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2012年4月 3日 (火)

甲子園、札幌ドーム。斎藤佑樹の「3・30」。

 3月30日に札幌ドームで斎藤佑樹の開幕戦完投勝利をレポートした後、甲子園へと飛び、センバツ高校野球の取材をしている。あれからもう4日も経つのに、祝祭の空間と化した札幌ドームの大歓声が、耳にこびりついて離れない。

 本紙が「斎藤佑樹、開幕投手に内定」の第1報を打ったのは2月3日だった。最初は1面だったが、横浜DeNA・中畑監督がインフルエンザにかかったことが発表され、途中から5面に「降格」されてしまった。われわれ名護の報知取材班は「俺たちは持ってない」と落胆し、泡盛を煽った。

 それでも反響は凄まじく、すぐさまテレビや週刊誌が「後追い」し、「斎藤の開幕投手は是か否か」は球界の枠を超えた話題となっていった。そして予想通り、否定的な声が大多数を占めていた。別に本人が開幕投手をやらせろと言ったわけではないのだが。

 あの2月3日の本紙報道以降、開幕マウンドに上がる瞬間まで、世間の罵詈雑言は本人の耳にも届いていた。沈静化させるには、結果を出すしかない。かつて夏の甲子園決勝、50年ぶりの早慶優勝決定戦などで発揮されてきた、大舞台にこそ強い「舞台力」が、今回も存分に発揮されたのだった。

 そんなわけで、斎藤佑樹を語る際には必ず「夏の甲子園」がターニングポイントになるのだが、先日斎藤自身が、興味深い話をしてくれた。

 「夏にばっかりスポットが当たっているけど、実は今の自分があるのは、あの春があったからなんですよね。関西との再試合です」

 06年センバツ2回戦、早実・関西戦は延長15回で決着がつかず、7-7で引き分け再試合となった。再試合では早実が4-3で逆転勝ちし、荒木大輔を擁した82年以来、24年ぶりの8強進出を決めた。前日に15回231球を投げ抜いた斎藤は3回から登板。103球の熱投で、2日間合計334球を投げ、24イニングに及ぶ戦いを制した。

 5回には左翼席ポール際にソロ本塁打を放った。「持ってる男」ならではの東京勢甲子園通算100号となるメモリアルアーチだった。試合終了のサイレンが鳴った午後6時55分、季節外れの雪が舞った。

 「自分でホームラン打って、雪の中で勝った。その後に出た『甲子園の星』でも、人気投票で1位に選ばれたんですよ」

 きょうの甲子園のような暴風雨ではなく、雪を呼び寄せるところが、いかにも斎藤らしい。全国の舞台で初めて「斎藤佑樹」の凄味を見せた一日。奇しくもその日付は「3・30」だった。

コメント

加藤さんのブログ久しぶりに拝見しました。
アマ野球のころからファンです。
斎藤君色々批判された中で開幕投手完投勝利良かった。
開幕投手も選んだ監督より本人が悪く言われていました。
大学1年生の開幕投手の時もそうでした。
他の選手は野球だけに集中できるのにかわいそうな気もします。

それだけに開幕戦完投勝利はうれしかったです。
開幕前に危機感がないとか、嫌な記事ばかりだったのでファンとしても心配でした。
開幕の報知の記事は良かったです。
本音がわかりにくい投手と言われてる中でも報知の記事は本心が聞けてると思います。

これからも斎藤君の記事をよろしくお願いします。

しろさん、勇気が沸いてくるようなコメント、どうもありがとうございます。

「斎藤佑樹、早大史上初の1年春開幕投手」から早5年。当時から斎藤を取材している新聞記者は、遂にわたし一人になってしまいました。

日本ハムの今季開幕投手を2月初旬の段階で「斎藤に内定」と報じた背景には、5年前にいくつかのそれらしき情報をキャッチしながらも、「抜けなかった」悔しさがあります。結局どの社もスクープできなかった。私の場合、「まさかそれはないだろう」という先入観が邪魔をしたのです。一生の不覚でした。それだけに、高い確証が得られたので、一気に勝負しました。

今後も斎藤佑樹という若者を「点」ではなく「線」で追っていきたいと思っています。ご批判を含め、今後もどうぞご感想をお寄せ下さい。

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