000651&quot; alt=&quot;P1000651&quot; style=&quot;margin: 0px 0px 5px 5px; float: right;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;
　邦画界で難航していた「沈まぬ太陽」の映画化の話が再び聞こえたのは２００６年５月のこと。&lt;br /&gt;　角川映画（当時、角川ヘラルド）の新作ラインナップ発表の席でした。&lt;br /&gt;　その時の記事には０８年夏公開とあります。&lt;br /&gt;　封切りの遅れにも、通常の作品とは異なる製作過程の苦労がうかがえます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　基本的な疑問ですが、山崎豊子さんの原作は角川書店でなく新潮社が出版。&lt;br /&gt;　角川氏はいいます。「絶対にうちの原作じゃないとダメってことはないんです。&lt;br /&gt;例えば『失楽園』（森田芳光監督）の時は講談社でした。ただ角川にいいものがあるのに、それを触らないのはダメだけどね」。&lt;br /&gt;　角川にはグループ会社がいま４０社ありますが、違う出版社の作品ということで社員の中には疑問を感じる者がいたことも事実です。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　製作費は約２５億円。原作の出版時にも波乱はありましたが、テレビ局の出資も多くの会社が集まっての大規模な製作委員会もありません。&lt;br /&gt;　現在、この９割以上を角川が負担している形です。&lt;br /&gt;　興行的に失敗すれば、角川映画自体、どうなるか分からないのです。&lt;br /&gt;　まさに社運をかけた一大決心で、撮影に踏み切った作品です。&lt;br /&gt;　「社員もいろんなことを思ったでしょう。だから社員総会の時にいいました。&lt;br /&gt;　君たちは会社から応援を受ける権利があるけれど、グループのために貢献する義務もある。全員が協力してこの映画をヒットさせようって」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　今だから言えるのでしょうが、完成した脚本に目を通したとき、不安を感じたといいます。&lt;br /&gt;　「読んだとき、８０点だったんですよ。でもここで僕が出て口出しするのは良くないと思った。ずっと胃の痛い時期もあったな（苦笑）。なぜ行天（三浦友和）が恩地（渡辺謙）を裏切るのか。脚本には全然、説明が出てこない。でも今回、一番言いたいのは映画の奥深さを改めて教えられたってことだね。たとえ脚本の活字にはなくても、映像をお客さんが読み取って答を出すことができる。訴えてくる映像の力が違ったんだね」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　公開前日は一睡もできなかったそうです。封切りから２週間。&lt;br /&gt;　コンスタントに観客動員を伸ばしています。&lt;br /&gt;　「完成したものを見たとき、本当に幸せな気分になったな。改めて映画のマジックを見せてもらった気がしたな」。確かに映画人にとって、作品の完成度と動員の両方で結果が出ることほどの喜びはないでしょう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　角川氏は取り上げられているＪＡＬ云々とは別の面で、映画化する強固な気持ちが揺るがなかったともいいます。&lt;br /&gt;　「フィクション、ノンフィクションに話題が集中して本当のテーマが矮小化されている。確かに出来上がるまでは大変だったんだけど、そればかりに執着するのは意味があると思えない。『沈まぬ太陽』って他でもなく日本のことですよ」&lt;br /&gt;　「日いずる国より、日沈む国へ。聖徳太子のときからいわれているテーマじゃないですか。&lt;br /&gt;日本は沈んじゃうんじゃないか？ってことをいまみんなもどこかで感じ取っている。いまの日本は居心地がいいかもしれないけれど、これは沈みかけた状態での居心地の良さ。　これが映画のバックボーンにあるんですよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　製作総指揮という立場でありながら、原作の山崎さんと直接会うことをしませんでした。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　意図的にその距離を守ったそうです。&lt;br /&gt;　「新潮社の代理人がきちっと立ってくれている。それを尊重して会わないのも大事。自分勝手な感情で踏み外したりすると最低限のチームワークが崩れかねない危険も出てくるんですよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　角川氏はこれまでにも製作総指揮の経験がありますが、自ら指揮を執りたい、と名乗り出たことはないそうです。「今回、現場からどうしてもやって欲しいと言ってきたとき、相当困っているんだなと分かった。それを見ていて『だったら受けるよ』となったんだよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　映画界にはいろんなタイプの製作総指揮がいます。&lt;br /&gt;　中には監督や俳優よりも目立っている変わった人もいます。&lt;br /&gt;　無数の名前が出てくる長いエンドロールを見るたび、映画１本つくるのに本当に多くの人が関わっていることに、いつもびっくりしてしまいます。&lt;br /&gt;　角川氏の考える「製作総指揮」とは、どんな存在なのでしょうか。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「映画に限っていえば、グランドファーザーだね。この作品を成功させるんだ、ということを認識させるのが僕の一番大事な仕事。それ以上のことも以下のこともしない。特に今回は灯台の役目だったじゃないかな。岬にたどり着くためには、あの灯台があれば迷わずに済む、みたいなね」。この言葉に人柄が表れているように思います。&lt;br /&gt;　社会派映画はヒットさせるのが難しいといわれますが、動員数の順調な伸びに胃痛も不眠も、吹き飛んだのではないでしょうか。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画</dc:subject>

<dc:creator>スポーツ報知</dc:creator>
<dc:date>2009-11-09T22:08:37+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2009/10/post-0410.html">
<title>映画「沈まぬ太陽」の若松節朗監督のこと</title>
<link>http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2009/10/post-0410.html</link>
<description>　２４日に公開された「沈まぬ太陽」は邦画史に残る作品でしょう。 山崎豊子さんの５...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=600,height=800,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://weblog.hochi.co.jp/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/10/30/photo_2.jpg&quot;&gt;&lt;img title=&quot;Photo_2&quot; height=&quot;266&quot; alt=&quot;Photo_2&quot; src=&quot;http://weblog.hochi.co.jp/uchino/images/2009/10/30/photo_2.jpg&quot; width=&quot;200&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;FLOAT: right; MARGIN: 0px 0px 5px 5px&quot; /&gt;&lt;/a&gt; 　２４日に公開された「沈まぬ太陽」は邦画史に残る作品でしょう。&lt;br /&gt;山崎豊子さんの５巻に及ぶ長編小説が原作。映画には架空の団体であり、フィクションと記されていますが、御巣鷹山の飛行機墜落事故や出てくる労働組合の内容などは、再建まっただ中の航空会社とよく似ていることに、ほとんどの人が気づきます。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;難産の末の完成で、製作に挫折した話を聞いていると、自分が映画担当の間に見ることはおそらく叶わないだろう、と正直なところ思っていました。&lt;br /&gt;山崎さんの強い希望もあって、２部構成ではなく、１０分のインターミッション（休憩）をはさみながら１本の映画に仕上がりました。&lt;br /&gt;あっという間に引き込まれ、気が付けば休憩、後半も考えさせられながら見入ってしまう３時間２２分です。長い上映時間を敬遠したり、こわがったりせず、若い人にぜひスクリーンで見て欲しいと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;公開直前に若松監督と話す機会がありました。山崎さんは封切りの半月ほど前、大阪で見ています。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;上映が終了。緊張の瞬間です。最初の言葉は「ありがとう」。そしてこう続きます。&lt;br /&gt;「私はこんなに涙の途切れることのない映画を見たことがありません」&lt;br /&gt;見終わった後も山崎さんは泣いていたそうです。この二つの言葉が作品の完成度を物語ります。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;自らこの作品のメガホンを執ることを志願したとはいえ、監督は「果たしてオーケーをいただけるのかどうか。非常にハードルの高い映画でした。待っている間はハラハラドキドキ。法廷に立たされた罪人のようでした。でもその言葉を聞いて角川（製作）と東宝（配給）の人たちのものすごい拍手が起きて。大変いい光景でしたよ」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;監督は最初に山崎さんを訪ねた時、こう言われたそうです。&lt;br /&gt;「この原作を映像化できるまで私は死ねません。（御巣鷹山の事故の）大阪の遺族を取材したとき、私は３年分の涙を流しました。そこを分かってくださいね」&lt;br /&gt;上映後の涙を「（山崎）先生は執筆過程だけでなく出版後いろんなあつれきとも戦われたでしょう。僕の見たあの涙には、それらも含まれていたんだろうと思うんです」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;山崎作品の映画化は約３０年ぶりです。代表作的なものを挙げると、&lt;br /&gt;◆１９６６年「白い巨塔」（田宮二郎主演、山本薩夫監督）&lt;br /&gt;◆１９７４年「華麗なる一族」（佐分利　信主演、山本薩夫監督）&lt;br /&gt;◆１９７６年「不毛地帯」（仲代達矢主演、山本薩夫監督）&lt;br /&gt;この三作は同じ人がメガホン。若松監督は山本監督について「はい。気になりました。意識しました」と正直に明かします。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;「ただ、ぼくは最近減ってしまった王道の映画をつくりたかった。やたらにカメラを動かさないで役者に接写する。アングルがどうのこうのじゃなくて、役者の芝居を見やすいアングルで撮る。山崎作品に関してはそれが一番いい、と思ったんです」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;ご覧になった人はお気づきになったでしょうか。&lt;br /&gt;若松監督は今回、これまでの山崎豊子映画になかった大胆なことに挑戦しました。&lt;br /&gt;原作の時系列通りではなく、時間軸が前後する中で展開します。&lt;br /&gt;頭が混乱しないよう長編映画に不可欠とされてきたナレーションを使わない方法を取ったことです。&lt;br /&gt;見た多くが「１０分間の休憩はいらない」と答えるほど作品に力があります。&lt;br /&gt;「先生からは『ナレーション嫌いですか？』と聞かれました。でも役者の芝居で十分に伝わると思った。&lt;br /&gt;役者に失礼だと思ったんです」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;出演者との信頼関係では、こんな話もありました。&lt;br /&gt;宇津井健は御巣鷹山の事故の遺族を演じています。&lt;br /&gt;車での長旅より飛行機で帰省するように勧めたために、幼子もいた息子一家を失ってしまう。&lt;br /&gt;自分の責任だと悔やみ続け、お遍路の旅に出るという設定です。&lt;br /&gt;監督が「お遍路」と口にした瞬間、宇津井は「もちろんです。髪は刈らせてもらいます。どんなにバリカン入れてもらっても結構です」迷わず、即答で返ってきたといいます。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;映画のドラマとともに、この作品には完成に至るまでのドラマも無数にあるのです。&lt;br /&gt;次回では「沈まぬ太陽」の製作総指揮・角川歴彦氏（角川映画会長）の話を紹介したいと思います。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;※写真は若松節朗監督。一見すると少しこわそうですが、受け答えが明快でまっすぐな性格という印象を受けました。主な作品に映画「ホワイトアウト」、ドラマ「振り返れば奴がいる」「やまとなでしこ」「救急病棟２４時」など。現在、共同テレビ・エグゼクティブディレクター。１９４９年５月５日生まれ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画</dc:subject>

<dc:creator>スポーツ報知</dc:creator>
<dc:date>2009-10-30T01:11:06+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2009/10/post-80b3.html">
<title>大久保佳代子劇団</title>
<link>http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2009/10/post-80b3.html</link>
<description>感性が鈍化したのか、笑いに飢えていたのでウッディシアター中目黒という劇場で大久保...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;感性が鈍化したのか、笑いに飢えていたのでウッディシアター中目黒という劇場で大久保佳代子劇団の第１回公演「尼と恥美」を見た。&lt;br /&gt;タイトルからして笑ってしまう。作・演出は出演もしていた光浦靖子。&lt;br /&gt;アラフォー世代の大久保と光浦はオアシズというお笑いコンビでも活動中だが、この２人が中心となって出来上がった舞台だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&lt;/p&gt;&lt;p&gt;&lt;a onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=449,height=800,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot; href=&quot;http://weblog.hochi.co.jp/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2009/10/21/091021_005501_2.jpg&quot;&gt;&lt;img width=&quot;200&quot; height=&quot;356&quot; title=&quot;091021_005501_2&quot; alt=&quot;091021_005501_2&quot; src=&quot;http://weblog.hochi.co.jp/uchino/images/2009/10/21/091021_005501_2.jpg&quot; border=&quot;0&quot; complete=&quot;true&quot; style=&quot;MARGIN: 0px 0px 5px 5px; FLOAT: right&quot; /&gt;&lt;/a&gt; 一度紹介したいと思い、楽しみにしていたのはいいが、チケットを買おうとネットで調べてみると完売になっていた。頭ガーン！状態の大ショックで凹んだ。&lt;br /&gt;油断したことを反省し、落胆しながら２人が所属する「人力舎」という事務所にダメもとで問い合わせてみると、初日の前にゲネプロ（本番さながらのリハーサル）があるとのこと。部内で「人力舎」担当の後輩ヤング記者に「行って参りま～す」と言い残して、劇場に向かった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;歳のせいか、性格がひねくれて笑いのツボも感性もおかしくなったのか。&lt;br /&gt;最近のバラエティ番組の大半は見ていても全然笑えず、逆にイライラしてくる。&lt;br /&gt;そんな中で大久保の笑顔をあまりみせない無愛想な姿が気になった。&lt;br /&gt;大久保も光浦も文才の持ち主。&lt;br /&gt;実際に書いてあるものを読んでみても淡々とした筆致だが、客観的で観察眼も鋭い。このあたりが、独特の芸風の原点でもあるのだろうと勝手に納得したりしている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この芝居の主人公の名前が変わっていて「滑川恥美（なめかわ・はじみ）」。&lt;br /&gt;講演会も行うほど人気の恥美という尼さん（光浦）が、自分がどうしてこの世界に入ったのか。&lt;br /&gt;波乱万丈の半生を喜劇で展開していく。大久保は主人公の若かりしころの役を演じた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;なぜこの劇団におかしみを覚えるのか。&lt;br /&gt;無責任だが自分でも自分の感性をきちんと説明できなかった。&lt;br /&gt;それが２時間弱の芝居を見て分かったのは、高いテンションに頼ることなくハチャメチャなことをするからではないか、という考えに行き着く。&lt;br /&gt;不自然にテンションの高い舞台は始まったとたん嫌悪感を覚えるが、この劇団は「私たち勝手に演じてます、勝手に笑って」という感じで、観客にこびずに進行していく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;オアシズの本当の素顔は人一倍シャイなんだろう、と想像する。&lt;br /&gt;そのしゅう羞恥（しゅうち）心を演技のパワーに変えて舞台を成立させている。&lt;br /&gt;「笑い」といえば、山田洋次監督が以前、どこかのエッセイに書いていた。&lt;br /&gt;「笑いのセンス」でその女性の知性や性格をうかがうこともできる、というような内容だった。&lt;br /&gt;恐ろし～。笑いにはそんなこわい一面もある。&lt;br /&gt;しかし自分がなぜここで笑うのか、たどっていけば必ず理由があるはずだが、あまり深く考えずに毎日を生きている。でも「笑い」の精神構造について知りたいと思うことはよくある。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;以上、そのようなことも考えさせてくれ、へとへとになるくらい笑って気分もスッキリしたので、この劇団の第２回公演をいまから楽しみにしている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;※写真は大久保佳代子第１回公演のド派手なチラシ&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>ウェブログ</dc:subject>

<dc:creator>スポーツ報知</dc:creator>
<dc:date>2009-10-21T01:55:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2009/10/post-b74f.html">
<title>酒井法子の事件で考えさせられたこと（下）</title>
<link>http://weblog.hochi.co.jp/uchino/2009/10/post-b74f.html</link>
<description>酒井被告の裁判の日が近づいている。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;酒井被告の裁判の日が近づいている。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;法の裁きとは違う、今回の本当の罪は他にもあるのではないか、という疑問が膨らむ。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;振り返ると、本人がクスリをやったことをほとんど認めているのに、&lt;br /&gt;薬物検査で陽性反応が出ないため「不起訴の可能性」という状況が最初は続いた。&lt;br /&gt;クスリ逮捕者のほとんどが現行犯。理由がようやく理解できた気がした。&lt;br /&gt;「不起訴」という用語をみると、本人が罪を認めても前科はつかないとあった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;でもどうなんだろう。&lt;br /&gt;精根尽きるほど心配している事務所の恩人も完全無視。&lt;br /&gt;クスリ抜き目的で息子は他人に預けて逃げ回る。&lt;br /&gt;日本じゅうを混乱させた行為の方が人間として罪は重いのではないのか。&lt;br /&gt;それまでの信頼など消し飛び、多くに半端でない迷惑をかけている。&lt;br /&gt;一連の逃亡行為は取り返しがつかない、という言葉を通り越している。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;この事件中、酒井の弟も覚せい剤で逮捕されていた。&lt;br /&gt;複雑な境遇があったようだが、昔の記事を見直しても全部一人っ子とある。&lt;br /&gt;驚かされたのは、この弟逮捕が発覚したとき、事務所に担当記者が確かめたら、&lt;br /&gt;「えっ！確か一人っ子のはずだが…」と上層部も弟の存在を把握していなかったことだ。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;自分を仕事で育ててくれた人にさえも本当のことをすべて明かしていなかった。&lt;br /&gt;これも裏切り行為のひとつではないか。&lt;br /&gt;デビューの時点から、信頼関係にはほころびがあったのではないか。&lt;br /&gt;逃亡の発想も兄弟のこともずっと隠し通せたのだから、という安易な気持ちがはたらいたのか。&lt;br /&gt;どんなに裏切ろうと、事務所は私を捨てない、という恐ろしいごうまんさがあったのか。 &lt;/p&gt;

&lt;p&gt;一連の逃亡、逮捕劇は、読めない展開で、それが余計に関心を集める結果になった。&lt;br /&gt;夫の逮捕を悔やんでの、母子自殺の可能性まで一時は飛び交った。&lt;br /&gt;いまとなっては笑い話だが、その時の報知新聞の一面の記事には、&lt;br /&gt;携帯電話の電波が見つかった場所から樹海の距離まで入っている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;しかし最近になって時々、想像してしまう。&lt;br /&gt;仮に、渋谷で夫が捕まった時、すぐに夫婦そろって逮捕されていたなら。&lt;br /&gt;確かにショッキングなニュースとして報じられるだろうが、&lt;br /&gt;悪い印象は全く、違っていたのではないか。&lt;br /&gt;むしろ同情する人が増えていただろう。&lt;br /&gt;保釈時に見せた「笑み」ひとつでバッシングされることもなかったかもしれない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;人を信じるとは何だろう。信頼関係が強固なほど裏切られた時の傷は深い。&lt;br /&gt;たくさんの恩人を裏切り、欺いたという罪はほとんど裁かれない。&lt;br /&gt;法律を犯すより、もっと重い罪があるのではないか。&lt;br /&gt;法に守られているようで、法の限界と無力さを思うと複雑な気持ちになる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;こんな、今まで考えなかったことを考えさせた酒井事件で勉強したことも多かった。&lt;br /&gt;その点だけは、この事件に少し感謝している。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>時事問題</dc:subject>

<dc:creator>スポーツ報知</dc:creator>
<dc:date>2009-10-11T14:58:24+09:00</dc:date>
</item>


</rdf:RDF>
