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2012年7月12日 (木)

武隈、今季初勝利。快投の裏側にあった銀仁朗の「思い」

  今夜の西武ドーム、西武・ソフトバンク戦。2年ぶりに先発する5年目左腕・武隈祥太の投球を、個人的にとても楽しみにしていた。昨夜の試合後、帰り際の駐車場で女房役の炭谷銀仁朗に、こんな話を聞かせてもらったからだ。「武隈には、特別な思いがあるんです」

   「武隈は昔(09年秋)、宮崎のフェニックスリーグでね、僕のサインに首を振って、チェンジアップばかりを投げて、カンカン打たれたことがあったんです」

  「その夜、僕の部屋に呼んだんですよ。で、聞いたんです。『お前はどんなピッチャーや?』って。そしたら『僕はチェンジアップピッチャーです』って言うんです」

  「だからね、言ったんです。『杉内さん、和田さん、チェン…みんな、何が良くてここまで成功しているか、分かるか? ストレートやろ。真っすぐがあっての、変化球やろ』って。そしたらアイツ、ストレートを磨き始めた。次第に、チェンジアップが活きるようになった。アイツにはね、勝たせてあげたいんですよ」

  西武の投手陣は岸、西口、石井の先発が抹消され、危機を迎えていた。12日は本来なら石井が先発予定だった。当初は中継ぎ要員で昇格となった武隈が先発を告げられたのは、登板前日のことだ。武隈は言う。

  「昨日言われたんで、打たれたらスタッフのせいだと割り切りましたよ。ポジティブにいきました」

  MAXこそ139キロながら、武隈は強気にストレートで押していった。左打者の内角を突き、カーブ、チェンジアップ、スライダーと緩急も駆使した。前日には「5回完封を目指します!」と公約を掲げていたが、安打を1本も許さないまま試合は中盤へ。そこで、異変が生じた。西武の攻撃中、武隈がベンチ前でキャッチボールを行っていないのだ。

 実は5回から、両足のふくらはぎと太ももが、つっていた。イニングの合間にはトレーナーやトレーニングコーチが必死にマッサージを行い、症状が緩和するよう努めていた。

  「昔の僕なら、『投げられません』と言っていた。でも、こんなチャンスは二度とないんで、『投げさせて下さい』と言いました」

  気持ちだけで投げていた117球目、長谷川への内角直球はポテンヒットとなり、レフト前に転がった。快挙達成はならなかった。

  「どん詰まりのヒットで…。もっと気持ちよく打たれたかった。でも、いつか打たれると思っていたんで、ノーヒットノーランできずに、良かったです。達成したら、野球人生のすべての運を、使っていましたんで。ボク、やっちゃったら、記者の前に顔を出せなかったですよ。(今季のノーノー達成者が)杉内さん、マエケンさん、そして武隈祥太ってなっちゃうでしょ」

  武隈が投じた119球中、ストレートは55%を占める66球。冒頭の話から24時間経って、あらためて炭谷の言葉が聞きたくなった。帰り際、話しかけた。真っすぐ主体、武隈の良さを引き出す、いいリードだったね。銀仁朗は笑顔で言った。

  「ノーヒットノーランはできなかったけど、アイツがつかんだ勝利。本当に勝てて良かった。自分にとっても、凄くうれしい1勝になりました」

  武隈も振り返った。

  「あの時、銀さんから怒られたこと、今でもよく覚えていますよ。きょうは思い切り、銀さんのミットに投げられました」

  宮崎のあの日から3年。ふたりの情熱が大事な白星となって、結実した夜だった。

コメント

高校時代は怪我に泣かされ、目立った成績ではなかったですが、1度見たときは、凄いいい投手だと思いました。もっともっとがんばって欲しいです。チームはファイターズを応援しますが。田中も武隈も敵になってしまうのでそれがツライところです。

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