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2013年9月26日 (木)

出雲大社へ向かって走れD51

 先週のことだった。取材で島根県の出雲大社に行くことになったので、ルートを調べていて、意外なことに気付いた。JRの出雲市駅から出雲大社まで、けっこう距離があるのに、JRの線路は延びていない。一畑電鉄か一畑バスで行くしかない。JRが地元の地方鉄道に利益を譲っているのだろうかなどと想像しながら現地へ着いて、最初に案内されたのが国鉄旧大社駅だった。

 初めて知ったことだが、かつて国鉄山陰線には1912年(明治45年)に開通した「大社線」という支線があって、出雲市駅からこの大社駅まで参拝客を運んでいたという。1923年(大正12年)には、京都から益田が全通して、関西から大勢の参拝客が来るようになった。

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 そこで初代駅舎が手狭になり、翌1924年に竣工したのが、この駅舎という。入母屋の大屋根を眺めていると、何となく神社の社殿を連想する。中央待合室に入ると天井は高く、高窓もあって、出札室はなかなかの風情がある。
 まだ和装と洋装が入り交じった参拝客たちが、駅舎を出て、出雲大社へ向かって歩いていく光景が目に浮かぶようだ。
 しかし、高度経済成長を経て自家用車が普及し、大社線は1990年に廃線。この駅舎だけが保存され、国の有形重要文化財に指定されている。
 改札を通ってホームへ出た。すぐにSLが目に飛び込んできた。おなじみのD51の774号機だ。

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 交通博物館などに展示されているものと違って、今も風雪に耐えてたくましく生き残っている車体は、言葉はおかしいが「生活感」を感じて、親しみがわいてくる。
 説明板によると、製造されたのが1942年(昭和17年)というから太平洋戦争のまっただ中。その後、32年4か月にわたって、全国各地で計107万2170キロメートルを走り、1974年11月30日に山陰線を走ったのが、本州では最後のSL走行となったという。何となく、サラリーマンの人生のようだ。
 戦後の一時期は、この車両が出雲市駅から大社に向かって走っていたこともあるのだろうか。説明板は、そのことに触れていないが、何となくその光景も目に浮かんだ。

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 ちなみに、この車体はJR西日本から無償貸与され、しばらくは出雲大社の神苑に展示されていたという。その後、この保存された駅舎に戻ったのだが、神苑にいる間に、何かのパワーを獲得しているかも知れない。
 鉄道ファンでなくても、出雲市に行ったら一度は訪ねてほしい。お願いすれば、何かの縁を結んでくれるかも知れない。
 出雲市と松江市の取材は、10月2日発行のスポーツ報知大阪本社版に掲載されるが、紙面だけでは伝えきれない情報は、しばらくこのブログで連載する。
 国鉄旧大社駅へはJR出雲市駅から一畑バスで「大社駅通り」下車。
(文と写真・鬼塚 静信)

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