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2011年3月 2日 (水)

【再録】斎藤番記者コラム「初代ハンカチ王子は、僕」

  札幌に来ました。凍てつく寒さ。名護の気候に慣れた我が身には、堪えます。ここに来ると、楽天・野村克也監督のラスト采配(09年パCS第2ステージ)を思い出し、思わず感傷に浸ってしまいます。「福盛の21球」、忘れられません。それはそうと、今回はスポーツ報知評論家・桑田真澄さんが名護キャンプを訪れた際の原稿です。

 背番号18のユニホームで躍動する斎藤佑樹を、桑田真澄さんと一緒に見つめながら、06年の夏を思い出した。
 
 甲子園大会を終え、世間はハンカチフィーバー一色。私は巨人担当で桑田番だった。台頭する若い力。進む世代交代。桑田さんは1軍に居場所がなく、ジャイアンツ球場の2軍練習で黙々と汗を流していた。自然と斎藤の話題になった。
 
 「僕も甲子園のマウンドでハンドタオルを使っていたんだ。当時の雑誌に写真が載ってるはずだよ。だから、初代ハンカチ王子は僕なんだよ」
 
 2人には共通項が多い。甲子園の優勝投手で、クレバーな投球術が持ち味。甲子園での通算打率は3割5分6厘と全く同じ。フィーバーが社会現象化した点も重なる。早大進学か、プロ入りか。選んだ道こそ分かれたが、悩み抜いて決断を下したところも一緒だ。桑田さんは大学院だったけど、同じキャンパスで勉学にも励んだ。何よりもエースナンバーがよく似合う。

 では、桑田真澄にあって、斎藤佑樹にないものは、何だろう?

 それは、挫折だ。
 
 桑田さんは笑う。

 「僕は入った時から、マスコミに叩かれていたから。入団1年目に4キロやせたんだよ。『プロじゃ無理かな』と思ってね…」

 バッシングもあった。致命的なけがも、大手術も経験した。でも、どんな逆境からもはい上がった。ファンはそんな不死鳥ぶりに魅了された。

 これまで、斎藤の野球人生はおおむね順調だ。もちろん、努力のたまものであることに異論はない。でも、未来はどうなるか、分からない。倒されても、打ちのめされても、しぶとく何度でも起き上がる“佑姿”を、いつか見たい。

 困難に立ち向かうスターほど、ファンは自らの人生を投影できるものだから。(2月25日付「スポーツ報知」東京本社版)

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