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2014年9月12日 (金)

紀州東照宮の眠り猫

 東照宮といえば徳川家康を神格化した東照大権現(だいごんげん)を祀る神社。日光東照宮を始め全国にたくさんあるという。しかし、和歌山にもあるというのは最近知った。それが紀州東照宮。調べてみたら、日光と同じく左甚五郎作という彫刻で飾られた社殿などが国の重要文化財に指定され、俗に「関西の日光」と称されるという。「これは取材しなければ」と出かけたら、予想外の事実を発見した。

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 紀州東照宮が鎮座するのは和歌山市南西部の和歌浦。古くから歌に詠まれた景勝地を見渡す小高い丘の上だ。当然、参道から境内までは歩いて上らなければならない。その階段の数108。ところが、訪ねた日はわけあってこの直線階段は上ることができず、運良くらせん状に石畳を上ることになったが、勾配がゆるやかになった分、歩く距離は長くなった。

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 楼門にたどり着いて見上げると、鮮やかな朱色。さらに唐門をくぐって社殿を目の当たりにすると、朱色と青の息を飲むような極彩色の光景だ。欄間(らんま)には鷹や虎や龍、天女などの精巧な彫刻が施されていて、それが左甚五郎の作品という。
 遠く栃木県の日光まで行けない関西の住人には、江戸時代初期の名匠の作品を目の当たりにできるのだから、やって来た価値は十分。社殿は手前の拝殿と石の間を挟んだ本殿で、一周したが、日光で最も有名な木彫像「眠り猫」と「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿はいない。関西の住人としては悔しい。

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 ところが、拝殿に戻ってきて、向かって左側の瑞垣(みずがき)を見ると、上にちょこんと何かが座っている。というか、寝ている。「あっ」と叫んでしまった。猫が寝ている。もちろん木彫像だ。
 「ここにも眠り猫がいるんじゃない」。ところが、これは創建時からあったものではないという。それも納得。左甚五郎の作品なら社殿か唐門に彫られているはず。そこで事情を探ってみると、30年か40年ほど前に、学校の先生が彫って持ってきたという。つまり奉納されたわけだ。勝手な推測だが、その先生は、このブログの筆者と同じ思いだったのではないだろうか。「日光にあって和歌山にないのは悔しい」と。
 ちなみに、社殿を囲む瑞垣の内部は神域で撮影禁止だが、今回は和歌山市の秋の観光キャンペーンに協力する企画で、特別に許可をもらって撮影した。

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 紀州東照宮の次は、和歌山市のグルメ取材。この日は同市の観光キャンペーンスタッフ「アゼリア」の髙橋桃子さんがモデルで協力してくれた。詳細は24日発行のスポーツ報知(大阪本社版)に掲載される。
 取材を終えてから、和歌浦を見渡してみたいと思った。玉津島神社から奠供山(てんぐやま)に登る。わずか10分ほどで頂上の展望スペースに着いた。左手前に不老橋、右に少し見えているのか片男波。歌に詠まれた頃とは地形が変わっているというが、晴天に恵まれた一日を終えて、やはりこの眺めは癒やされる。(文と写真・鬼塚 静信)

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