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2011年2月25日 (金)

【再録】「加藤が見た」斎藤佑樹、題字の言葉に表れた謙虚さ

  名護-南郷-名護と転戦し、26日ぶりにトーキョーへと戻ってきました。1か月、休みなく働いてきたので、わずかながら休養をとって、3月2日からの札幌遠征に向けて体調を整えたいと思います。激務により放置されていた当ブログですが、しばらくは紙面オンリーの掲載だったテキストをご紹介させていただきます。名護からは太田、岸、中村の精鋭取材班が今後もレポートしていきますので、「スポーツ報知」の日本ハム報道をどうぞよろしくお願いします。それでは1月31日付け本紙記事「加藤が見た」から。

 「そうきたか!」

 斎藤佑樹が色紙に記す2文字に、私は驚いた。
 
 「勉強」―。それはあまりに“想定外”の言葉だったからだ。

Saito2

 鎌ケ谷での新人合同自主トレも最終日となった1月30日。練習後、勇翔寮の一室。斎藤には本紙のキャンプ紙面で使用する、題字の執筆をお願いしていた。「どんな言葉が、いいですかね?」。18番の問いに、私は答えた。

 「初のキャンプに臨むってことで、『挑戦』『飛翔』なんてどう?」
 
 今思えば、言葉を生業とする人間として、自らの言語センスの至らなさを恥じるしかない。

 斎藤は「勉強」と書いた理由をこう語った。
 
 「自分は、新人なので。プロとして初めてのキャンプになる。先輩たちからすべてを吸収して、学んでいきたいんです」
 
 1月12日からの新人合同自主トレで総勢4万700人を動員し、時代の寵児となった男の発言とは思えない。だが早大時代から取材を重ねてきて、この謙虚さこそが、斎藤佑樹の最大の武器なのだと実感する。

 1月11日の入寮後、鎌ケ谷に吹き荒れたフィーバーは、鮮烈だった。歓迎式典の模様はヘリ5台が上空を旋回し、空撮した。タクシー運転手は言う。「1月はホクホクだよ。ファンには中高年の女性が多いでしょ。みんなタクシーを使ってくれる。佑ちゃん様々だよ」
 
 だが、プロになっても、本人に浮かれた様子はない。報道陣の質問には相手の目を見て、誠実に答える。序盤、「ハンカチってどんなヤツ?」と好奇の目で見ていた辛口の記者たちも、今ではすっかり魅せられているのが現状だ。「斎藤佑樹」として生きることは、もはや天命。それを全うする覚悟が垣間見られる。
 
 寮を出る私を、斎藤は玄関から見送ってくれた。「いいよ。早く部屋で休んで」。門を出た瞬間、後ろを振り返ると、窓越しには直立不動でこちらを見届ける姿があった。

 進む道は順風満帆ではないかもしれない。だが、思う。この謙虚さがある限り、斎藤の未来は明るいと。名護ではこの22歳から私も、勉強させてもらおう。(1月31日付「スポーツ報知」)

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コメント

再録ありがとうございます。大阪なので東京版は読めません。だからとてもうれしいです。すべて読みたいです。
名護のキャンプの報道で初めて加藤さんの顔を知りました。ほんとに激務で大変だなと思いました。体を壊さないように頑張ってくださいね。

マスメディアに対しては、イロイロあるわたくしですが、斎藤君の報道に関しては、ことスポーツ新聞の記者さんに限って、見直すきっかけになった、加藤さんのブログでした。
 思い出せば、江川さんの騒動以来、彼が現役引退をするまでに、ごく僅かな記者さんが彼を擁護し、言葉の足りない彼の人知らない努力と人間性を紹介してくれていたものです。でも、世間は一度レッテルを張ると、それに固執するものですよね。
斎藤君はそういう意味でも稀有な存在です。彼を貶めないでいただきたい、と祈るばかりです。読者は記者さんの目を通して、選手をみてしまうものですから。加藤さんを通して、記者さんの日常の激務を知る、いいきっかけとなりました。どうかご自愛ください。

コメントありがとうございます。わたしの姿勢はただただシンプルです。斎藤佑樹という若者に強い興味を抱いており、読者の皆さんに取材したこと、印象に残った姿を伝えていきたい。それに尽きます。

アマチュア野球担当記者の経験が長かったせいでしょうか、人間を描く際には、短所よりも長所に目がいってしまいます。斎藤君に限らず「翔ぶ人を称えたい」と、いつも思っています。

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