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2011年10月19日 (水)

【再録】「加藤が見た」新人王当確。牧やんの“モテキ”は遅かった

 西武が18日、レギュラーシーズン最終戦となる日本ハム戦(西武D)を4-3で逃げ切り、オリックスをわずか1毛差でまくって3位に浮上。大逆転でクライマックスシリーズ出場を決めました。それにしても昨夜の西武Dは、熱かった!超満員の大観衆が極上のスポーツ・エンタテインメントに心底、酔いしれた夜でした。最高のドラマを、最後まで盛り上げてくれたのがドラフト2位ルーキー・牧田和久。「死ぬかと思った」って、野球の試合後のコメントとして極上過ぎるよ!(http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20111019-OHT1T00027.htm)そんな牧やんの「モテキ」を考察してみました。15日の楽天戦(西武D)を見ながら、書いたコラムです。

 人生でいきなりモテる時期が到来した映画「モテキ」の評判がいい。何人ものアラフォー同世代から「絶対に見に行くべし。とにかく、長澤まさみがかわいくてたまらないのだ」と薦められた。3万3143人の歓声を浴び、最終回のマウンドへと向かう牧田を見つめながら、この男に「モテキ」が来たのは、かなり遅かったのだなと思った。

 ちょうど1年前。社会人の大会でドラフトを前に最後のアピールをする日本通運・牧田を見に行った。

 「いい投手なんだけど、年齢がちょっとね…」

 視察に訪れた各球団のスカウトの本音は、こんな感じだった。大卒社会人4年目。静清工でも平成国際大でも指名はなく、社会人2年目には右足前十字じん帯断裂の大けがをした。牧田は振り返る。

 「けがをした時は『もうプロはないな』と思いました。年齢的にも厳しいと。日通なら野球を終えても、60歳まで仕事をしていけるかなあって」

 しかし、「モテキ」は突然だった。1年間のリハビリを終え、力投を続けた26歳を、西武がドラフト2位で指名した。開幕ローテ入りし、守護神不在のチーム事情から交流戦明けの6月下旬、抑えに転向。チームが最大借金15の最下位からここまで逆襲できたのは、サブマリンが重責を担ったからだ。

 CS出場へ負けられない決戦。それでもルーキーは重圧と無縁だった。直球主体にシンカーも駆使し、わずか9球。3者凡退で21セーブ目を挙げ、チームを9月29日以来の勝率5割に導いた。「残り3試合、全部行きます!」。新人王の最有力候補には渡辺監督も「心臓が違うよ。だから抑えにした」と絶賛した。

 かつて日通で定年まで働くことも考えた男は、自分へのご褒美に、大きな買い物をすると明かしてくれた。「ポルシェです。今年のモデルなんですよ」。プロ野球は夢のある世界。グラウンドには、ゼニが落ちている。ジャパニーズドリームは、スクリーンの中だけの絵空事ではない。(2011年10月15日「スポーツ報知」東京本社版掲載)

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