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2018年7月30日 (月)

四国の真ん中 お城とエビスイーツ

 愛媛県に四国中央市という自治体がある。聞き慣れない名前だが、元は川之江市と伊予三島市。そこに土居町と新宮村が加わって2004年に誕生した。「四国中央」と名乗る根拠は徳島、香川、高知の3県と接していること。特に旧川之江市は交通の要衝で、南北朝時代に山城が築かれたという。その場所には今、真新しいお城がある。訪ねてみた。

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 JR川之江駅に近い標高62メートルの城山からは、燧(ひうち)灘と大型貨物船が停泊する川之江港が見渡せる。その城山に天守閣や櫓(やぐら)門、涼(すずみ)櫓が建っていた。江戸時代の川之江藩の城を再建したのだろうか。

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 しかし、歴史を調べたら1636年に一柳直家が川之江藩2万8600石の領主となり、この城山に城を築こうとしたが、1642年に病没。領地は幕府に召し上げられて、この地は天領となった。つまり川之江藩はわずか6年しか存在しなかった幻の藩だった。
 それ以前、この城山には南北朝時代の1337年に土居義昌が築いた山城があって、度々、合戦の舞台となったが、豊臣秀吉が四国を平定した後、廃城となっている。現在の城は1980年代に旧川之江市の市制30周年記念事業で再建されたもの。しかし2層4階の天守閣は、南北朝から戦国初期の山城とは思えない。そして江戸時代の初期に計画された城は実現しなかったのだから、正確には再建とはいえないだろう。

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 その歴史から考えると、この城は市民のシンボルとして、観光効果も考えて造られたと思うが、これが実は貴重な建築物になった。再建にあたっては、当時の日本の城郭の権威の指導を受け、地元の研究者は「桃山時代の特徴を忠実に再現している」と自信たっぷり。
その研究者から面白い話を聞いた。「○○城も△△城も、同じ先生の指導で再建したけど、観光業者などが、完成した天守閣を見て、これじゃ城らしくないといって、後から千鳥破風などを付け加えた」。

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 そんな話は初耳だったが、調べてみたら事実らしい。しかし、川之江ではそんな無節操なクレームはなかった。そのため「川之江城は再建天守の中では一番いい」とその研究者が太鼓判を押す。内部はもちろんコンクリート。階段を4階まで上って望楼から見渡すと、風が涼しく、海を背景にした櫓が美しい。
 お城を出てご当地グルメの取材へ。お目当ては愛媛県東部(東予)のソウルフードという「えびちくわ」。訪ねたのは同市寒川町の有限会社「青木蒲鉾(かまぼこ)」。「えびちくわ」とは、燧灘でとれるジャコエビ、アカエビという小エビの頭を取り、身を殻ごと砕いて、自家製豆腐などで加工したちくわ。焼いて食べるとエビの香りとふわふわした食感が素晴らしい。ちなみに、同店では「えびちくわ」のほかにも様々な種類の商品を製造、販売しているが、店内で意外なものを発見した。

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 「えびちくわ フロマージュ アイスクリーム」。最初はえびちくわのチーズケーキのようなものかと思ったが、アイスクリームとも書かれている。早速、注文して、店内でいただいた。アイスクリームの上に、エビ風味の粉末が乗っていて、これが抜群の相性なのだ。興味のある人は、ここを参照。
http://www.ebichikuwa.net/
(2018年7月30日、文と写真・鬼塚 静信)

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