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2012年5月19日 (土)

日本ハム・乾真大、2100日ぶりの“熱投”甲子園

  投じたのは、わずか6球だった。それでも日本ハム・乾真大の野球人生にとっては、あまりにも大きな「1死」だったと思う。17日の阪神戦(甲子園)、4点リードしながらも、先発・ウルフが招いた6回2死満塁のピンチ。打席には猛虎の誇る強打者・ブラゼルがそびえ立った。ブルペンから飛び出したのは、2年目サウスポーの乾だった。

  荒れたマウンドへと向かう景色は、あの夏とは随分違って見えたことだろう。360度、黄色に包まれた完全アウェー。虎党の奏でるチャンステーマが地鳴りのように響き、平常心を蝕んでいく。それでも、乾は冷静だった。

  スライダーをとにかく低めへ、低めへ。「ワンバウンドでもいいと思っていました」。東洋大の先輩でもある女房役の大野が、体を張って必死に止めた。力みが見られるブラゼルはボール球にも手を出し、フルカウントに。勝負の6球目。渾身のスライダーが外角低めに決まった。空振り三振、ピンチ脱出だ。球場全体が大きなため息に包まれる中、左腕は気分良くベンチへと引き揚げた。

 「ヨシッというのと、ホッとしたのが半々です。マウンドでは何も考えていませんでした。バッター勝負なので、思い切りいきました。こんな風に抑えられて、本当にうれしいです」

 不思議な因縁を感じるマウンドだった。06年夏の甲子園には東洋大姫路のエースとして出場。8月17日の準々決勝では、田中将大を擁する駒大苫小牧と激突した。乾はリリーフ待機でベンチスタート。6回まで4-0とリードしていたが、当時の駒苫は神懸かっていた。左腕は同点とされた6回途中から2番手救援したが、7回に内野安打を許して決勝点を献上。4-5で敗れた。

 つまり6年前には、地元・兵庫の大声援をバックに、北海道の高校と戦っていたのだ。04年の夏から3年間、道内の駒苫フィーバーは凄まじく、同戦はNHK総合で瞬間最高視聴率33%を叩き出している。あれから2100日が経ち、立場は180度、変わった。道産子の前に立ちはだかったサウスポーが、今度は北海道の誇りを胸に、黒土の戦場で力投を繰り広げたのだ。

 試合後に待っていたのは、粋なキャスティングだった。乾にとってプロ入り後、初のヒーローインタビューは、地元でもあり思い出の詰まった甲子園になった。「そういうこともあるんだな、と思いました」。東洋大では4年の春、現ロッテの後輩・藤岡にエースの座を奪われた。プロ入り直後、寮から鎌ヶ谷のグラウンドに向かう途中には、ワイドショーのレポーターに「斎藤投手、おはようございます!」と間違われたこともある。

 そんな控えめな男が、紛れもない主役に輝いた一日。そういえば、乾はピアノ演奏が得意だ。こんな夜には、どんな曲を奏でたくなるのだろうか。今度こっそり、訊いてみるとしよう。

コメント

加藤さんブログの更新ありがとうございます。
乾君とても良い投球でした。
満員の甲子園、満塁でブラゼルを抑えたのはすごいです。ヒットもファーボールも
出せない場面で阪神ファンの大声援の中しっかり抑えて勝利に貢献しました。
乾君は左投手なのでこれから大事な場面で多く使われると思いますがこのまま
リリーフ投手になるのかいずれ先発投手になるのかどちらがいいか分かりません。
中田君も甲子園で打ちましたし甲子園は特別な場所なのでしょう。
乾君がもし甲子園で抑えていたら斎藤君と戦う可能性があった。
その二人が甲子園で戦った高校と同じ北海道の球団に入団したのは何かの縁
でしょう。

北海道の人は田中君を応援している人が多く田中君が札幌ドームで登板すると
ファイターズの選手より声援が多いようですが斎藤君と乾君で投げ勝ってほしいと
思います。
二人とも活躍してチームを支える柱の投手になって北海道の人に愛される投手に
なってほしいです。

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